第3話

「それにしても、探偵部ってなにする部活なんですかね?」

 

 どこからか取り出したコーヒーカップに黒い粉末を入れながら、白神は質問を投げかけてきた。

 昨日のドタバタから一夜明けた今日。

 俺は朝の廊下で犬山先生から「絶対に行けよ(行かなかったら消すぞ)」と催促を受け、真面目に放課後になった時点でここに向かっていた。

 前を歩いていた白神に気付かなかったのは人生最大の失態である。というか、髪が白い白神に気づかない俺の目がどうかしてる。

 それもまあ、しょうがないだろう。昨日襲われた事が頭の中で悶々としていたのだから。

 ぱっと見純粋そうに見えていた白神があんなエロい顔してくると誰が想像出来たと思う?

 

「さあな。凡人の俺にはあの先生が考えることは分からん」

「ふふっ。灰人様は凡人じゃないですよ」

 

 俺の放った自虐ネタは白神には効かないようで、やんわりそれでも明確に否定された。

 そこまでハッキリ言われるとちょっと照れちゃうな。

 ケトルで沸かしたお湯がカップに注がれると、教室全体にコーヒーの香りが広がった。

 お茶も良いけど、やっぱりコーヒーだよなぁ…。

 

「あっ、俺ブラックで頼む」

「かしこまりました♡」

 

 快い返事と共にお盆に乗って俺の目の前に置かれるコーヒー。

 ドス黒い液体からのぼる白い湯気はなぜだかほっと安心できる。

 

 5月の中旬であるものの、北国の春は長いのだ。風が吹くと背筋を冷たく撫でていくのは当たり前というものだ。こんな時のあったかいコーヒーは大変ありがたい。

 

 白神は二人分のコーヒーを置くと、俺の隣に座った。

 

「いや、なんで?」

「はい?」

 

 小さく首をかしげながらこっち見るんじゃない。ときめいちゃうだろ。

 チラリと見えた細いうなじに一瞬目を奪われるが、なんとか視線を外す。

 

「コーヒー淹れてくれたのには感謝するけど、この部屋にはソファは2つあるだろ?そっちに座ろうよ」

 

 俺は目の前にあるもう一つのソファを指差して移動を促すが、白神は首を横に振るだけだった。なんでだよ…。

 

「あっちはクライアントの方が座る椅子です。それに、私は灰人様の隣がいいんです」

「そういえば昨日からずっと考えてたんだけど、どうして白神はそんなに俺のこと好きなの?初対面だよね?」

 

 俺は無理矢理この部活に入れられたのはわからないけど分かるが、白神はただここに呼ばれていただけ。

 それなのに見ず知らずの男と部活をする。ましてやこの学校きってのクズの俺に告白までして。

 不可解過ぎるのだ。白神が俺を好きな事も、俺に懐いているのも、理由がない。

 

 白神はあごに指を当て少し考えたかと思うと、ぱっと笑顔に変わり口を開いた。

 

「ヒ・ミ・ツ♡ですよ」

「そこは教えてよ…」

 

 なんで教えてくれないの?あと可愛いな。うっかり惚れるかと思ったわ…。

 

「それはそうと、もうすぐ体力測定ですねっ!」

「おい、ナチュラルに話逸らすな」

 

 さっきまでの従順な白神はどこへやら、俺のツッコミにも触れず話を展開していく姿はいっそほれぼれするほどだ。

 附には落ちないがこうなると俺が白神から聞き出せるものはないだろう。諦めるしかないな。

 

「ああ…、楽しみです、体力測定…」

「というか、俺と白神じゃクラス違うだろ。それかあれか?白神は運動するの好きなのか?」

「違いますよ?私が楽しみなのは、50mを真面目に全力で走る灰人様。体が固いから20cmしか伸ばせない長座体前屈。体力はまだまだ余裕だけど、運動部の本気の人達とは一緒に走りたくないからわざと失敗するシャトルラン。跳んでくる人の記録を採っていて順番になったから本気で跳んだのに誰も測ってくれない立ち幅跳び!!」

 

 流れるような速度で俺についてのコメントが出てくる白神。

 結構堪えるなこれ。

 

 言いたい事が色々と山積みになっていく中、どうしても聞きたいことがあった。

 

 

「白神と俺のクラスは違うんじゃないっけか!?」

 

 

「…ほぇ?」

 

 まだまだ出そうとしていたのか口まできていた言葉を飲み込んだ白神は俺に向き直った。

 

「これはですね、あれですよ、そう!親友から聞いたのですよ!」

「絶対今考えたよね、それ!!」

 

 おかしい絶対おかしい。白神がストーカーなのは薄々気付いていたけど、ここまで知られているのは絶対おかしい。一体なにを…。

 

「流石の灰人様でもここから先はオンナの秘密ですよ!教えられません!」

「なぜ隠す!!俺はただ、白神がどうやって俺の情報を手に入れているのか気になるだけだって」

 

 ここを押さえられれば白神が教えてくれなかった白神が俺を惚れた理由が分かると思ったんだが。やはりガードは硬いんだな。

 だとすればどうやって聞き出すかだな。うまく誘導できるかな?

