春菜2

水倉みずくら春菜はるな

「えっ?」

「とりあえず名前。IDは、また後で」

「はい!」


 嬉しげな様子に、つい春菜も口元がほころぶ。

 厄介な幼なじみではあるが、こうやって新しい友人ができる機会を作ってくれたなら、まあいいかとも思う。

 そういえばその幼なじみは、どこかにいるはずだが姿を見た覚えがない。

 あれで運動神経はいいはずだから、先頭を行っているのかも知れない。自分で主催しておきながら優勝を狙いかねないところが、馬鹿だ。


「ほんとは、どうかなって思ってたんです、ちょっとうさんくさかったし」

「ああ…うん、ちょっとどころじゃなくてかなり」

「ですよねっ。でも、来てよかった」


 無邪気な笑顔に、幼ななじみが重なる。というよりも、「ヒーロー」をなかばでも信じる、幼い日の自分たちだろうか。

 この、「正義の味方選抜」の試験会場のせいだなあ、と苦笑してから、春菜も笑い返した。


「少し急ぐ? 先頭行った人たちみたいに走って、途中で息絶えないほどの体力はないんだけど」

「私も。よかった、ヒーロー目指す人って、みんなものすっごく体力あるのかなって、ちょっと焦っちゃった」


 多少の駆け足でほぼ並走しながら、ん?と、春菜は傾げそうになる首を抑える。


「えーっと…喜多きたさんも」

「まりあって呼んでください、私も春菜さんって呼んでいいですか?」


 笑顔全開のまりあは、どうあっても春菜と同じカテゴリに属するとは思えない可愛らしさだ。

 冬場などにうっかりすると男にも間違えかけられる春菜としては、テレビで見るアイドルのように、自分と引き比べる気すら起きない。

 が、さてまりあの参加志望はどれだろう。


「好きに呼んでくれていいよ。で、まりあちゃんは、ヒーローになりたくってこれに?」

「はい」

「…そっか」


 まさか本気にした人がいたとは、しかもこんなに現実的に可愛い子が。

 どう対応したものかと考えあぐねていると、まりあは、不思議そうに首を傾げた。CMのヒトコマのように、絵になる。


「春菜さんは違うんですか?」

「あー…いやあたしは、友達に誘われたっていうか…」

「たまに聞きますよね、友達に誘われて受けたら友達が落ちちゃって自分が受かっちゃうっていうの」

「ん?」


 それは、芸能界の「よくある話」ではないのか。


「きょうだいが勝手に応募して、とかいうのもあるじゃないですか。私、あれ聞くとうらやましいなって思っちゃうんですよ。家族にはみんな反対されてるから」


 ゆるい斜面の駆け足ではあるが、それでも、まりあの声は一向に揺るがない。

 そこでふと、まりあの歯切れの良さに似たものを思い出した。放送部にいた友人だ。彼女は今、地方の地元局ながら、レポーターをやっている。

 あとは、放課後になると発声練習をして注目を浴びていた演劇部員とか。


「今の学校に行くのだって、ほとんどだましちみたいにしてようやくなんですよ。でも、ずっとずっと声優になりたくて。ただこの頃、舞台もいいなって思っちゃったんですけど、劇団って食べていけないって聞くし。そんなときにこれを見て…これって、ヒーローものの話題づくりの募集ですよね?」


 途中でようやく、まりあの志望動機がわかり、さてどうしたものかと春菜は頭を抱えたくなった。

 あの幼なじみは募集をかけたと言っていたが、一体どんなかけ方をしたのか。

 ここで、ドラマや映画の話ではなくて、芸能界はまったく関係なくて、現実世界で正義の味方を作りたがってるなんて馬鹿な企画なんだ、と打ち明けるべきか、曖昧あいまいにぼかしておくべきか。

 応えるのにがあいたせいか、まりあが徐々に不安そうになっていく。春菜は、心の中で大いに幼なじみをののしった。

 とりあえず、見かけたら一発殴る。


「ごめん、詳しく知らないんだ。ウォークラリーみたいなイベントかと」

「でも、履歴書とか面接とか、オーディションっぽくって…」


 しまったそれがあった。


「違うのかなあ。学校の先生たちも、聞いてないって言ってたんですよね」

「あ、それでうさんくさいって」

「はい。まあ、楽しそうかなっていうのが一番だったからいいんですけど。春菜さんとも会えたし」


 何かごめん、とは、春菜の心の声だ。まりあが無邪気なだけに、このはた迷惑な騒動に、自分が一枚噛んでいるとは言い出しにくい。

 もしあのとき、春菜がきっぱりと断っていれば、もしかするとここまでの発展はなかったかもしれないのだ。

 あの幼なじみは馬鹿で無謀で突拍子もないが、気が弱くて小心者のところもあるから、一人であればここまでにはならなかっただろう。

 そういう意味では、春菜の役割は一枚噛んでいるどころか首謀者級だ。


 そんなことを考えていると、人だまりに行き当たった。どうやら、第一地点にたどり着いたようだった。

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