終章

終章

自由霊園。

墓石に水をかけてやる杉三。

杉三「お紫穂ちゃん。って、呼んでもお返事ないのか、、、。」

藤吉郎「そうだね。」

杉三「無色界では、思いっきり歴史の勉強はできるかな。きっと、この世よりも、居心地はいいんじゃないのか。そうだろう。」

しばらく、墓石を見つめる。

杉三「まあ、いいか。君はきっと、そういう世界のほうが、いいんだろうよ。僕らよりもずっと高尚な人がいっぱいいて、そういう人たちと一緒にさ、この世で、どうしても得られなかった、勉強する仲間ってもんを得て、幸せになってくれ。じゃあ、僕たち、帰るけど、またおせっかいを焼きに来るからな。まあ、うるさい親父と君は思っているかもしれないが、こっちは、君とお別れするのは、本当はまだまだ早いと思っていたんだからな。せめて、さようならくらい、言ってもらいたかったぜ!」

藤吉郎「杉ちゃん。」

杉三「どうしたの?」

藤吉郎「誰か来る。」

杉三「誰か来るって誰が?」

突然、複数の人間が入ってくる足音が聞こえてくる。

声「ここよ。この霊園だって、私調べたんだから。」

声「納骨堂ではなくてよかったと思うよ。」

声「そうよ、あれだけのことをしてくれた人が、そんな形ではかわいそうすぎるわ。」

と、言いあいながら、五人の人物がやってきた。みな、手には黒い筒のようなものを持っている。

杉三「あれ、あの子たちはたしか、お紫穂ちゃんの同級生だったような。」

彼らも、杉三たちに気が付いたらしい。

繭子「あ、あたしたちのところへ来た人たちがいるわ。」

明子「先に来ていたなんて、偶然にそうなったのかしら。」

杉三「よう、みんな!」

伝心「こんにちは。確か、杉三さんでしたよね。」

杉三「ああ、杉三さんなんて、そんなかっこいいもんじゃないよ。杉ちゃんでいいんだ。杉ちゃんで。」

祐太郎「来ていたんですか。」

杉三「そういう事よ。お紫穂ちゃんの月命日だったから。それより、皆さんは、どうしてここへ?」

伝心「ええ、今日卒業式だったんです。」

杉三「そうだったの!おめでとうさん。で、みんな進路はそれぞれ決まったのかな?」

繭子「ええ、私は、普通の大学ではやっぱりこの年ですし、無理だと思ったので、私は通信制の大学に合格しました。これからは、アルバイトをしながら、大学に通おうと思っています。」

明子「あたしは、パン屋さんになるために、製パンの専門学校に進むことにしました。製パンの学校に行って、パン屋だけではなく、パン教室なんかも開けるパン屋さんになれたらいいなと思って!」

伝心「僕は、文芸学科に行って、まず文章を書く技法をふんだんに学んで、そして、将来は、精神関係の記事を書くライターになれたらうれしいかな。それで、資金をためたら、自伝的な小説が描けたらいいなと思います。」

祐太郎「進学はしないんだけど、今民間の資格取得講座に通っています。資格が取れたら、独立して、困っている人や、存在感で悩んでいる人の力になれたらなと思っています。」

藤吉郎「決まったね。」

杉三「よかったな。ひとまず、一件落着か。」

伝心「実は僕たち、今述べたことを佐藤君に教えてもらったんですよ。」

杉三「お紫穂ちゃんが、そんな難しいことをやっていたのか。まさしく抜苦与楽だ。」

祐太郎「杉三さんも、校長と同じことを言うんですか。」

杉三「あったりまえだ。庵主様から教えてもらったんだから。一番感動した言葉だから。」

繭子「はじめのころは、本当に鬱陶しい存在だったのに、なんで今はこんなに大事な人になっているんだろ。そして、気が付いたときは、もう後の祭りになるなんてね。」

明子「せめて、ありがとう位、伝えたかったわね。」

杉三「それで自分を責めたら、もっと良くないぜ。それよりも、いかに明るく生き生きと生きていくかで、お紫穂ちゃんは、成仏するんだから。」

伝心「そうなんですけどね。やっぱり、僕たち、佐藤君に謝罪をしたくても、できないのが、本当に、悲しいというかつらいんですよ。今思うと、彼に対して、ずいぶんひどいことを平気で言ってきたなあと思うので。悲しくてならないですね。」

