第四話 模擬戦で

 

「────であるからして、生徒間の模擬戦などは決められた施設でしか行ってはならない」


 ジャージ姿の先生が自身の魔導武具アルマを顕現させ、俺たち生徒に魔法の力を示す。

 先生の魔導武具アルマはライフル銃の形をしており、トリガーを引くことよって校庭の地面に穴を開け、開けた穴を元に戻してみせた。

 これも魔法の一つらしい。

 魔力の性質がウンたらカンたらと言っていたので、詳しくはルカに聞くことにした。


「はい、これが先生の魔力が持つ性質を魔導武具アルマに付与した結果だ。俺の能力は『時間クロック』と言って万物すべての時間の流れを操ることができる、要は時間の支配者なのさ。ちなみに、先生のランクはBだぞ」


 うーむ、わけわからん。

 時間を操るだの言われても実感わかんわ。


「おい、そこの呆けた面のFランク。ちょっとこっち来い!」


「あ、はいっ!」


 駆け寄った俺を見て先生はニヤリと笑うと、あろう事か魔導武具アルマをこちらへ向け────そして撃ち放った。

 放たれた魔法の弾は俺の胸を見事に撃ち抜い……て……あれっ?


「生きてる……?」


 俺は二重の意味で驚きを隠せない。

 今確かに受けたはずの胸の穴が塞がっていて。

 それどころか、さっき先生の前に駆け寄ったはずなのに俺が立っていたのは先生に呼ばれる前の場所で……はっ……?


「これが俺の魔法だ、直に受ければなんとなくは分かるはずさ。ま、お前には関係の無い話だったか! あっははは!」


 ますますわからんわド畜生。


「ようし、魔法について俺から教えることはねぇ! という訳でだ、ワーストとトップの二人にはこれから模擬戦を行なってもらう!」


「「なっ!?」」


『おおー!FランとAランの模擬戦だー!』


『百年に一人の力が見れるぞ!』


『Fランをぶっ潰せー!』


 好き勝手言ってくれるぜ。

 人の気持ちも知らないで盛り上がりやがって……!


「な、なぁ、ルカ。お前はどう思うんだよ?」


 唯一、話の分かりそうなルカに目線を向けると、そこには愉しそうなルカの姿が。


「トモアキ、手は抜いてあげます。全力でどうぞ?」


 オマエモカー。


「ふふっ、昨夜の恨みを晴らさせていただきます」


「おまっ! 怨みっこなしって言っただろうが!」


「それはそれ、これはこれ」


 んなアホな。


「両者、共に魔導武具アルマを顕現させろ。出し方はさっき教えた通りだ」


 あー、なんかそんなこと言ってたな。

 えっーと……呼べばいいんだっけか?


「来いッ! 最上もがみッ!」


 呼び声に応じて目の前に日本刀が顕現した。

 俺はそいつを掴み、鞘から抜き取る。

 太陽に反射し鈍く光る刀身を見ると、異世界に来たということを実感できた気がした。

 魔導武具アルマは使用者の魂そのものを表すと言っていたが……。

 なるほど、だから俺は普通の刀なのな。


 どこまでも平均な俺にぴったりじゃねーか、名前は最上なんて一丁前な刀を名乗ってるところも俺っぽいわ。


「適当によろしく、アルカディア!」


 瞬間、校庭一面が淡い光に包まれた!

 光の中心では神剣が……いや、正しくは神剣の鞘が光を放っている。


「落ち着いて、アルカディア。今抜いてあげるから」


 ルカがその剣を抜いた途端、校庭を包んでいた光が急速に抜き身の剣に収束していく。

 やがて、ルカの持つ神剣とやらは極光を纏う大剣へと姿を変えた。

 魂を表すとはよく言ったもんだ、神様が使ったらそのまんま神器を出しちゃうんだもんなぁ。


「両者ともに前へ。ステージはこの校庭全て、もしも出血多量とか首が飛んだりしても安心してくれ、先生の魔法で死ぬ前に戻してやるからな」


 要は死ぬ気でやれと?

 転生前に死ぬかもとは言われたが、まさかその言った本人に殺されるかもしれないとは。

 なんて皮肉。


「では────」


 刀を握る手に力が入る。

 人殺しなんて初めてだけど、なんか今ならなんでもできる気がするぞ……!


「────始めっ!」


 先生の掛け声が校庭に響いたその時、俺は前へと飛び出した……!





