井の中の蛙はカラスを知らない

背の高い小人

井の中の蛙は幸せでした。

井の中の蛙は幸せでした。

井戸の外に何も興味がなかったから。


井の中の蛙は幸せでした。

井戸の外で何があっても関係なかったから。


そしてあなたも幸せでした。

井戸の外で何があったか知らなかったから。


Frederica Bernkastel


 8月の初頭蒸し暑いにもかかわらず1枚シーツを掛けベッドに寝込みながらペンを走らせている男がそこにはいた。

これは僕の妄想の1部分であることには間違いないだろう。それ以上に僕のものでもあるが皆同じ時間に見ているもので共通していることも少なからずあるだろう。しかし、大概は5分とすら覚えていないことのほうがほとんどだ。

 不思議にある特定の妄想だけは何年も覚えていることも、数えられるほどにはある。それは何の普遍性を持たない世界からふと出るくだらないことや大真面目な嘘まで。それからはその妄想に関連ずれられる「きかっけ」があれば、フラッシュバックするかのように思い出す。それは絶対的な因果関係なのかマンデートのようなものかもわからない。

 だからここに書いておくことにした。忘れないために。

 無意識に必要にないものに限ってメモを取ってしまう癖をいつかは直さなければならないと思っているが、一生かかっても治らないだろう。

僕の体内で起こっている「不要細胞の大反乱、大革命」のように。

 もう治らない。

 しかし、自分が生きていた証ぐらいあっても罰は当たらないだろう。

 だから書いた。


 いつも決まった感覚で聞こえるぐわんぐわんとした音はいつも眠りから覚める音だ

 緑色を身にまとい二つの目がぎょりと突き出している僕は石垣で囲まれた筒の底にぽつんといた。

 スポットライトのように太陽が筒の中を照らし僕の存在を表す。大物俳優でもない僕を唯一照らす希望でもあった。石垣には筒の入り口にかけて青々した苔、葉に朝露を数滴乗せ今にも落ちそうな複雑に絡まる蔦が底までついていた。底からは絶えす透明で不興にさせないひんやりとした水が湧き出ている。波のない水溜まりを体を大の字にして自由に浮遊させた。

 でもそれでよいのか?

 いやまだ足りない。

 もっともっと良い環境にする欲が僕の心を揺らし動かす。蛙には子孫繁栄と生存本能だけが脳に存在している。しかし、僕は無駄な感性を持ってしまったため、それだけでは飽き足らなかった。向上心を高ぶらせ蔦の葉を一枚千切り肌が乾燥しないように日傘代わりにした。葉の影から沿うように光が漏れ、そればかり見つめては飽きることはなかった。

 この状態で一日を過ごすと自己嫌悪に苛まれ一気に体への重圧がかかっていく。それは間接的な感覚ではなく実感できる感覚だ。

 「後悔」と言うのか、どうなのか。

 だがそう思い始めたのはつい最近のことだ。何事もなかったように筒の中で生きて、自分の人生を無駄にしているのかもしれないとなど考えられなかった。

 いつからだろうか。自分の無駄な人生に後悔したのは。


 

 この日は特別に多く、長く雨が降っていた。そのせいでいつもの音で目を覚ますことができなかった。ある周期で長く激しい雨が降り続くことは本能で知っていたが理由は知らなかった。前線と呼ぶらしいがそれは人間の話であって蛙には関係なかった。

 やっと音が鳴り一日の始まりを感じた僕は晴れの日のように体を大の字にして雨水に浸った。

 空から舞い落ちる水滴を体全身で受け止める。

 体に落ちた水滴は枝分かれするかのように分散し底にたまった水と同化する。

 眼に水滴が落ちた世界とは打って変わって違った。眼から入ってくる景色、感性は歪んで見える。絵具に他の色を足したようだ。一色淡から他の色がまじりあうことで全く違う世界が見えてしまう。

 数年後の自分もいずれはそうなってしまうのか不安だ。天の世界は他者の感情、特に「悲しみ」と「喜び」共有しあえる世界で会って欲しいものだ。世知辛い他者の上目だけを意識して生活する世界よりは。