祐太郎「もしかしたら、僕みたいなものの話を聞いてくれたのも、彼だったからのような気がするんですよね。」

杉三「まあな。人間ってそういう物よ。必ず後悔するようにできているよ。そう思って生きなくちゃ。」

繭子「じゃあ、そうやって、罪悪感をいつも頭に持ったまま生活するというのですか。」

杉三「まあ、そういう事よね。」

繭子「それじゃあ、あたしたちは、いつまでも佐藤君に対して、謝罪の言葉を口にできないまま、ずっと過ごすことになっちゃうのね。」

杉三「うーん。肝心なことを言いたいのに、相手はもうないっていう事例は、珍しいことじゃないよ。親孝行したい時分に親はなしというが、今それと似たような気持ちなんじゃないのか。まあ、それが人間の宿命っていうか、そういうもんなんじゃないの。」

明子「杉ちゃんは、結構きついことを平気で言うのね。」

杉三「いうよねって、事実そうだからな!それをあえて、優しい言葉に置き換えてたら、もっと事態は悪くなる。事実は事実として、変わるわけではないんだからね。大人は、それを一生懸命何かに置き換えて、無かったことにしようとするよね。学校だって、そうだろうし、どこの組織でもそうだろうよ。だから、化けの皮がはがれるという表現を使うのだ。」

祐太郎「ああ、そういう事だったんですか。化けの皮がはがれるって。」

杉三「そうさ!みんな、何か隠して生きてるさ。そういうもんよ。そして、それに気が付いた奴はおおよそ、長くは生きない。」

繭子「なんだかわかる気がする。でも、あたし、できることなら紫穂にもう一回会って謝りたいものだわね!教科書をどぶの中へ放り込んだときはヒーローみたいな気持ちだったけど、今は、なんか、ものすごい悪いことをしたような気がして、、、。」

杉三「まあ、悪い奴もそうやって救われるんだから、まさしくそういう苦しいこともある意味では抜苦与楽だな。」

祐太郎「なるほど。そう考えると、悪い人も矯正させたことになるね。」

繭子「本当に悪いことしちゃった、、、。」

藤吉郎「違うよ。」

杉三「何が違うんだ。」

藤吉郎「違うよ。」

杉三「ちゃんと言え。違うよだけでは、何も伝わらん。」

藤吉郎「あ、、、。」

杉三「黙ったら、ダメだい。そうなるとやっぱり馬鹿吉だよな。」

藤吉郎「違うよ。」

杉三「それしか出ないのか。つまり君は、繭子さんが、、、。」

繭子「待って!」

杉三「何?」

繭子「通訳はいらないわ。私は自分の手で答えを出してみたい。」

杉三「いやあ、こいつも、ちゃんと自分の言いたいことをしゃべらせないと。こうして単語だけでしかしゃべれなくて、肝心な時に止まってしまう癖を何とか直さなきゃ。もし、誰かが通訳すると読み取ってしまったら、それこそこいつは、おしまいだ。世の中、単純じゃないんだからな。おい、馬鹿吉、もう一度よく考えて、ちゃんと答えを出してみろ。」

藤吉郎「あ、、、。」

と、もし手が動いたら、頭を叩きたいような表情で一生懸命答えを考えるが、どうしても文書が思いつかないようである。

繭子「もういいわよ。私、答えを出してもらうのではなく、自分の力で考えてみる。」

杉三「そういう意味じゃなくてね。」

繭子「いいのいいの。私、頑張って答えを探してみるから。今はそれでいいから。だから、今は何も言わないでね!」

伝心「繭子さん、すごく大人らしい。」

祐太郎「変わりましたね。僕も変わらなきゃな。」

明子「あたしも見習わなきゃだわ。」

と、夕方五時を告げる鐘が鳴る。

伝心「あ、もうこんな時間だね。長居をしたら、他に来る人に迷惑がかかるかもしれないから、とりあえず、僕らもお線香をあげて、もう帰ろう。」

明子「本当は、鐘なんて鳴らないでもらいたいわ。あたしはまだ、みんなと一緒にいたいのに。」

祐太郎「そうですね。僕も、正直に言えば不安もあるし、、、。」

杉三「何を言っている!人間いつまでもべたべたとくっついていられることなんてね、絶対にできないんだ!だって、お紫穂ちゃんはそうだったじゃないか!」

繭子「そうね。だからこそ、毎日を大切にしなきゃね。」

と、持ってきた新聞紙を地面の上に置き、持っていたマッチで火をつける。伝心が、カバンの中から線香を取り出して、新聞紙の火に近づけ、線香に火をつけ、みんなに配った。みんなは、一人一人墓石の前の線香立てに、それを立てて合掌し、黙とうをささげた。終わった後、伝心は、持ってきたバケツの水で、火を消した。

