【96】決着

大量の血を流したユウヤの意識は途切れた。かと思われたが突然覚醒したように目を開くと無くなった左腕を血化羅で作り食らいつくのに夢中な武士をひと殴り。そして右手で地面を叩くとユウヤの腹部辺りの地面から鬼手が生え、武士を突き上げそのまま殴り飛ばした。馬乗り状態から解放され立ち上がったユウヤの雰囲気はどこか違っていた。


「思ったよりやられてやがる」


ユウヤは血化羅で作られた手で噛みつかれた首筋に触れ血の付いた手を眺めていた。そして視線は頬面に血を流す武士に向けられる。


「やはりこうなったか...」


再び手元に視線を落とすユウヤ。


「ギリギリってとこか」


そう呟く彼へ太刀を引き寄せた武士が一気に間合いを詰めた。依然手元を見つめているユウヤのすぐ目の前まで迫った武士は太刀を振り下ろし始めている。だが刃がユウヤを斬り裂く直前で血化羅の刀が太刀を受け止めた。


「こっちは不足してやがるってーのに随分と血を吸収したみたいだな」


そう言うユウヤの首筋の血は止まっていたが傷が塞がっているわけではなかった。そしてユウヤが武士を押し返すとそれを皮切りに激しい斬撃戦が始まる。武士の甲冑とユウヤの体に物凄い勢いで増えていく傷。それがその戦いの激しさを物語っていた。そして斬撃戦が終わりを向かえる頃、ユウヤは左腕を下から斬り上げられ、そのお返しの如く武士の太刀を握る側の手、右腕を斬る。腕1本をそれぞれ失ったと考えれば平等に見えたが、武器を持つ手を斬り上げられた武士と依然刀を握っていたユウヤとではその斬られた腕の価値には差があった。腕を斬り落としたユウヤはそのまま武士の顔に手を伸ばす。そして刈り足のように片足を掬い地面に叩きつけた。武士は叩きつけられた衝撃など一切受けていない様子ですぐに反撃をしようと残った手に拳を握る。だがユウヤは刀を手首に突き刺し馬乗りになる。手首を貫通した刀は地面に刺さり武士の腕を固定する。そして残った右手を振り上げ武士の胸に一突き。鎧を貫通し手首まで内側へ侵入したはずだが相変わらず血らしき液体は一滴も流れず。鎧の中もそれは同じで液体の類は何も無く、それどころか空洞。そんな体内へ更に手を押し込んだユウヤは中心部へ一直線に伸ばす。


「こいつか」


そう呟いたユウヤの手の指先が触れていたのは太刀の柄。刃先が下に向いた状態の太刀が武士の内側の中心には浮いていた。その太刀を触り確認したユウヤは躊躇いなく柄を握る。だが何も起こらない。かと思われたが柄と握る手の間から血が流れ出しゆっくりと太刀を伝い始めた。するとそれに反応し武士が力強く抵抗をし始める。だがユウヤは手は突っ込んだまま両足に力を入れそれを押さえる。その間も血は流れ続け刀身を伝い刃先から1滴また1滴と滴っていた。だが血はただ流れて落ちるだけではなく次第に刀身に纏わりついていき、最後は鞘のように包み込んだ。それと同時に武士は急に静まり返りピクリとも動かなくなる。ユウヤが1滴も血に濡れていない手を引き抜き、武士の上から離れると手に突き刺していた刀は溶けて消え、数歩歩いたユウヤは武士の方を向いてその場に腰を下ろした。ユウヤの視線の先で動きを止めた武士の鎧にヒビが入ったかと思うとそれは全身へ一気に広がる。次の瞬間、弾けるように全身の鎧が砕け散り破片は下ではなく上へ蒸発するように上り静かに消えていった。鎧が全て消えた後、そこに残っていたのは優也。武士と同じように仰向けで寝転がっているが武士が失ったはずの右手は健在。目を瞑り気を失っているような優也だったがすぐに、ゆっくりと目を開け体を起こす。そして何が起こったのか分からぬまま戸惑いを露わにし自分の両手に目を落とした。


「戻ったか」


その声に横を向いた優也はすぐそこに座るユウヤの姿に、一瞬にして警戒を全開にして身構える。


「落ち着け」


だが少し様子の違うユウヤに違和感を感じ始めると説明は出来ないが感覚的にある人物が思い浮かぶ。


「アレクシスさん?」

「そうだ」

「でも...確か...」


優也の頭にはあの光景が再生されていた。


「お前がアイツを追い詰めたおかげで内側からどうにかすることができた」

「でも、僕一体なにを...」


全く武士の間の記憶の無い優也は何をしたのか分からず更に戸惑う。


「簡単に説明すると、お前は俺が与えた力に飲まれた。まぁそれ自体は予定通りだがな」

「予定通り?」

「正直に言ってお前がアイツに勝る程の力は俺に残ってなかった。だからお前が化けるか最悪でも力に飲まれるようにした訳だ。思ったりコイツがやられてたのは誤算だったがな」