 目を覆いたくなる現実に思わず目をつぶったと思った。なんせ目の前が暗くなったからだ。

 違う。黒い物体だ。

 蛙はさっと身を石垣に寄り身をかがめた。黒い物体は水面にたたきつけられ大きな水柱が立ち、その全貌が明らかになった。大きな口を持ち、数多くの糸が絡みつき水によって艶をなくした毛玉のようなものだ。その中に人気は目立つ光沢がかった黒丸が一つ。

 僕は自分の無知を恐れた。

 これほどまでに大きく、真っ黒の物体を見たことがなかったがそれは何らかの生き物だということは分かった。しかし、僕以上に大きな生き物はいないものだと思っていたが、その固定概念をあっさりと崩壊させてくれたその生き物との出会いは未知との遭遇であった。

「・・・くれ。」

僕にはそう聞こえた。

「水をくれ。頼む。」

少しばかり意訳はあるがそう聞こえたのは確かだ。

・・・懇願されただと

水?水か、分かったっと言ってやりたかったが勇気に欠けていた僕は怖かった。


 蔦から一枚葉を千切り中央に溝ができるように折り曲げた。そこに水が入るように底の水をすくい、少しずつ少しずつ口らしき穴に流し込んでいった。

 すると息が深くなり黒い物体はゆっくりと立ち上がった。それは横たわっていた時よりもはるかに大きく左目は白い傷跡がいくつも重なり潰れていた。

「・・・化け物だ」

化け物はただ僕を見つめて首をくいっと左右に揺らしている。その瞬間だけは僕の死相が目に浮かびふるえていた。無音の緊張感は「バルカンの火薬箱」のように繊細で一触即発寸前であった。

「化け物とは心外だが、まずは感謝の意を示したい。ありがとう。君は命の恩人だ。本来なら水飲みとはいえ何か手土産でも持ってくれば良かったが。申し訳ない」

こんな大きなと話が通じるとなど思ってもみなかったが、それ以上に驚いたのは見かけよらずにより清楚であったことだ。そして爆発寸前の緊張感をするりと脱し話に持ち込んでいった。

「君はいったい何者だ?」

奴は何か不思議そうな顔をして首を曲げたが、僕の態度と口調から察したらしくニヤリと笑った。

「私の名はケンだ。我々のことをカラスとも呼ぶのもいるががどうしてもしっくりこない」

ケン・・・聞いたことのない名だがどことなく親近感を感じる。ケンは僕を舐めまわすように見るなり不思議そうな容姿をあらわにした。それを言葉にすれば失礼に当たる言葉だとわかっているらしくオブラートに包んで僕に説いた。

「君は・・・もしかしてここに住んでいるのか」

僕にはなぜそのような質問をするのか理解することができなかった。

 ここ?

 ここは筒の中だけである以上その先はない。そもそも「カイ」は淡々と話しを進めているがこれまで一度も御面語を賜ったことのない生物の話を鵜呑みにするほどお僕は人よしではない。

「あぁ物心ついているときから住んでいる。カイはどこから来たんだ?」

そう、苦い薬を同じく口に入れてやった。

しかしカイは首を上下させた。不発だった。

「俺は・・・ロンドンから来た。そうロンドンさ。でも今は世界中旅をしてこれから居場所を探すつもりなんだよ。」

「ロンドン?なんだそれは」

 カイは不思議な言葉を言うものだ。エビの名前にしては聞いたこともないし植物にしてもいいものではない。

「そうか・・・やっぱりなにも知らないのか・・・」

 それを皮切りにカイは筒の外いやそれ以上の何かについて話し始めた。

 今現在いるこの筒を「井戸」と呼ぶらしい。

 そして、その話の中で何度も何度も繰り返し使われている言葉があった。

 「人間」「人」だ。

 理解できた範囲で要約するとカイ曰く彼らは外の世界を開拓し統治している生物であること。その生物は独自の習慣や価値観からなるグループ、カイの言う「国」とに分かれて生活している。そしてカイ達も人間が生きるための食糧のおこぼれをもらったりしている。人間とカイの仲間達との生活は切っても切れない関係にある。

さらに僕が食べらる可能性も隠し切れないとも。このことから僕の脳裏に浮かんだことは「人間」とは本当の意味で雲の上の存在であるということだ。世界を統治し食べたいものがあればそれを食べればいいし、殺したければ殺せばいい。しかし彼らたちを襲うものは数少ない・・・

 そうではないだろうか?

