空彦1

 開始早々に、人込みに呑み込まれたままの移動を余儀よぎなくされた。

 空彦そらひこは満員電車に乗った経験はほぼないが、あの状況に似ているのかもしれない、と思う。だとすれば、もう一生縁がなくていい。


 押されるままに第一地点にたどり着いてしまった空彦は、十数枚からなる解答用紙を前に、面食らった。


 問1.関ヶ原は何県にあるか。

 問19.『吾輩は猫である』の作者は。

 問28.50×4÷2=

 問30.世界三大がっかりと言われるのは、マーライオン、人魚の像、あと一つは。


 微妙に懐かしいような気分になる。

 今となっては縁のない、学生時分の試験のようだ。しかも範囲は、五教科の枠を抜けて、雑学にまで踏み入っている。むしろ、クイズ番組か。

 今回の正義の味方結成計画の首謀者であり計画者である空彦だが、一番の目的の幼なじみが今回の実技選抜に一般参加すると言い出した時点で、詳細は丸投げしてある。

 五地点で知力・体力・時の運諸々もろもろはかるとは決めてあったが、その内容に関しては知らない。

 これは知力だろうが、多すぎる問題量と時間の記録はするが制限はないところから、正確さや几帳面さも見るつもりだろうか。


 ――じいちゃん、僕も参加するって言った途端、測定基準までそのときのお楽しみとか言い出しちゃったもんなあ。


 真顔でお茶目なこともする、幼い頃からの世話係を思い浮かべ、空彦はそっと笑った。楽しめと言いたかったのだろう。

 それに、知って高得点を取るよりも、一般参加者と同じ立場での方が、断然かっこいいに決まっている。


 とりあえず順番に問題を解いていって、スタッフが開始をげて押していったストップウォッチを見る。

 十五分ほどがっているが、速いのか遅いのかわからない。

 とりあえず、もう一度頭から確認して終わろうと決める。すべて埋めてはいるから、まったくの無得点ということはないだろう。


 そうやって二順目にかかったところで、隣に座っていた少年が立ち上がった。

 きょろきょろと周りを見回しているのは、終わってスタッフを探しているのだろう。ストップウォッチには触ってはいけないと言われているが、手を上げればいいはずなのだが、ちゃんと説明を聞いていなかったのか。

 すぐにやって来たスタッフにすべて預け、少年は身軽に机の群れを抜けていった。


 まだ高校生くらいだろうか。下手をすれば、中学生かもしれない。妙に堂々としていて、姿勢がいいのか、動きがきびきびして見える。

 しかし、問題を解き始めたのは空彦よりも後だったはずだが、そんなに速く解けたのか、早々に見限ってスピードを優先させたのか。

 空彦は学校に通っていた時分はどの教科もそこそこに点を取れていたが、何も、正義の味方が常に平均点をクリアしていなければならないわけではない。

 むしろ、何か飛び抜けた一点だけが磨かれていた方がキャラも立つ。

 そこを見極めての判断なら見所があるな、と思いつつも、空彦自身は淡々と問題を見直し続けていた。


 それぞれに得意分野というものがある。

 空彦は、できることをできないふりはしない。それは、幼なじみに教え込まれた原則でもある。

 だから、今の自分が「レッド」のポジションにあまり当てはまらなくても、そのためにわざと自分を下げることをするつもりはない。


 あと一枚を残したところで、少年が去って空いたところに、スタッフに案内されて男が座った。

 空彦よりも年上だろうか。ジャージやカーゴパンツといった動き易さ重視の、大学の体育の時間や町内運動会じみた格好が多い中で、ノーネクタイデーの出勤日のような格好をしている。

 その男に限らず、参加者の年齢層は、空彦が予想していたよりも幅広かった。

 応募は四歳から八十七歳まで。

 そこを面接で絞り、高校生以下は親の許可証も必要としたことで大分数は減っているが、今日来ているのは、十一歳から三十八歳までいるはずだ。


 ――そのうち、完走者はどのくらい出るのかな、っと。


 隣の男にされる説明を聞き流しながら、手を上げた空彦は、一足先に抜け出した。

 今のところ順位は、上下に分けたぎりぎり上に入るあたりだろうか。いや、机の群れを見渡す限り、ここで少し順位を上げている気がする。上中下に分けた上か。

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