伝心「じゃあ、きっとまたどこかで会おう。」

祐太郎「その時は、生きていてよかったと口にできるようにしよう。」

明子「そして、きっと次の世代も作れるように。」

繭子「まあ、やっぱり、若い人はいいわね。」

明子「ああ、ごめんなさい、繭子さん。」

繭子「いいのよ。きっと、皆さんより、私のほうが子供だったかもしれないしね。」

伝心「まあ、繭子さんも、年齢こそ違うが、同じ仲間だったんだし、同級生ということになるんだから、別の意味で幸せになってください。」

繭子「わかってるわよ!」

伝心「じゃあ、入学の支度があるので、これで帰ります。みんなも体を大事に、元気で暮らして下さい!」

と、バケツをもって軽く敬礼し、入り口のほうへ歩いて行った。

明子「あたしも、パンの仕込みがあるから。佐藤君に食べてもらえないのが本当に残念だけど。でも、これをばねに、あたし立派なパン職人になるから!」

明子も敬礼し、入口へ歩いて行った。

祐太郎「僕は、まず具体的に動いて、生きているということを実感することから始めるよ。みんなのように、すぐに目標が見つかるわけではないけれど、まずは、生きててもいいって気持ちにならないと何も始まらないので。」

そう語り掛けるように言って、祐太郎も自由霊園を後にした。

繭子「みんな、やっぱり若いわねえ。切り替えが早いこと。私はなかなかできないわ。あるのはやっぱり罪悪感ばかりで、、、。でも、馬鹿吉さんが違うよって言ってくれたのだから、その違いだけは覚えておこうと思うの。まあ、あたし、頭は悪いけど、きっと勉強って面白いんだろうなって思うから、これからも、大学で一生懸命勉強するから!」

杉三「そうか。ちなみに大学で何を学ぶことにしたんだ?」

繭子「ええ。私も、紫穂とおなじことをしようかなって。」

杉三「つまり。」

繭子「歴史。流行りの歴女ってやつよ。」

杉三「なるほどねえ。僕も確かに勉強は嫌いだが、歴史を紐解くと、非常に面白いよね。思いっきり学ぶと、今を大切にってことも教えてくれるからねえ。」

繭子「すごいわねえ、杉ちゃんは。」

杉三「いいや、馬鹿の一つ覚えだ。基本的に僕が言うことは、馬鹿の一つ覚えでできている。っていうか、勉強するってことはみんなそうなんじゃないの?理由は専門家に任せるとしても、事実だけ知っているのと知らないのとでは、人生大違いになるからな!」

繭子「それも馬鹿の一つ覚えとでも?」

杉三「その通り!」

繭子「まあ、そうやって言えるってことも、すごいことのように私には見える。」

杉三「いやあ、、、。事実馬鹿だからね。馬鹿はどこへ行っても明るい。まあ、それでいいってことなんじゃないの?それで生かしてもらっているんだから。じゃあ、僕らもこれで帰ろうか。まだ、三月だから、すぐに暗くなるし、それに寒いしな。」

繭子「そうね。お二人は、移動にも時間がかかるでしょうしね。本当に今までありがとう。私、いつまでも、紫穂の事も、二人の事も忘れないから。まあ、私はもうこの年だし、きっと、さっきの彼女たちが言っていた、あんな希望に満ちた人生ではないけれど、残り少ないこの人生、今度こそ、後悔しないように自分に正直にやるわ。今度会うときは、ちゃんと答えを言えるようになろうと思う。そして、いつか、紫穂にも、しっかり謝罪ができるかな。」

杉三「うん、できるさ!人間必ずそうなるようにできてるんだから!僕も、君も、馬鹿吉も。ただ、それが来るのは早いか遅いかだ。そこが違うだけだい!」

繭子「そうね。でも、私がそうなれるのは、まだまだ時間がかかるかも。」

杉三「いいんじゃないの。早かろうが遅かろうが、答えが見つかるほうが大事だぜ!」

繭子「ええ。ここを出るのも、お二人から離れるのも、本当に名残惜しいけど、、、。まあ、でも、それが希望ってものでもあるからね!じゃあまた。きっとまたどっかで、お会いしましょ!」

藤吉郎「待ってる。」

繭子「おあいにく様。きっとあなたより、私のほうが先よ。」

藤吉郎「待ってる!」

繭子「本当に、語彙が足りないのね。少しずつ、語彙を増やして、また流ちょうにしゃべれるといいわね。そうなるためには並大抵の努力ではできないかもしれないけど。今度会ったときは、あなたと、正常に会話ができるといいなあ。」

