きみが救ったわたしと、ふたりで生きていくこれからのこと

 八歳のとき。いつも一緒にいた仲良しの女の子が、不慮の事故で亡くなった。


 彼女は、友達の一人として向き合うには大きすぎる存在で。小学校を卒業しても、高校に上がっても、地元を出て大学に来ても。

 どんな人と知り合っても、新しく好きなものをいくつ見つけても、誰かと一緒に目指す舞台があっても。

 温かい愛を貰っても、ささやかな賞賛を浴びても。

 どうしても、彼女の喪失が心に刺さり続けていた。

 

 年月が経っても痛みは薄れてくれなくて、代わりに気づいたことがある。

 彼女は、わたしの初恋だった。



 そうやって、十年間も抱えていた空白を。初めて埋めてくれたのが、花織かおりの物語だった。

 亡くなった恋人を救うため、過去に跳んで運命を変えようとする少年。

 何度繰り返しても、変えられない結末。少年は過去の少女に、その運命を伝える。


 誰より好きな君を助けられない、弱い自分でごめん、と。


 少女はそんな突飛な告白を、疑いなく受け入れて。


 死んじゃうのは悲しいけど。それでも、君が頑張ってくれたのが、何度も闘ってくれたのが嬉しかった。そんな感謝と。


 だから君は、君の時間を精一杯に生きてください。そんな祈り。


 ありがちな展開かもしれない。実際に、似た話なら心当たりがある。


 それでも。理由はよく分からないけれど。花織の言葉でなきゃ、花織の物語でなきゃ、わたしの心は救われなかったのだ。


 だからわたしは、花織の心を全力で救う。


 君と出会った人が、そして君自身が嫌い蔑んだ君の容姿を、行動を、感性を、存在を。全部ひっくるめて抱きしめる。


 嫌いで染められた君の現実せかいを、ひとつひとつ好きで塗り替えていく。


 閉ざしてしまった暗い心に、明かりが絶えないように灯していく。


 そんな決意で、わたしは花織に告白したんだ。


 *

 そんな風に、昔を思い出しながら。手をつないだまま寝入った花織を見つめていた。


 出会ったばかりの頃は周りを怖がったり不安がったりばかりで、楽しんだり喜んだりといった表情がほとんど見えなかったが。一緒に過ごすうちに、笑ったり、夢中になったり、ほっとしたり。そんな表情もあるんだって分かって。

 その中でも、寝顔はいっとう好きだった。これまでの痛みもこれからの不安も全部忘れたように、すやすやと安らかで。見ていると心が安らぐから、たいていわたしは花織より後に寝て、先に起きる。

 起こさないようにそっと握り直して、つないだ手の温かさを確かめる。


 ねえ、花織。


 わたしと出会って、君の世界はどれだけ明るくなったかな。どれだけ優しくなったかな。

 君が何を考えてるのか、今でも分からないときばっかりだからさ。いつか、ちゃんと教えてね。


 その時はわたしも、もう一回伝えるから。


 君がわたしを救ったんだよって。

 

 これから何があっても、君となら幸せだって思えるから。君も、この世界が幸せだと、心から思えますように。

 もし、いつか……もし、君と一緒に生きていけなくなっても。君がくれた温度と色彩があれば、わたしは大丈夫だから。わたしがいなくなっても、君が君を好きでいつづけられますように。


 幸せを咲かせよう、幸せを灯そう。

 ふたりで織りなす日々が、ずっと、ふたりを守ってくれますように。

 

 *

 枕元で震えるスマホの音で、意識が浮上する……いつもよりも、いい目覚め。

 窓の外を見ると、気持ちのいい秋晴れだった。朝の光が、いつもよりも優しい。


 花織は眠ったまま、起きる気配はない。しばらく寝顔を楽しんでいたい気もしたが、朝のスタートが遅い彼女のことだ、早めに起こしておこう。

 屈んで、頬にキスしてから。布団の上に飛び込んだ。


「おはよう、花織!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみのせかいを変えたくて 市亀 @ichikame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