「でも吸収されたのにどうやって...」

「飲み込まれたからと言っても力が奪われすぐに吸収されて消える訳じゃない。だがほとんどはそこからどうにかする力なんてものは残ってないからな。その時点で終わりだ」

「じゃあアレクシスさんはその分の力を残してたってことですか?」

「そうだ。お前がこいつを追い詰めところで内側から殺すというのが狙いだった。どの道、お前頼りだがな」

「ですけどその話通りだとまだアイツはまだ生きてるってことですよね?」

「その心配はない。コイツは所詮作られた術だ。少し時間はかかるが消滅させるのはそう難しいことじゃない。それにそれはそろそろ終わる」

「じゃあもう...」

「終わりだ」


その言葉に優也は安堵に包まれため息を零す。それと同時に体の力が抜け後ろに倒れ寝転がった。青い空に白い雲、ふんわりとした草に心地よい風。この平和を具現化したような場所で、まるで先程までの戦いが嘘のように優也は全身で終わりを感じていた。目を閉じ静けさと心地よさに身を任せていると近づいて来た足音が隣で止まり腰を下ろす。その音に目を開け体を起こした優也が横へ顔を向けると腕と姿が元通りになったアレクシスの姿がそこにはあった。この青空の下で草原にアレクシスと並んで座っている状況に優也は懐かさを感じていた。


「小っちゃい頃だしあんまり覚えてる訳じゃないけど懐かしい...」


数年ぶりに田舎の祖父母の家を訪れたような感覚を感じていた優也はアレクシスへ顔を向けると気になっていたことを尋ねた。


「そう言えばどうして君は同族殺しなんてしたの?」

「別にそこまで深い理由はない。それに俺にとって吸血鬼はそこまで意味を成してない。だからあいつらがたまたま吸血鬼だった。それだけの話だ」

「もしかして僕が見たのってその時の記憶なの?」


初めてモーグ・グローリと対面したあの夜に見た生々しい夢を優也は思い出していた。


「何を見た?」

「男の人を殺す夢。後ろではその人の奥さんと子どもがいて...」

「断言はできんが恐らく俺が殺した吸血鬼だな」

「僕には君がそこまで悪い人には思えない。でもあれを理由も無くやったんだったら...」


優也は続きは言葉にせず軽く首を振ってみせた。


「別に無差別で殺した訳じゃない。理由はあった。だがそれは大したことじゃないと言ったんだ」

「その理由って?」


アレクシスは大きくため息をついた。


「俺はガキの頃から1人だった」


するとアレクシスは話を始めた。それに優也は黙って耳を傾ける。


「親の顔は知らん。だから俺はずっと1人で生きてきた。特に何かある訳でもなくただ生きてた。そんなある時、俺が路地裏で飯を食ってた時だ。足元に猫が寄ってきた。汚い猫が。そいつは俺を見上げて何度も鳴いた。だから俺は食いかけの飯をそこに置いてその場を離れた。次の日もそこにはソイツがいた。その次の日も。そして次の日もそこへ行ったらある男が苛立ちながら車の前で電話をしてた。その男の足元にアイツがいて飯にありつく為に鳴いてたんだ。だがその男はアイツを見ると苛立ちをぶつけ蹴り飛ばした。そしてそのまま車で走り去った」

「その猫は?」

「死んだ。まぁ知ってる奴が死ぬなんてよくあることだったからな。別に悲しくはなかった。ただアイツに力が無かっただけだ。だがなぜかあの男が忘れられなくてな。それに思い出す度に気分が悪くなる。だから探し出して殺した。あとで知ったことだがその男は人身売買をしてた奴だったらしい。まぁ俺には関係ないがな。それと別の吸血鬼は俺がガキだった頃に俺を散々利用だけして金を持ち逃げしようとした奴だ。あとは忘れた。まぁこんな話、今更どうでもいいことだがな」


アレクシスはそう言ったが優也はその話を聞いて少しホッとしていた。彼が何の意味もなく同族である吸血鬼を殺していなかったことに。だが完全に肯定することもできずそれ以上その事に関して何かを言うことは無かった。

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