【97】血の継承

「そう言えば君のこの心臓には君とあの第三の人格の2人しか居ないと思ってたけど、確か僕が君の心臓を体に入れた時にも骸骨の人がいたよね?あの人はまた別人?」

「あれはただの橋渡し。というより門番と言う方が正しいか。元々奴らが用意した心臓と体を繋げる役割だけの存在。だが俺が先に力の一部を使って俺のモノにした。奴らの望み通りに事が進むのは御免だからな」

「つまり当時の吸血鬼の王が君の心臓を使えないようにしたかったってこと?」

「そういうことだ」

「ちなみに彼自身に意志ってあるの?」

「一応だが無くはない。もし予定通りあの野郎が俺の心臓を使おうとすればあいつが殺すはずだった。そうならなかったのは残念だがな」


優也は話を聞きながらあのドナと名乗る骸骨のことを思い出していた。見ているだけでケツイがみなぎってきそうなあの陽気な骸骨の事を。

すると優也はふとあの日のことも思い出した。理由は分からないが気づいたらこの場所に居て、初めて彼と会った日の事を。だが相変わらず細か事は思い出せずにいた。


「君は22年前この場所で僕と何を話したのか覚えてるの?」

「多少はな」

「じゃあ教えてよ。どんな話をしたのか」


アレクシスはため息をつきはしたが話を始めた。


「お前がここに来た時、俺は適当に過ごしていた...


###


草原に寝転がるアレクシスをそよ風が優しく撫でる。

そんなアレクシスは瞑っていた目を開けると顔を横に向けた。彼の視線の先に立っていたのは1人の少年。それは幼き優也だった。


「誰だ?どうやってここに来た?」

「えっ?あの...ご、ごめんなさい。で、でも僕も気が付いたら...ここにいて...」


アレクシスの鋭い視線に幼い優也は涙ぐむ。それを見たからかアレクシスは視線を外し空を見上げた。


「まぁいい。ここには何もないぞ」


その言葉を聞きながら優也は辺りを見回すがどこまでも草原が続いてるだけ。


「――あの、ここってどこなんですか?」


優也の質問にアレクシスはめんどくさそうにため息をつく。


「ここは俺の精神世界だ」

「せいしん、せかい?そういう名前の場所?」


これ以上の説明は面倒なのかアレクシスは何も答えなかった。

だが優也はアレクシスが悪い人ではないと子どもながらの直感で感じ取り落ち着きを取り戻していた。そしてそれが自然な流れのようにアレクシスの隣まで足を進めると腰を下ろす。

アレクシスはそんな優也を横目で見たが何も言わず再び空を見上げた。


「僕はろくじょう、ゆうや。君は?」


すると少し唐突に優也は自己紹介をしアレクシスに名前を尋ねた。

だがアレクシスは黙ったまま。


「ねぇ?名前は何て言うの?」


アレクシスの顔を若干覗き込むようにしながら粘り強くと言うべきかしつこくと言うべきかもう一度尋ねた。

それに対して小さく舌打ちをしながらもアレクシスは名前を口にする。


「アレクシス・D(ドラキュラ)・ブラッド」

「アレクシスさんか。じゃあ海外の人だ。どこの国だろう?って言われてもまだ分からないかも。アレクシスさんは、ここで何をしてるの?」

「何もしてない」

「いつも1人なの?」

「そうだ」

「お友達は?」

「いない」

「寂しくないの?」

「別に」

「僕はいっぱいじゃないけど幼稚園にお友達はいるよ」


会話のラリーがテンポ良く進んだ後、優也は楽しそうに幼稚園のことを話した。

それをアレクシスは聞いているのか居ないのかずっと空を見たまま表情も変えず相槌も打たない。だがそれでも優也は友達のことなどを楽しそうに話し続けた。

すると優也は閃いたというような表情を浮かべる。


「あっ!もしかしてお友達がいないってここにはいないってこと?」

「違う」

「じゃあ本当に1人もいないの?」

「いない」

「寂しくないの?」

「別に」

「ずっと1人?」

「そうだ」


すると優也は腕を組み難しい表情を浮かべながら考え始めた。かと思うと少しして表情を満面の笑みへと変える。


「それじゃあ僕が君のお友達になってあげるよ」


その言葉にアレクシスは顔を横に向け目を輝かせる優也を感情の読み取れない表情で見る。だが何も言わずすぐに顔を空へ戻した。


「あれ?僕じゃダメ?なの?」


優也は笑顔から一転しょんぼりとし俯いた。


「どうやってここに来たかは知らんが俺とお前じゃ生きてる世界が違う。お前と会うのもこれが最後だ」

「んー。そうか。でも帰っちゃうなら仕方ないか...。でも遠く離れてても一緒に遊べなくてもおしゃべりができなくてもお友達にはなれると思うんだ。だから僕達もうお友達だよね?」