 しかし、見たこともないものを驚いたや素晴らしいなど感情動詞をざらに並べても残るのは一時の関心だけである。この目で見てみたいものだなと発言するならばカイに睨まれた。それは何かを暗示しながらも会話ではない直接的な訴えだった。


 もう一つ印象的であったのは「海」の話だ。井戸のように水が溜まっている場所らしいが、井戸水とは比べ物にならないほどの広さであるようだ。全く想像すらできない。そう井戸の外には蛙の知らない無限の世界が広がっているのだ。

「カイは海は見たことがあるのか」

「数回程度なら見たことがある。涼しい風が心地よくて海風に任せればふわふわと遊覧飛行もできるぞ」

「いつか僕にも見てみたよ」

「そうだな...いつか見せるよ。約束する」


 カイは一通り話し終わるとその黒い羽根を広げ凄まじい旋風を起こしながら羽ばたき始めた。

「すっかり話し込んでしまった。そうだ、手土産を持ってこれなかった分今から食べ物をとってこようか?魚ばかりじゃ話の肴にもならないだろうし」

 大賛成だと受け答えするとカイはあっという間に井戸の入り口にまで羽ばたき遠い青空へ消えていった。さっきまで賑やかだった井戸の中は葉から滴る水滴と水面を叩いた音が何重にも響いた。

 カイの話が本当だったらとしたら僕は「人間」によって生まれたのかと疑念が走った。僕は「人間」の作用によって生まれた存在。「人間」がいなければ僕はいなかったかもしれない。いやだとしてもカイには出えなかっただろうし無駄な思考回路まで生まれなかっただろう。じゃあ僕はいったい何だ?


      僕は自由じゃない。冗談じゃない!・・・冗談じゃない!!


  腹の底から湧き上がる気は当たりようのない憤りにあふれていた。何故人間に指図を受けることがあるだろうか。僕は今まで何も考えず何も感じず人生を無駄いや台無しにして来た。

 ついに僕の目的が見つかった。

 人間に対しての怒りとともに清々しかった。この人間に縛られた鉄格子のない永遠と思える窓がある牢獄には出所はない。自分の居場所を心の知らぬ間に消えていく水溜りと同じだ。それに僕も浸かっているのだ。

  僕はもう勝手に手が動いていた。手を石垣にぺったりと貼り付け右手、左手と確実に。同じ形がない石に対応しながら手の置き場を考えた。黒く光沢のある石垣にへばりつカエル。

 滑稽と思われてもいい。惨めだと思われてもいい。

 やっと見つけた目的、やらなくてはいけないことを胸を張って言えるわけでもない。ただ僕は悲壮感にかられる生活はもういやだ。まっぴらごめんだ。


 登り始めてから中腹に差し掛かった。井戸の穴から差し込む黒い雨雲は真下にいた時より大きくなっている。雨水が石のくぼみに溜まることで起きる小さい滝には骨が折れたがやっとここまで来れた。いや。自分の心が先走る中もう両足が悲鳴を上げていた。後先考えずにやみくもに行動した結果だ。足を前に出すどころかぶらんと宙に浮かんでしまっている。腕もパンパンになりそうだった。ふと上を見上げると今手をかけている石には次に来るはずの石が抜けていた。つまり、空洞がある。しめたと腕を伸ばすが雨水が眼球に落ちた。前落ちたように時空がぐにゃりと曲がりまたとない世界を一瞬で作り上げた。しかし今ではめまいに似た症状に過ぎなく目障りな存在である。

疲労困憊でなおかつ息が上がっている 蛙はその場に座り込んだ。大雨警報が発令している井戸の中、避難場所とするにはここが最適であるがどこか居心地が悪いと言うか他人の家のような感覚を覚えた。


 ごうと空気が反響する闇の中、微かな紅色の2つの輝きが生まれた。それは右へ左へとゆらゆらと揺れている。蛙は2つの火の玉をじっと見つめている。次第に大きくなってい行き凍えそうな蛙の体を虜にした。その瞬間、落ち着きを取り戻していた体は芯から急激に硬くなり、節々が石化したように固まった。その間にも火の玉は形を大きくしながら近づいてくる。

