第39話

 * * *


 その後は、軽い宴会となった。道明は終始、苦々しげなものを口辺に漂わせていた。晴信は事が成ったと安堵し、少々の緊張を残しつつも穏やかな心地で過ごした。


 翌朝、道明は為則を連れて帰路に着いた。紀和から戻った民は、よき日を選んでもとの里に送られる事と決まった。


 何もかもが無事に終わり、晴信はほっと息をついて克頼を見た。目元をゆるめた克頼が頷いてみせる。それを見て、晴信は「話がある」と義孝と信成に声をかけた。あらたまった声に、二人は顔を見合わせた。隼人が、話をするのなら栄も共にいたほうがいいだろうと、彼女を呼びに行った。戻ってきた隼人は、ささやかな内輪の祝いをしながらではどうかという栄の申し出を告げ、そうする事となった。


 上座に晴信が座り、右には克頼、隼人、信成が並んだ。左には栄と義孝が腰を下ろした。栄は凛々しく髪を結い上げ、青磁色の小袖に濃紺の袴姿だった。ここに送られたときとは違う姿の、はつらつとした美しさを放つ栄の横で、義孝が落ち着かなさげにしている。栄はそれを気にする風もなく、侍女に茶と炒り餅を運ばせた。


「信成様は甘いものが得意ではないと、お伺いいたしましたので」


 甘味が良ければ用意はあると言外に匂わせる栄に、晴信は礼を言った。そして咳払いをし、居住まいを正して座にいる者らに目を向けた。


「無事に事が運んだのは、皆の助力のおかげだ。礼を言わせてほしい。ありがとう」


 晴信が頭を下げ、面々もそれに倣う。


「実は、今回の事は前々からひそやかに計画をしていた話なんだ」


 バツの悪そうな顔をして、晴信は栄から村杉に謀反の兆しがある事を聞き、克頼と共に策を練ったと白状した。そのたくらみを宿老の三人と克頼、晴信が煮詰め、隼人と栄が影で動いて今回の引き渡しの運びとなったと説明をする。義孝は目を丸くし、信成は何事かあるとは思っていましたと冷静な顔で答えた。


「信用をしていなかったわけじゃないが、気を悪くさせたのならば謝罪する」


 このとおりだと頭を下げる晴信に、義孝が豪快に笑った。


「この国を守るためのたくらみであれば、いくらでも騙していただきたい」


「栄姫を守るたくらみ、の言い間違いではないのか」


 さらっと信成が言えば、義孝が大酒を食らったように赤くなった。


「姫さんは、べっぴんさんだもんなぁ」


 隼人がからかい、義孝が憤然とそっぽを向く。それが本当の怒りではなく照れである事を、誰もが察して朗らかな笑いが起きた。


 ひとしきり響いた笑いが収まったのを見計らい、克頼が晴信に膝を向けた。


「しかし、晴信様。このまま佐々殿が引き下がるとは思えません。為則殿を手に入れたのですから、栄姫殿を欲している科代の箕輪様と手を組むため、策を労してくるでしょう」


「父の事ですから、何をしかけてくるかわかりません」


 栄も顔を引きしめ、克頼の発言に同意を示した。


「霧衣はまだまだ不安定な状態。姫様をかどわかす隙は、いくらもありましょう」


 信成の言葉に、義孝が片膝を立てた。


「そんな不埒な奴、俺が全部ぶっとばしてやる!」


「この里に留まるつもりか、義孝」


「うっ」


 信成に言われ、義孝が呻いた。

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