 

「なんですかまだ聞く気ですかっ?もう止めないと灰人様の鼠の力の事、皆におしえますよ!?」

「はぁっ!?なななんで白神がそれを!!」

 

 俺は叫びながら立ち上がった。

 俺の能力を知っているのは俺の他に犬山先生だけのはず!

 確かに能力を使うと能力者には感知されてしまうが、俺が能力を使う事になるのは皆が寝静まり暗黒と化した夜でのみ。

 感知できたとしても、俺まで特定出来ないだろう。

 そもそも白神が能力者である気がしないし。

 

「灰人様の秘密を知っている以上、灰人様に拒否権は無いことが理解出来たでしょうか?」

 

 悪い笑みを浮かべながらじわりじわり俺に近付いてくる。

 

「な、なにが目的だ…。金はないぞ!」

 

 死亡フラグともとれる発言をしながら、一歩また一歩と後退しながら近付く白神との間合いを十分過ぎるほどに取る。

 

「そんなものいりませんよ。私が欲しいのはただ一つ、」

 

 ―――ガンッ!!

 

 ついに教室の端まで着いてしまった俺は壁に背中が当たり逃げ場が無くなったことを教室の空気から告げられた。

 

「灰人様、その美しい体、顔、心、全て私に下さい!」

 

 一瞬しゃがんで避けようかと思ったが急接近する白神を避けてしまうと壁にぶつかるかもしれない。だから、俺はどうすることも出来ず白神が懐に入り込む状況を生んでしまった。

 白神は俺に抱き付くと、滑らかな腕の移動で俺の肩甲骨に指を沿わせる。

 

「ひゃぁ……、ま、待て白神!ここは学校だ、はぅぅぅ……。背中はダメなんだ、お願いだ。こう言うのは家でやろう?な?な?」

 

 聞く耳が消えてなくなったのか一切動きに揺らぎも無く背中を愛撫していく白神。

 俺より少し小さい白神は、俺と密着することで首元にしゃぶりつき始めていた。

 俺は白神の愛撫に加え、目の前の髪から漂う甘い匂いに昨日襲われた記憶が呼び戻され余計にエロい気分になっていた。

 

「はは、はひっ、やめっ、おねがいっ!やめっ」

 

 壁に押し付けられる体勢のまま弄られていると、少しずつだが気持ちよくなっている自分がいることに気が付いた。

 もっと抱き締めて欲しいと考える自分が恥ずかしくなるのもつかの間、膝が限界を迎えそうになってくる。

 腰が堕ちれば、体の主導権は白神が持つものと同じ意味だ。そうなれば拒否もなにもなく一方的にしゃぶりつくされる運命になるだろう。

 

「灰人様、限界ですね?でもここだと危ないですからソファに戻りましょ?」

 

 白神は俺からの返答も待たずにふんっと腰から俺を持ち上げてソファまで連れ帰った。

 なんで白神は俺を持ち上げられるのか、これからなにをするのか。

 頭に浮かぶ沢山の疑問は、女子に抱きかかえられているという事実が羞恥で、男としてのプライドと一緒に砕けてしまった。

 

 

「灰人様はやっぱり、グイグイくる女の子は嫌いですか?」

 俺はふんわりとした感触の中にしっかりとした芯がある枕…白神の膝枕で休んでいた。

 優しく撫でられるのはくすぐったくて、照れ臭いが体がどうにも動かせない。

「いや、嫌いではないが、白神はちょっとやり過ぎだぞ?」

「うぅ、やっぱりそうですよね…」

 白神にも自覚はあったのか。

 これからは気を付けてくれるのかな。

 

―――コンコンッ。

 

「はぁい。どうぞ♪」

 リズミカルに叩かれた戸に素早く反応した白神の言うとおりに戸は静かに開かれる。

「おい待て、この体勢は大問題だぞ!」

「失礼しまーす…あっ!白神ちゃん♪…と、はぁ?なんであんたっ!!」

 俺の注意もどこへやら、入室してきた女子にかき消される。

「なに白神ちゃんに膝枕して貰ってるんだこのっ―!!」

「待て落ち着け、これには深いわけがっ!!」

 目の色変えて横になっている俺に上げていた拳を振り下ろす少女。

 だが、その手は俺に届く前に止められた。

「なっ!?白神ちゃん!?どうしてっ!!」

 力強いパンチを軽々受け止めた白神は容赦なく少女を床になぎ倒した。

 一瞬の出来事で俺も少女も目を丸くして時間だけが進んでいく。

「灰人様を傷つける人は、たとえ麻耶ちゃんでも手加減しないよ!!」

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彼女は好きになったみたいだ @Kurahe

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