サボテン
近頃、風呂にハマっている。
以前はシャワーを浴びてさっと出る派で、風呂は体を綺麗にするための場所だけだと思っていたのだが、ある時、仕事が早く終わったので自分で浴槽を洗って、湯を沸かして入ると、驚いたものだ。
疲れた体に入浴剤入りの湯が染み渡る、染み渡る。その日は手ブラで入ったので、翌日は仕事帰りの深夜に、携帯とビールを持って入浴したらなお良い。なので、このところ毎日、入浴している。入浴剤は入浴には必須アイテムだと思っているので、一週間に一度、スーパーで一つ三十円で売っている入浴剤を五つほど買う。店長には何度も頭を下げて御礼を言いたいほどに、財布に優しい値段だ。
そして今日もローズの入浴剤を投入して、四十度の湯に足を入れる。最初は少し熱くて身震いしたが、そのまま。いつの間にか口元がにやけている。
入浴してから十分ほど経ち、浴室の扉が開く。不機嫌顔の娘・香菜だ。せっかく可愛いらしい顔立ちなのに、それを上回るほどの仏頂面。口角を上げて、首を傾げて人差し指を唇に当ててみると、香菜は道端の犬の糞でも見るような目で、
「いっつも風呂入るときに毛浮いてるから、入れないんだけど」
「え……ごめん」
「ごめんじゃないし。大体、何で四十すぎたおっさんが、OLみたいに毎日風呂浸かってるわけ? せめて私とお母さんが入り終わったあとにしてよ」
「……誰がいつ風呂に入ろうが、自由だと思いまーす」
その発言がさらに香菜の機嫌を損ねたようで、香菜はSM倶楽部の女王様のような顔をしながら、湯の中を指さした。
「はい、この毛は誰のー? じゃあ、この皮は誰のかなあ。もしかして水虫くん?」
「……い、いや、その」
「言い訳しようとすんじゃねええ! ちゃんと取って出てね」
そう言って、香菜は消えた。言葉は優しいが、口調は厳しい。
思春期に入ってから香菜は私だけに対し、こんな態度を取ってくるようになった。前は「お父さあん、抱っこお」とかと言って抱っこをせがんできた--香菜が四歳のとき--というのに、今ではまるでゴミクズ扱いだ。誕生日プレゼントは、豪華な箱の中に入った、ボロボロの三つ葉のクローバーを毎年渡してくれるものの、三つ葉のクローバーは家から三歩出たらいくらでも採取できるのだ。
「いいよ」
と遠慮すれば、
「……もう、あげないよ?」
などと脅され、私は四年前にもらった、茶色の三つ葉のクローバーを今でも大切に保管している。
そして唐突だが、今日は私の誕生日だ。三月二日、今年は金曜日。今日もまた三つ葉のクローバーかな、と思いつつ、風呂を出る。さっと着替えて、暑いので玄関に寝転がっていると、香菜が私を覗き込んできた。
少し、期待しちゃう。
「誕生日おめでとう。はい、これ」
香菜が後ろ手から出した、小さな箱。百均などで売っているのを見たこともあるが、たとえ百八円でも私なんかにお金を消費してくれたことが嬉しい。
礼を言い、今年は違う気がする!、と確証もないのに信じる。
箱の中身は、ローズピンク色の花だった。
ポカンとしていると、
「サボテンの花。咲いたから、取っちゃった」
と香菜がおどけるように照れながら言ったので、感動で昇天してしまいそうになった。サボテンの花が咲くと、幸せがやってくるとかなんとか……。ぼく、嬉ピー。
私は喜びのあまり香菜を抱き締めると、香菜は猛獣のような声を出しながら、私に盛大なビンタを食らわせた。
でも、幸せ。
RAINY DAY ぺむぺむ @Seventeen
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