完成するタイムマシン
狐
完成するタイムマシン
「やった、ついにタイムマシンの理論が完成したぞ!」
彼は小躍りして喜んだ。
50歳の、白衣を着たごま塩頭のオッサンが踊り狂うのを見るのはあまり楽しいものではないが、気持ちは分かる。
私も、彼と共同で研究を続けてきたからだ。
だが。
私には、
「見たまえ! パセク粒子のダスンゴ値はコメット限界に達している。ウルセイ波も正常だ。実験は成功だ!」
彼の言っていることは、何が何だか分からなかった。
それもそのはず、私はこのタイムマシンに使われている『第六次元交換航法』を、ほとんど理解していないのだ。
いや、理解できるのは彼だけだ、と言ったほうが正しい。
なにせ彼は天才だ。
軽々しくこの言葉を使う者もいるが、人類に天才は彼1人。
人生のほとんどをこのタイムマシンの開発に捧げていながら、片手間に『核爆発消滅爆弾』や『無限エネルギー振動器』、『カマドウマ性転換薬』などを開発して莫大な資産を手に入れている。
彼によれば、すべてタイムマシン開発の副産物らしいが。
どこをどうすれば、そんなことになるのか。
私だって、この世界では少しは知られた身だ。
この国の、いや、この星の最高学府を主席で卒業したこともある。だがそれは、一緒に入学した彼が、飛び級で1年早く卒業していたからだった。
「おめでとう」
そんなとき、すでに『半自動がん細胞破壊機』で有名になっていた彼は、私に声をかけてくれた。
「君ほど優れた人間は、鏡でしか見たことがないよ。僕の共同研究者になってくれ」
それが縁。
私は、彼と一緒にタイムマシンの開発を始めた。
「研究を通じて、その理論を自分のものにしてやる」。
そんな腹づもりも最初はあったが、3年で消え失せた。彼の高度すぎる理論は、理解不能だったからだ。
「コイロレス空間をサダム機関でミリターン圧縮する。そうすればイタガキ反応が起こるはずだ。だが問題はボンゴ現象で……」
わからない。
いや、わかる。コイロレス空間を確実にミリターン圧縮するためには、サダム機関がいちばん最適なのはわかる。だが、それで何故イタガキ反応が起こる? ボンゴ現象ってなんだ?
ついていけない。
まるで、積み木で車をつくっている幼児の横で、本物の自動車を組み立てられているようだ。
私は共同研究者ではなく助手、それどころか、ときにはただの話し相手にしかならなかった。
「では、これよりタイムマシンの実験を行う」
彼は、涙滴型宇宙船のような外見をしたマシンの前で言った。
「搭乗するのは僕だ。目標は30年前。君は外部装置の管理をしてくれ」
私は驚いた。
「そんな! 失敗したらどうするんですか!」
「失敗はしない。計算は完璧だ。僕は生まれて一度も計算を間違えたことがない」
「だとしても、です! 何故あなたが? 他にも助手や研究員、いや、まずは動物実験から……」
「君、君」
彼は私の顔に、自分の顔をおもいきり近づけた。
「このタイムマシンは、僕の理論の結晶だ。誰にも『人類初の時間旅行』の栄誉を譲ることはできない。このために、僕は人生を捧げてきたんだ」
そのウズウズとした顔は、買ったばかりのオモチャの開封を待ちきれない子供のようだった。
彼は、さっさとマシンに乗り込んでしまった。
(ああ、置いて行かれる)
私はそう感じた。
いちばん近くに居ながら、いちばん遠くに感じる人。それが、今度こそ、本当に遥か遠くに行ってしまうように感じてしまったのだ。
「私も行きます!」
気がつくと、私はマシンに乗り込んでいた。
椅子すらない狭いコクピットで、抱き合うように顔を合わせる。
「私は共同研究者です。その権利があるはずです」
彼は、
“にやり”
と笑った。
「確かに。では、外部装置はオートにしよう」
タイムマシンが動く。
私たちは、初めて時間をさかのぼる旅に出た。
「目標は30年前でしたっけ」
「そうだ。1年につき1分ほどかかる。到着は30分後だな」
それまでは、何もすることが無い。
私は、コクピットに唯一ある正面の窓から、時間が逆行していく光景を眺めることにした。
マシンの周辺に、キラキラ光るパセク粒子。
それが窓に当たっては、後ろに流れていく。
まるで降りそそぐ七色の雨に向かって走っているようだ。私はその幻想的な光景に見惚れていた。
「綺麗だ……」
緊張のせいか、漏れ出た声はガラガラだ。
だが、深い満足感はあった。このタイムマシンに人生を捧げてきたのは彼だけでは無い。私だってそうなんだ!
そして何分かが過ぎて。
「そろそろ着くぞ」
彼の声に、私はハッとした。
窓から視線を外し、彼を見る。
「もう? 到着時は……」
言いかけて。
愕然とする。
「どうしたんだい?」
深く刻まれた皺。
まっ白になった髪。
彼は、歳をとっていた!
「ボンゴ現象が起こるって言っただろう。道を歩くときは、進んでも戻っても同じだけ疲れてしまう。時間も同じさ。戻れば、戻った時間だけ歳をとる」
「そんな!」
つまり30年分老いるわけだ。それは私も同じ。肌はガサガサ、喉はガラガラ、指は節くれ立っていた。
2人は同い年。
到着するころには80歳になる。
「実はね。
このタイムマシン、未来へ行くことはできないんだよ。どっちにしろ、僕らは帰ることはできない。
だからこそ、30年前を目標に選んだのさ。
覚えてるかい?
30年前のちょうど今日、僕は君を研究に誘ったんだ。あの日から、30年で僕らはタイムマシンを完成できた。
だが、もう50歳。記憶力や思考力は衰えてくる。
正直、限界を感じていたんだ。
だから30年前に戻るのさ。
あのときの僕らに、このタイムマシンを託そう。そして手助けしよう。そうすれば、マシンはもっと進化するさ。
そして彼らが何十年か後に行き詰まったら、また戻ればいい。
それを繰り返すんだ。
何度でも、何度でも。
そうすれば、いつか、僕ら2人でタイムマシンを完成できる!」
なんということだ。
なんということだ。
なんて嬉しいことなんだ!
彼は私を認めてくれていた。必要としてくれていたのだ。パートナーとして。
いいだろう。
延々と時を重ねようじゃないか。
永遠に彼と生きようじゃないか。
頼んだぞ、過去の私。
完成するタイムマシン 狐 @empire
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