タイムマシン

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タイムマシン

 ぴんぽーん。インターホンが鳴った。家の主人がドアを開けると立派な背広を着たセールスマン風の男が立っていた。

 「何の御用ですか?」

 初老になる家の主人が尋ねると、

 「タイムマシンにご興味はありませんか?」

 男は答えた。

 「タイムマシンって言うと人が乗って未来や過去に行けるっていうアレかい?」

 「ええ、そういうことで」

 「私は歴史が好きだからね、まあ興味がないことはないが、それを聞いてどうするんだ?」

 主人は男の風貌をじっくりと見た。約束もなしに訪ねてきた来客を訝しげに観察することは当然といえる。

 「実は我々、タイムマシンの研究をしておりまして、この程その試作機が完成いたしました。未来はまだですが、過去に行けるマシンです」

 「おお、それは凄い」

 「しかしまだ完成には程遠く、是非我々にあなたのお力をお貸しいただければと…」

 「力ってどのように?」

 「つまり、ご出資を頂きたということでございまして―――」


 それ見たことか、と主人は思った。タイムマシンなんて、まともな話の訳がない。立派な身なりが逆に怪しさを増している。早々に話を切り上げてお帰り頂こう。

 そういった主人の考えを知ってか知らずか、男は鞄の中から案内向けのパンフレットを取り出して主人に説明を始めた。金額はこれぐらいが良いとか、出資金の使い道についての詳細とか、愛想を尽かした主人にはどうでもいいことだった。十数分経ったころだろうか、セールスマンが一通りを話し終えた。

 「出資をする気はありません。それでは」

 「ちょっと待ってください!」

 男は閉じられつつあるドアの隙間に強引に足をねじ込む。

 「やっぱりタイムマシンなんて信じられない。出資してほしいなら証拠を出してくれ。そうだな…例えばその試作機に私を乗せてくれるなら信じてやってもいい」

 「それは無理です。人は乗れません」

 「ほれ、人が乗れないタイムマシンなんて聞いたことがない。さぁ帰ってくれ」

 「正確には今はまだ、乗れません。将来的には人を乗せられるタイムマシンをきっと作りますよ。しかし今のものでも過去の写真なら撮って来れます。ほら、こちらに」


 男は一枚の写真を鞄から取り出してみせた。写真には銀杏髷いちょうまげの老人が険しい表情をして写っている。主人はその顔にどこか見覚えがあるらしく、写真を手に取ってじっと見、

 「もしかして、これは上泉信綱かみいずみのぶつなかい?」

 「はい、よくご存知で」

 「いや、彼はこのあたり出身で馴染みある偉人だからね。どことなく顔立ちが似ているよ。ほらこの少し尖り気味の鼻をみてピンときたんだ。なぁ他にもあるのかい?」

 こうなってしまえば男のペースだった。かまちに腰を下ろした男は次々に写真を取り出しては床に並べて主人に見せた。容姿を書いた文章や肖像画から想像しうる顔そのままのものもあれば、逆に伝えられているものとはかけ離れた見た目のものもあった。しかし、それが逆に本物らしくこの主人には思えた。少々マイナーな人物も多かったが、主人が望んだ偉人で出てこない写真はなかった。途中からは自らリクエストをし始めるほど、主人はこの玄関先の展覧会に夢中になっていた。主人はもうこの申し出に完全に乗り気であった。


 「よーし分かった、出資しよう。しかし今は手持ちがないので明日また来てくれ」

 「本当ですか、ありがとうございます」

 「あと、私の祖父の写真を撮ってきてくれないか。祖父には幼いころに非常に良くしてもらってね。ずっと昔に亡くなって、祖父の写った写真は非常に大切にしていたんだが、もう全て色褪せてしまってほとんど顔が見えないんだ」

 「それは残念でしたね。分かりました、撮ってきましょう。少し日数がかかりますがよろしいですか?」

 「ああ。では出資金もその時に渡すことにしよう」

 商談はこれで終わったようだった。男は説明のために広げた資料をテキパキと鞄に片付け始めた。

 「ところで、あなたと御祖父様おじいさまとは似ていらっしゃるので?」

 立ち上がりながらふいに男が尋ねた。

 「それはもう、瓜二つだと親戚みんなに言われるよ」

 「ふむ、それはまた大変ですね」

 「ん?大変だったことは一度もないよ」

 「いえ、大変なことですよ。ではまた」

 最後にそう挨拶して男は帰っていった。




 後日、主人のもとに知らない送り主から封筒が届いた。封を切ると中には「歴史ドラマのエキストラにご興味はありませんか?」と書かれた紙が入っていた。歴史好きとは言え、主人はドラマには興味がなかったし、こういうのは少し恥ずかしい気がしたため、元通りに折って封筒ごとゴミ箱に捨ててしまった。


 ここのところ、その家の主人は玄関先で来客を待つのが日課らしい。

 

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