藤吉郎「はい。」

繭子「じゃあ、名残惜しいけど、希望のためにさようならね。それでは、また!」

と繭子も軽く敬礼して、入り口の方へ向かって行った。

杉三「元気でねえ!」

入り口の方から、大きく手を振りながら歩いてく繭子の姿が見えたが、それも小さくなって、なくなっていった。

杉三「よし、僕らも帰るぞ、急ごう!」

帰り支度を始める二人。


繭子は、自由霊園から出て、すぐ近くを走っていたタクシーを捕まえて、家に帰った。

こんな晴れの日だから、いつものバスを使わず、タクシーを使ってもいいなとおもった。

タクシーが家に着いたときは、もう太陽は、お休みの合図を告げていて、月が出ていた。

繭子は、タクシーを降りて家に入った。

繭子「ただいま。」

家に入ると、母親が出迎えてくれた。特に遅くなった理由を問いただすこともなく、

母親「おかえり。卒業おめでとう。」

と言って、出迎えてくれた。

繭子「照れくさいわよ。」

いつもの気の強い繭子だったが、目は違っていた。

母親「お父さんも、今日は早め仕事を終わって、今帰ってきたのよ。奮発して、お寿司まで取っちゃった。一緒に食べようと待ってるから。」

繭子「あら、こんなに早く帰ってこれたなんて珍しいじゃない。」

と、いいながら、繭子は靴を脱いで、家に入った。

中に入ると、父がテーブルに座って、ビールをちびちびと飲んでいた。父は酒が苦手だったので、ビール一缶しか飲めなかった。

父親「おい、大学から通知が来ているよ。」

そう言って、一枚の手紙を繭子に渡した。

繭子「ありがとう。」

と言い、それを受け取った。

父親「しかし、よかったな。」

繭子「何が?」

父親「お前が、高校まで行ってくれて、、、。」

繭子「そうね。私も正直に言うと、はじめはいやいやだったものね。」

父親「全く、信じられないくらいだよ。」

繭子「でも、私、決して損はしなかったし、私は救われたわ。同級生の男子生徒に救ってもらったの。」

母親「そういえば、一人亡くなったとか言ってたね。」

繭子「そうね。もう謝罪ができないから悔しいけど。でも、私、決めたの。ほかのことは全然違う人生になったけれど、それでも生きていこうって。それを教えてくれたのはその彼だったかもしれないわ。今まで、なんで私はこうなんだと思っていたけど、私、高校に行って、やっと本当に勉強したいことも出会えたし。それにたどり着くという結果を得たことを思えば、私の人生も悪くなかったんじゃないかな、そのために、皆必要な要素だったのかもしれないわ。きっと、世の中はそういう風にできている。だから、これからは、精いっぱい生きるから。応援しててね!」

父親「繭子。」

繭子「何?」

父親「その発見こそ、彼に対する謝罪ということになるぞ。」

繭子「そうかしら。」

父親「そうだよ。単に口でごめんなさいというのが謝罪という物ではないんだ。喜びに見えることが、裏では謝罪になっていることだって、世の中にはたくさんあるからな。」

母親「まあ、お父さんったら。それがわかるのは、まだまだ先ですよ。」

繭子「もしかしたら、違うよという言葉には、その意味があったのかも、、、。」

父親「でも、わからないで一生を終えるというやつがあまりにも多いから、言葉では伝えておく。」

繭子「ええ、私も、考えておくわ!」

母親「ほら、お寿司がだめになるから、変な議論はやめてはやく食べてよ!」


卒業式から数日後。

文芸学部のキャンバス。

講義室で、文法についての講義が行われている。ノートをとったり、辞書を開いたりして、時には質問したりしながら、真剣に授業を受けている伝心。


パン屋の厨房。

父親から、パン生地の作り方を教わっている明子。

父親「いいか、パンの生地は、やみくもにたたいているだけではだめだ。愛情をもってしっかり叩くんだぞ。そうしないと、パンもうまくなろうという気は起こらない。」

明子「なんだか人間みたいね。愛情を持って育てないと、人間だって、世渡り上手になることはできないわ。」

父親「ははは。お前もそういう事を学んだな。パンは人間を元気にしてくれる食べ物でもあり、人間はそれを食べることによって世の中を練り歩くのだからな!」

明子「はい!」


同じころ、資格を獲得した祐太郎は、ある病院で相談員として働くようになっていた。

毎日、はけ口を求めてやってくる患者の前で、彼は、できる限り患者の話を聞いてやるように心掛けた。そうすると、自分がかつて悩んでいたことで、患者たちは悩んでいることが、ありありと感じ取れたので、正直に自分も同じ悩みを持っているのを打ち明けた。そうすると、患者たちは、やっと、同じ仲間を持っていると言って、大層喜んでいた。


そして今日も。東駿河高等学校には、問題を抱えた、年齢も経歴も異なる学生たちが通学し、授業を受けていたのであった。



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杉三長編 メサイア 増田朋美 @masubuchi4996

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