第40話
「なら、姫さんを連れて帰ったらいいんじゃねぇの? 安治に里をまかしてさ。計画に加担した奴が里長になれば、安心だろ」
あっさりと良案を口にした隼人に、全員の目が集まった。
「難しく考える必要なんて無いだろ。姫さんが残ってなきゃいけない理由があるんなら、別だけど」
今度は栄に視線が集中する。
「いいえ。私が留まる理由は少しもございません。安治なら、この里をうまくまとめてくれるものと存じます」
栄が手を着いて晴信を見る。その目に、共に国政に携わりたいという決意が漲っていた。
「俺も、そうしてもらえると助かる」
晴信が受け入れれば、栄は心底ほっとしたように頬をゆるめた。その背後で、義孝が少し浮かれた顔になる。
「皆」
きりりと眉をそびやかし、晴信は座にいる顔を見渡した。続く晴信の言葉を少しも漏らさず肝に刻もうと、誰もが意識の全てを晴信に向ける。
「俺は、見ての通りの未熟者。目が行き届かないところもあるし、考えが及ばない事態もある。父上の乱したこの国を、豊かで穏やかなものにするための難題が、山のように押し寄せてくるだろう。だが、今回の件で、俺はひとりでは無い事を強く感じた。多くの者に支えられてこそ、俺は国主となれる。だからどうか、この俺を末永く支えてもらいたい」
晴信は深く、頭を下げた。
「もちろんです」
「まかせとけ」
「心得ました」
「いかようにも、お使いくださいませ」
「当然です」
たのもしい声が晴信を包む。晴信は「ありがとう」と口内でつぶやき、湯飲みを持ち上げた。
「固めの杯ならぬ、固めの湯飲みとなるが、かまわないか」
照れくさそうな晴信に応える為、皆が無言で湯飲みを持った。
「情けは味方、
晴信の音頭で、皆が湯飲みを傾けた。
* * *
その後、さまざまな問題をくぐりぬけながら、霧衣は晴信の祖父が治めていた頃の穏やかさを取り戻した。晴信は身分を気にする事なく方々の里に顔を出し、民とたわむれ声を聞き、国政に活かした。瑠璃のみに頼っていた国の財政は、民が晴信を慕うようになり、野良作業に励んだ結果、農作物の収穫が豊富になった事もあって、それらを工夫した品々を輸出できるようになった。民が豊かに過ごせるようになれば、流通が生まれる。霧衣は、にぎやかな国となった。
晴信は有能な重臣らと、紀和から送られてきた孝明の博識とに支えられ、没した後も仁政を行った国主として、国内外で広く語られ慕われる事となる。
霧衣物語 水戸けい @mitokei
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