屈託のない笑みを浮かべた優也の瞳には純粋な希望が煌めいており簡単に否定することを躊躇わせた。

そんな目と目を合わせながらアレクシスは少し黙る。沈黙の間、優也はずっと表情を変えずアレクシスを見つめた。


「――そんなものになってどうする?それが原因で厄介ごとに巻き込まれたやつらを大勢見てきた。逝ったやつも知ってる。そんなのただの足枷だ」

「でもお友達は自分が大変な時に助けてくれるんだよ。僕はまだ子どもだから君の助けになれるか分からないけど。それに場所が遠くなら...」


優也は少し浮かない顔をすると俯かせる。だがすぐに閃いた表情に変えた顔を上げた。


「じゃあ僕が大人になって君が困った時に助けられるようになったら。また、会いに来るからその時に僕とお友達になってよ」

「そんな約束するだけ無駄だ」

「無駄じゃないよ。ちゃんと会いに来るし、お友達になったら一緒に遊んだりしてきっと楽しいよ!」


返事を返す前に体を起こしたアレクシスは曲げた片膝に腕を乗せ優也へ顔を向ける。

その相変わらずの真顔は優也の表情から自信を退かせた。そしてあっという間に元気をなくしてしまった。


「やっぱり...僕じゃダメだよね」


顔を俯かせ表情同様にすっかり悄気しょげた声は呟くように小さかった。


「なら、もしお前が...」


そんな優也を見下ろしながらアレクシスはゆっくりと口を開き、優也は少しだけ顔を上げ若干の上目遣いで見上げる。


「もう一度俺と会うことがあれば、好きにしろ」


アレクシスの言葉に優也は忙しく変化させ続けた表情を満面の笑みへと変えた。


「約束するよ。絶対、会いに来るから」

「もし本当に来れたら、俺の力も全てくれてやる」


###


「何となく思い出してきたよ」


懐かしい感情に胸を一杯にしながら呟いた優也は隣のアレクシスを見た。


「もしかして君は22年間ずっと僕を待ってたの?」

「待ってるも何も、そもそも俺はここから出られないからな」

「そうか...。でも、一応約束通り君のところに来たら僕達はもう友達ってことでいいよね?」


その問いかけにフッと静かに笑うアレクシス。


「好きにしろ」

「じゃあこれで僕と君は友達だ」


優也は手を差し出した。それをアレクシスは黙って握り返す。


「そろそろ約束通り俺の全てをくれてやる」


手が離れるとアレクシスはそう言ったが優也は少し浮かない顔をしていた。


「どうにかして君が消えないようにする方法はないの?」

「ない。それに俺はもう長い間ここにいる。もう十分だ」


肉体を失い想像を絶する程にここに囚われ続けていた彼がそれを願うのなら尊重してあげたいというのが正直な気持ちだった。だが同時に彼との別れが寂しくもあった。


「分かったよ。でも結局、僕は何もしてあげられなかったね」

「お前がいなかったら俺は今頃あの傀儡野郎に取り込まれてた」

「でもそれは僕も同じだし」

「理由はどうであれ助かったのは事実だ」

「そうだけど...」


優也はあまり助けた気がせずどこかもどかしさを感じていた。


「それにこれは助けたどうこうじゃない。お前が俺の目の前にまた現れたらと言ったはずだ」

「そうだったね」

「これでやっと終わりだ」


ため息混じりの声を出しながらアレクシスは立ち上がった。そんな彼に続き優也も立ち上がる。


「あの日お前がどうやってあの場所に来たか知らんが...。お前と会えて良かった。もし俺が生きてる頃にお前と...。いや、それは今更どうでもいいことか」

「僕も君と出会えて良かったよ。正直、忘れちゃってたけど。思い出せて良かった」

「――お前は何もしてないといったが、それは違う」


その言葉に優也は首を傾げた。


「さっきも話したが俺はずっと孤独に生きてきた。家族も友すらいなくずっと1人。俺を恐れ敵視し利用しようとした奴らはごまんといたがお前みたいな奴はいなかった。どうやら思っていたより友っていうのはいいものらしいな」


すると無表情だったアレクシスの顔に微笑みが浮かんだ。それは砂漠の片隅に生える小花のように控えめだったが良い笑み。優也もそれに釣られ微笑む。


「友達として何も出来なかったのが残念だけど」

「いや、友になると言っただけで、約束通りまたこうして俺の前に現れただけで十分だ。あとは、俺をこの狭い世界から解放してくれ。それだけで十分だ」

「分かったよ。君がそれを望むのなら」

「俺がやれるのはこの力だけだ。これがお前の助けになればいいがな」

「十分だよ。これで大切な人達を守れる」

「力は使い方次第で大きく変わる。特に俺のはそうだ。上手く使え」

「コツとかはないの?」

「常に主導権はお前にある。力に操られるな。操るのはお前だ」

「んー。いまいちピンとこないけど頭に入れておくよ」

「力にさえ飲まれなければいい。さっきみたいにな」


そう言うとアレクシスは掌を上に上に向けた片手を前に出した。その腕には血がが巻き付き掌の上では血の塊が形作られた。


「もうお前のものだ」


掌に浮く血の塊を一見した優也はそれの更に上に手を伸ばした。


「でも少し寂しいよ」

「だがいつまでもここに居るわけにはいかなないだろ?」

「そうだね」


折角こうやって再会することができたアレクシスとの別れは辛かったが彼の言うことも正しく、いつまでもここに居ることはできない。

優也は自分の気持ちを抑え込むと血の塊を押しつぶすようにアレクシスの手を握った。手と手の隙間から溢れ出す血。赤は瞬く間に優也の手を覆い染みるように内側へ入っていくと血管を通り心臓へ。そこから全身へ広がる。


「お前に会えて良かった。六条優也」


終わりを告げるように薄くなっていくアレクシスはまた笑みを浮かべた。


「ありがとう。お前は俺の唯一の友だ」


その言葉を最後にアレクシスは優也の中へ吸収された。

アレクシスも血の塊も消えた手を一度見た優也は青い空を見上げる。


「こっちこそありがとう。僕の大切な友達」

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御伽の住み人 佐武ろく @satake_roku

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