「しっしっし・・・さぞ動かせなかろう。俺様に睨まれた最後、その体が骨になるまで動くことはできないだろうに」

 耳に残るかつ不快な高音な調を発声する闇から、先の割れた紫色の触手のようなものが現れ、僕の背中を舐めた。

「あぁ、これだよこれ。蛙の味はまずい虫を食ってからも味が分かるぞ」

 僕は怖かった。そして後悔もした。

 僕が壁を上ったがあまり生命の危機に直面してしまったことは僕を含め誰が想像できるものか。

「全部見ていたぞ。お前と烏のやり取りを。せっかくお前を太らせていたのに横取りされたのかと思っていたが、運がよかった」

饒舌に一人でしゃべる玉をしりめに僕は固まった体をどうにか動かそうと左右にもがいた。

「ふん、どうあがいても動かせんよ。たしか...ほら、ことわざがあるだろう」

 触手はもう一度僕を舐めまわした。先ほどよりも湿り気を感じる。

そして球は少ししょっぱいなとつぶやいた。

「あぁ、お前が馬鹿みたいに壁を伝っていたからか」

 声からは笑い声が混じっていた。

「そんなことしてなんになる。外に出たいのか」

「俺はここにいる。なにもしないさ。ほらぁ、お前は自由だぞ!」

 動きたければもう既に逃げ出している。

 そして完全に馬鹿にしていることも。

「そんなに俺と居たいのか?それはそれはうれしいよ」

 ゆるゆらと揺れていた触手はぴたりと止まった。

「そうだ思い出したよ」

 暗闇から延びる触手の根元が次第に現れ始め、そこにいたのは見上げるだけでは視界に入り切れないほどの大きな体をした胴の長い怪物であった。

「蛇に睨まれた蛙。まさにこの状況のことだよ」

 先の割れた舌を前に4本の長い昆針よりも残酷な犬歯を持ち,その奥に見える底なしの暗闇を携えた口。

 火の玉のように見えていたものは闇をも逃げる眼光であり、それを駆使し蛙を本能を逆なで体を支配したのだ。

「俺はお前を食うことを夢見ていた。お前がおたまじゃくしのおころからな。その気になれば首筋をかみ切ることとだってできた。だが、俺は泳げねぇ。お前が次第に大きくなって丸々と太っていく姿を指をくわえてみるしかなかったが、まさかお前から来てくれるとは驚きだったよ」

 井戸の外から激しく風を切る羽音が聞こえてきた。

 怪物は上を見上げ、見えない者へ睨みつけた。

 そのとき怪物から目線がそれたため石のようであった体は一瞬だけ自由を取り戻した。

「最後に聞いてもいいか」

 怪物ははっとと気が付きまた蛙の動きを止めた

「なんだ...言ってみろ。あと逃げようなんて思うなよ」

 怪物の声から最初の勢いはなくなっていた。

 蛙の体は一度解放されたおかげで声帯の機能は復活したようたっだ。

「なぜ、お前は僕と同じく井戸にいる?」

「もう俺の居場所がいなくなってしまったからだ」

「どういうことだ」

「もともと俺は井戸の外にいた。だが、人間が勝手に踏み込んできて住処や周りを破壊していった。行き場をなくした俺は元居た環境に近い井戸に住むことに決めた。それだけだ」

「そうか。僕もスタートは真逆でも目的は同じだよ。今いる環境から脱してもっと広い世界、海を見たいんだ。もともと井戸だって人間がいなければなかったものだ。そこから抜け出すことは真の意味で『自由』を勝ち取ることだ」

「お前は何もわかっていない。人間はほかの種族とは全く共通点のない生態を持っている。俺たちは環境に合わせて自然と共存している。しかし、奴らは使えるものがあればその地が枯渇しようとも構わない生き物だ。そうやってこの大地を蝕むウイルスだ!!」

