コウキシンは語らない!

@isatamidai

第1話 いってらっしゃーい☆

 空は高く、真っ青だ。雲たちはその中を悠々と泳ぎまわり、中には風に乗って遠くへ旅を始めるものもいる。

 そんな空を眺めながら、好木心よしきこころはそんなことをただ漫然と考えていた。

 ショートカットに整えられた髪の毛先をくるくると指で遊び、小さな欠伸を他の人に見られないように口元を手で覆う。

 部屋は外の暑さとなんら代わりのない熱を帯び、夏特有のむんむんとした空気が漂っている。それでも窓の傍の日に当たりながらその場から動こうとする気配はない。

 眠い……。このまま寝たら日焼けかな。

 日を浴びたままで椅子にかけていた腕の中にそっと頭をうずくめる。

 すると、不意に部屋の扉が叩かれる音がした。

「心、起きてる?」

「ん、起きてるよ」

 心は振り返ることもなく返事を返す。それは特に驚くようなことも違和感もない聞き覚えのある声だったからだ。

「どうしたの、お母さん」

 「お母さん」と呼ばれたのは、その呼び名の通り心の母である奈菜ななだった。

「ちょっと買い物に行ってきてほしいんだけど……」

 そう言って奈菜は手に提げていた買い物カバンを示すように上げてみる。心は見ていない。

「そんなのお母さんが行ったらいいじゃん」

「それがちょっと、用事ができちゃって……」

「どうせドラマの再放送か何かでしょ?」

 すると奈菜から返事が消えた。

 図星か……。

「それだったら撮っとけばいいじゃん」

「それは嫌なの、私は今猛烈にあのドラマが見たいのよ」

「私だって、今猛烈に日向ぼっこがしたいの。日向ぼっこを楽しんでるのよ」

「日向ぼっこだったら、外に行けばいくらでもできるじゃない。陽、照ってるんだから」

「日向ぼっこって言うのは歩きながら日を浴びるんじゃなくて、家でのんびりするものなの!」

 心は少し声を強めてみた。内心動きたくないと言う感情の高ぶりがその怒気を作り出す。

 すると、背中越しでしていた奈菜の声が突然しなくなった。

 諦めたかな……?

 そうして確認するように、扉のほうを覗き込む。さっきまで直射日光に晒されていたので、いつも以上に部屋の中も暗く感じた。

 目を慣らすように視線を中空にさまよわせたり目頭を揉んでみたりすると、徐々に部屋の中がはっきりしてきた。

 そうして扉のほうに視線を移すと、扉の取っ手にカバンがさがっていた。

 奈菜は心の事実上買い物を押し付けていた。

「おかあさーん!」

 部屋の中にその声は反響した。

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