第2話

 大きな彗星が見えるらしい。

 

 子供のようにはしゃぐおじいちゃんがそう言っていた。

 なんでも、大きな彗星が地球の近くを通るらしい。

 僕は宇宙の事になると目を爛々と輝かせて語るおじいちゃんが大好きだった。

 彗星についてはおじいちゃんが詳しく教えてくれていたからよく知っている。

 だから僕もおじいちゃんと嬉しくなってはしゃいだ。

 一緒に近くの山に見に行く約束をしてからというもの毎日がウキウキで楽しみだった。

 

 だけど、おじいちゃんとの約束は守られなかった。

 

 彗星の見られる前の日。

 おじいちゃんは風邪をひいてしまったのだ。

 90歳を超えるおじいちゃんは少しの病気で簡単に死んでしまう。

 両親から無理だと言われ、目の前が真っ暗になったのを今でも思い出せる。

「私が連れてってあげるよ」

 そう名乗り上げたのはおばあちゃんだった。

 正直、僕はおばあちゃんが苦手だった。

 おばあちゃんは真面目で几帳面で厳格だった。「寝癖は直す!食べる前にはいただきますだよ!左手で皿を持って!」

 

 今では大事な事だと分かるが、あの頃の僕にはただただ疎ましかった。

 

 

 ウキウキだった気分はガタ落ち、楽しめない状態のまま彗星の降る夜になった。

 おばあちゃんと丘の上に登って場所を取った。

 丘の上から空を見ると満天の星空が見れて少しだけ楽しい気分が戻ってくる。

 おじいちゃんから聞いていた時間になり、すっかり元気になった僕はわくわくと空を眺め彗星を待っていた。

「わぁーー!!」

 それまで流れ星は見たことはあって、今回の彗星も早く通り過ぎて行くと思っていた。

 だけど予想に反し、彗星はゆっくりとだけどもあっという間に僕の真上を尾を引いて通り過ぎていく。

 

 次の瞬間、彗星は真っ赤に輝き小さな彗星を周囲に放った。

 親子のように1つの大きく真紅の彗星と周りに小さな緑や青といったカラフルな彗星が沢山飛んでいる。

 あまりに幻想的な光景に僕は言葉を失い、ただその景色を見つめていた。

「…おじいちゃんと見たかったなぁ」

 思わず出てしまった言葉に言い終わってから後悔した。隣におばあちゃんが居るのだ。せっかく連れて来てもらったのにこんなこと、絶対怒られてしまう。

 怖くておばあちゃんの方を見られない。

 

「あら?」

 それまで黙っていたおばあちゃんが口を開いた。

 慌てて空を見ると1つだけ、それも1つだけ虹色の彗星の軌道が逸れていた。

 

 これもおじいちゃんから聞いていた。

 彗星の欠片は時々地球に流れ星として落ちてくるのだ。

 今回もきっと流れ星になるんだろう。僕は見えているうちにお願いをすることにした。

 

 次はおじいちゃんと見れますように。

 

 虹色が強く光った気がした。

 

 

 

―――流れ星は、隕石として町の真ん中の小高い山に墜ちた。

 

 

 強い衝撃が全身を襲う。ぐらっとめまいを起こす。体に何かが無理矢理入り込んでくる感覚に見舞われる。吐き出したかった。気持ち悪かった。

 

 衝撃が収まると、僕の体には何事も無かったかのように元に戻った。

 

 隣を見ると、おばあちゃんが倒れていた。

 

 息をしていない。

 慌てて胸に耳を当てると心臓の音が聞こえない。

 手を取ると、凍っているように冷たかった。

 

 死んでる。

 

 幼い僕でも分かる。目の前の人は死んでいる。

 あのおばあちゃんが、厳しかったおばあちゃんが死んでいた。

 

 

 

―――なのに、なぜか僕の目からは涙が出てこなかった。

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