 怪物は声をあら上げ、蛙の首を舌で締め上げた。

「く...お前はそうやって...逃げるのかよ」

「は?何が言いたい」

「お前はいつまでも元居た場所が忘れられなくて、ここにやってきた。だが僕は違う。どんなに井戸の外が過酷な現実があろうともそれを受け入れる覚悟がある!!」

「馬鹿が!!生き残ることに意味のがどうして分からないのか。こんなに恵まれた場所ないのにもかかわらず、無知もはなはなしい」

 怪物は蛙の首をより一層きつく締めた。

「苦しまずに食い殺すつもりだったが、手始めに自然界のルールである弱肉強食を教えてやろう」

 怪物は口の奥に存在する闇には入れずに蛙を上下の犬歯で噛み付き、腹部を貫通させた。

 蛙は声にも出ない悲鳴を上げた。

「お前がいなくなれば、俺が確保できる食材も多くなる。お前さえいなくなれば...苦しめ!そしてその痛みを残したまま死んでいけ!!」

 怪物は犬歯を左右に動かし、さらに苦しみを与え続けた。

 蛙の意識がもうろうとしてきて、井戸から差し込む光しか認識できなくなってしまった。


 突然ぼやける光の景色が真っ暗になった。

 この瞬間、僕はわからなくなった。それ以上の個人的感性は無意味古城にように見えそれは時代の風化で朽ち果てるのみだ。それはただの時代の流れではない。甘受の流れだ。そして風化するかのように僕の体を蝕む痛み。それは蛙も同じだった。何も見えないその先はカイが落ちてきた時とは全くの派閥そのものだ。

それからはどうする?


 瞼が熱鉛を置かれたように重く焼かれるように熱かった。そのうえ高熱による関節痛に似た痛みは体に置き去られたようだった。ゆっくりと瞼を開けると雨は以前に勢いをを保っているが特別湿気を感じた。右手ですっと撫でると真っ赤な液体だった。

 蛙は周りを見渡すとあの散々苦しめた怪物は井戸の底に舌を出しながら沈んでいた。

 なぜだろうか。そうだあいつと落ちたのか。また底へ行きついてしまった。

カイは僕を覆うように羽を広げていた。雨から体が冷えるのを守っていたのだろう。

「カイ、すまない」

「いいんだ。お前さんはよく頑張った」

 ぐったりとした体の内部から徐々に崩れていく音がはっきりと聞こえてくる。息を吐くたびに硬貨の味が肺の奥底から雄たけびのように込みあがる。痛みはやがて同化として強いられる。

 

 するとカイは蝋人形と化した僕の体を持ち上げ背中に乗せた。そのときカイの体は長細く規則正しい毛が一本の集合体であることを知った。カイの羽についた水滴を一瞬で払落し、羽ばたかせ徐々に上昇させていった。それからは瞬きする間もなくあっという間に井戸から脱出し高高度で空を飛行していく。空は井戸水と同じくよどんだ灰色をしている。蛙はカイから落ちぬよう景色を目に焼き付けていった。すると人期は目立つ建物が目に入った。それは歴史を感じる大きな時計塔であった。

「カイ・・・あれはなんだ」

「あれは・・・ロンドン塔。この土地のシンボルみたいなものですよ」

 そのあとすぐにカイは蛙に顔を向けた。

「実は世界を巡っていることは嘘です。私はそのロンドン塔から来たんですよ。詳しいことを言えば長くなりますが、ある人間がなくなった場合私も殺されないといけなくて。それで逃げ出した。本当は新しい環境に行きたいと思っていたのですがどうもこの地を離れられなくていました。でも、君の心の叫びを聞いて覚悟ができたよ。

ありがとう。君に会えて本当に良かった」


 蛙の体力の限界が着実に近づいている。カイは蛙の動きが止まる時間が長くなるたびに気を持たせていたが蛙の死は目前にあることは間違いない。カイは決死の覚悟で飛び続けやっとの思いで目的地に着いた。

「蛙君見てくれよ」

 いうことのきかない体を無理やり起こし、目を開くとそこには永遠と続く大海がそこにあった。雨も止み、地平線に沈む夕焼けの温かい日差しを蛙は食い入るように見とれていた。井戸では見ることができない、感じることもできない温かさ、それは蛙にとってはじめての「感動」という感情が生まれた。

「カイ、僕はもう無理だ。だから...」

「わかってる。私はまだこの世界に生きてみるよ。さらばだ、友よ」

 そういうとカイは羽を広げる体を次第に傾けていった。

  

 海は井戸よりも寒く暗い場所であった。しかし、太陽に勝るものはなく寒さ、暗闇は実質的なものでいえば井戸よりも温かい場所であった。

 沈む沈む蛙はその時やっと大海というものを知ることができた。

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井の中の蛙はカラスを知らない 背の高い小人 @senotakaikobito

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