空彦2

「春ちゃん…まだかな」


 机に張り付いている中に、幼なじみの姿は見当たらない。

 性格を考えると、乗り気でなかった以上あの人込みをき分けて先頭に立っていたとも思いにくいから、まだここまでたどり着いていないのだろう。これが、スピード重視と言っていればまた別だっただろうが。


 あの幼なじみを自分が無理矢理引っ張り込んだ自覚はあるが、だからといって、一度肯いてしまった以上、手を抜くこともないと知っている。やる気が起きなくて全力を出せないことはあっても、わざと成績を悪くすることはない。

 何しろ、周囲から浮かないように目立たないように、わざと手を抜いていた空彦そらひこを叱り飛ばしたのは彼女だ。


「ま、俺も頑張んないとね」


 目指すはトップ通過だ。そのためには、幼なじみを待つのではなく、走り出すべきだ。配分を考えつつ、空彦は走り出した。

 幸いにも、少しかげった天気で、暑くもなく寒くもなく、運動をするにはちょうどいい。

 各所に満遍なく人は配置しているはずだが、日射病にでもなられては困る。正義の味方を選ぶ場所で、わざわざ具合の悪い人を作るなどと問題外だ。

 ちらちらとすれ違う人たちを見ながら、空彦はそんなことも考えていた。

 今は一参加者ではあるが、空彦が司令官にもなるはずで、それ以上にこの中に仲間になるはずの人たちがいる。

 審査官と友達探しと、相反する心情で、周囲を観察する。


 正義の味方となれば、悪を憎む心は必須だ。

 が、いくら幼なじみに馬鹿だ馬鹿だと言われ続ける空彦でも、世話係からいつまでも変わりがないといわれる空彦でも、善と悪が純粋にそれだけで存在するとは思っていない。

 その二者は、からまり合い混在するものだということくらい、わかっている。

 それは、父の影響もあるのかもしれない。

 名の知れた玩具メーカー「じぱんぐ」を祖父とともにおこした父は、清濁を呑み合わせる人だった。それは、企業人としては当たり前のこととも言えるだろう。そしてそれを、自分の子供たちには隠さない人だった。

 せめて幼い時分には隠しておいてほしかった、と思うくらいに。

 空彦の世話係の老人にしても、以前は会社のよごれ役担当だったのだという。それがどこをどうなって子守役になったのかは知らないが、老人の過去をしらせたのも父だ。


 ――しまった。改めて、あの親父を成敗したくなってきた。


 子どもが買うことの多い玩具メーカーの顔で、児童施設や学校への寄付など、慈善事業への参加も多い。

 だがその裏で、どれだけの汚れた金が飛び交い、女性の斡旋あっせんさえも相次あいついでいるか。

 祖父が馬鹿正直だっただけに、父が担当した裏の割合は濃い。

 二枚舌など常套装備じょうとうそうび、誰かを罠にめるときには、反抗のしようもないほどにアフターフォローも万全に。

 それはそれでいいのだが、いやよくはないかもしれないが、社会の厳しさというものなのかもしれないが。せめて、薄々でも現実の厳しさがわかる年頃まで、暴露は控えてほしかったと思う。


 空彦だって、もっと本気でテレビに映るヒーローたちを信じたかった。


 優等生すぎた上の兄はそんな父に耐え切れず、高校卒業とともに警察官になったものの、そこでも色々と目にさしてやさぐれることも多くなっていた。義姉の存在がなければ、どこかでぽっきり折れていたかもしれない。

 今は、娘二人に囲まれてどこにでもいる親父に落ち着いているが。


 下の兄は逆に、さんざん悪ぶって暴力団の下っ端になりかけたところをぎりぎりで父に首根っこを押さえられた。今は、「じぱんぐ」で父の片腕となるべく頑張っている、はずだ。

 そもそも父にかまわれたくての悪行だったはずだから、気付いていなくても本人は満足だろう。


 そして空彦は――上二人とは多少年が離れていることもあり、何かと甘やかされているまま今に至る。


 実は空彦だけ二人の兄とは母親が違うのだが、今はこの母もない。

 それも甘やかされる理由のうちの一つなのだが、いくら何でも二十歳すぎて親のすねをかじるな、と言われない理由は、その母にある。

 意外に資産家だった母の実家なのだが、子どもは母だけで、祖母が亡くなるときには、会社関係は実務に携わっている人たちに渡されたものの、資産の大部分は、たった一人の孫の空彦に遺された。

 つまり、空彦単体で見ても大金持ちなのだ。

 甘やかしと下手なことをしなければ将来に困ることもないため、父兄らは、好きなことをやればいいと手放しだ。

 一歩間違えれば悪の組織を作っている側になっていたに違いないと、我ながら思う。


 幼なじみだけは勘違いしてくれているようだが、空彦は単純でも純真でもない。正義の味方だって、そんなもの、声の大きい勘違い野郎でしかない、と思う。

 それでも、子ども向けの綺麗すぎるあの世界は好きだ。それは、本人が思っている以上に可愛すぎるあの幼なじみのおかげだ。

 正義の味方を信じているのは、あるいは信じたがっているのは、空彦ではなく彼女だ。


 ――まあ、気づいてないところが春ちゃんらしいんだけど。


 世の中は混ざり合った善と悪に満ちているのに、あの幼なじみはそれを良しとしない。目をらせず、空彦の上の兄のように妥協して済ませることもできず、もがいている。

 それなら、空彦がそれを貫ける場所を作りたい。

 ただそれだけの我侭わがままに集められた人たちを見ながら、空彦は、せっせと足を動かした。メンバーがそろったら対抗する悪は何にしようか、などと考えながら。

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せいぎのみかた 来条 恵夢 @raijyou

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