 ◇





「先手必勝!」


 開幕と同時にトモアキは特攻し、『最上もがみ』を振り下ろす。

 ルカはそれを余裕のバックステップで避け、煽るように小躍りしながらゆっくりと後退する。


「鬼さんこちら〜。手の鳴る方へ〜」


「ぶっ殺す!」


 強気な口調とは裏腹に、トモアキの身体は慣れない刀という武器を振るうのにやっとだった。

 トモアキが肩で息をしながら繰り出す攻撃を、ルカは全て最小限のステップで躱していく。

 トモアキは完全に遊ばれていた。

 ど素人のそれも最低ランクのFランクの攻撃など、神として修行を積んでいたルカにとっては止まって見えているのだ。


「はぁはぁ……クソっ!」


「あれれ、もう終わりですか。では、今度は私から行ってみましょう」


 刀を支えてにして息を整えるトモアキに対して、ルカは一瞬で間合いを詰めた。

 先程まで、トモアキの間合いギリギリを楽しんでいたルカの突然の襲撃に、トモアキは反応が遅れてしまいその場で尻餅を付いてしまう。


「戦闘中に尻餅ですか、恥ずかしい」


 蔑みの目線を向け、右手に構えた『アルカディア』をトモアキの股間へと振り下ろそうとするルカ。

 それを見たトモアキは慌て、さながら這い回る虫がごとくササッと後退した。

 その動きに合わせ、ルカは逃げるトモアキの股間めがけて何度も『アルカディア』を振り下ろし、トモアキは紙一重で逃げて逃げて逃げまくる。


「おいバカやめろ! や、やめてくれって!」


「あっははは! まるでゴキブリみたいですね、トモアキ! ほらほら、逃げ続けないと貴方の息子がお陀仏ですよー?」


「ふざけんなよなっ!?」


 未だ『アルカディア』を振り続けるルカに対し、トモアキは逃げの一手。


 と、その時。

 トモアキはあることに気が付いた。

 先程まで地面に刺さっていた『最上』が何処にもないのだ。

 ルカが抜いた様子もなければ、周りのクラスメイトたちが抜いたなんてこともないだろう。


(なるほど、俺が離れると魔導武具アルマは姿を消すのか)


 慣れない戦闘の中でトモアキがそんな初歩的なこと気が付き、そして己の状況に憤慨した。

 手を抜かれているこの状況に、遊ばれている自分自身に、無駄な期待に胸を膨らませた先程の自分に。

 トモアキは足を止め、自身の右の拳に力を込めてルカへと殴り掛かった!


「クソがあああああっ!!」


「なっ……!?」


 ヤケ糞混じりの一撃がルカの剣を宙へと弾き飛ばした。

 魔力操作の覚束無いトモアキは右手に力を込めると同時に掌の魔力を増幅させてしまったことにより、拳の先から『最上』を顕現させたのだ。


『おおおおっ!』


 上がる歓声。

 トモアキの放った偶然の一撃は、その場にいる者達に衝撃を与えた。

 殴り掛かると同時に魔導武具アルマを顕現させるなんて芸当は本来ならありえない。

 この世界では武具は呼ぶもの、手に握って振るものだと教えられるからだ。

 それが常識なのだと。


 だが、素人であり異世界人であるトモアキにとってはそんなこと関係なかった。


「おらあああああああ!!」


 宙を舞う己の武具を掴み、今度こそと振り下ろすトモアキ。


「スキあり」


 その瞬間、トモアキはその場から吹っ飛んだ。

 理由は簡単なこと、ルカがトモアキの腹部を蹴り飛ばしたから。


 反撃ののろしが上がる、そんなことは無かった。


 AランクとFランクではそもそもの規格が違う。

 Aランクの一歩はFランクにとっての百歩に相当する。

 それは例え話でありながら、現実でもほぼ同じにことが出来てしまうのだ。

 今のことで言えば、トモアキが振り下ろすその間にルカは十二分に行動することが可能であった。

 剣を掴むことも出来た、バックステップで逃げることも出来た、刀を奪うことだって出来た。

 今回はその数ある中の一つの手段として蹴りを選んだだけなのだ。


「はぁ……はぁ……」


 ろくに回避もすることの出来なかったトモアキは、息も絶え絶えで立ち上がる。

 たった一発の蹴りを食らっただけでこの体たらく、実力差は誰がどう見ても明らかだった。

 ここで諦めたって誰も責めはしないだろう、才能や能力が違い過ぎるのだ。

 天才と凡才には決して超えることの出来ない壁が存在する。

 それを理由に諦めて人間を誰が責められようか。

 だけど、だけれどもトモアキは踏み込んだ。


 負けたくなかった。

 勝ちたい訳じゃない、負けたくなかったのだ。

 誰も別に勝ちたいとは願っていない、ただ負けたくはない。


 だが、そんな願いは才能という現実の前では無力だった。

 トモアキを待っていたのは、無慈悲なリアル。


「あがっ……!」


 立ち上がったトモアキの顔面へとルカの拳がめり込む。

 倒れそうになる身体を刀で支えて、ギリギリで耐えるトモアキにルカは蹴る殴るを繰り返す。

 それは一時間にも渡って続けられ、遂にはトモアキの足元には血溜まりができるほど。


(なんだよ……これ)


 薄れゆく意識の中で、トモアキは確かに感じた。

 悔しさを。




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いつかはきっと下克上!! 人生の旅人 @Hirohiro0315

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