季節の変わりメ、季節はかわらない

HaやCa

第1話

 あたたかな、というにはかなり気温が高い。思わず手をかざして日差しから逃げた。ショルダーバッグの位置を直し、目線を下ろす。春が降る道を私は再び歩き始めた。


「よし!」

 私は意気込んでいた。というのも、今日は午後から友人と図書館で勉強することになっているのだ。意外に思われるかもしれないが、提案したのは私のほうだ。私だってそういうときぐらいある。と、メラメラと闘志を燃やしている、私のすぐそばから甘い匂いがする。

どうやら、そこの角を曲がったところにお菓子屋さんがあるらしい。鼻腔をくすぐる何かがあった。

いろいろ考えてたけど結局生唾を抑えきれず、ついにわたしは駆け出した。

「待ってろ甘いもの! 食らいつくしてやるわ! はーっははは!」

 歩いている人からすれば、それはもう奇人変人に見えたことだと思う。高笑いしながらダッシュする高校生なんてこの辺じゃあまり見ないから。というかそんな人私ぐらいのものだろう。

「そこのそれ! みっつください!」

 店頭のショーケースを見て興奮が弾け、勢いのまま(本能のまま?)に甘いものをたくさん買ってしまった。これではまた太ってしまう。

「ん~、デリシャス!」

悩んでいてもしょうがない。募る不安を消し飛ばすようにアップルパイに食らいついた。

その後も赤信号の前で足止めを食らったり、おまけにコンビニに立ち寄ったりしていると、あっという間に時間は取られていった。

 図書館に行くことはすっかり忘れて、私は久しぶりの休日を満喫してしまった。



「いつまでも寄り道してないで、早く来る! あんたいっつもそうなんだから」

 帰る道すがら友人から電話があった。友人はかんかんに怒っていてすぐに電話を切られた。すこぶる機嫌が悪そうだったのは何故だろう。一瞬の出来事に頭の回転が追い付かなったけど、すぐにピンときた。

「やばっ!」

 二時間前道路で叫んでいたときは何とも思わなかったのに、急に恥ずかしさが込み上げてきた。顔に全身の血が上ってるんじゃないかって思うくらいに火照っている。

「走れ。食べた分だけカロリー消費するんだよ!」

 心のなかから悪魔の怒号が聞こえる。普段、陸上部で汗を流している私でも食後の後はさすがにきつい。つらさに負けないようにと必死に走った。


「あんたそれマジ? 図書館で勉強しようっていったのそっちじゃん!」

「ごめんなさい。……。返す言葉もありません」

「まあいいけどさ。食べた分、ちゃんと教えてもらうから!」

「ひいぃ! 勘弁してよ~」

 そう言って、友人は机の上に教材をどっさり乗せた。文字通り山となっているそれを目に、私は今すぐにでも逃げ出したくなった。それでも誘ったのは私だから、と自分を鼓舞する。

続けざまに友人が何かを言っている。それなのに、外の景色に目を奪われたのは何故だろう。

 日の光が遠くから届いている。まぶしさはあるけどあたたかい。


 二人歩く帰り道は楽しい。友人とは小学校からの付き合いで、お互い気心も知れているから。

どんな話題も共有できるし、どんな悩み事も打ち明けられる。これほど大切な人は一生現れないと思う。直観だけど本当にそう思う。

「あたしもアップルパイ食べたいな~。ちらちら」

「金欠なんですけど」

「あんたはあたしをほっぽりだして、甘いもん食ってたんでしょうが!」

「正論でございます。それに実はもうちょっとだけお金あるんだよね」

「じゃあ決まり。ドリンクもよろしく!」

「…。めっちゃ言いにくいんだけどさ、もうそのお店閉まってるよ?」

「は?」

 勉強終わり、調子が上がってきた友人の一瞬の隙をついて私は言う。みるみるうちに剣幕になっていくその様を見ながら私は必死に説明をした。

「それなら今度の休みは? どうせあんた暇なんでしょ? …。いつになるかわからないけど」

「言い方ひどっ! まあでも合わせられるように頑張るよ」

 友人は悲しそうに目を伏せている。最後にボソッと落ちたのが友人の真意だと思う。

私と友人は別々の部活に所属していて、なかなか同じ休みを取れないのだ。それでも今日はなんとか都合があったわけで、私は本当に申し訳ない気分になった。

「……。桜いつの間にか咲いてたんだ」

 そう言う友人の手のひらには桜の花弁が数枚収まっている。それを大切そうに包んで友人はわたしににんまりと笑う。

 そういえば彼女と出会ったのもこんな季節だっけ。はじめはお互いのことを認められず、仲の悪い時間が続いちゃったけど今は違う。過ごす時間が同じでも別でも私たちはつながっている。大切だと思えるから、ずっと一緒にいられる。

「うん。あの頃と全然変わらない」

 落ちてくる春を逃がさないように、私も手を伸ばした。

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