終章:醜い、けれども美しい、花
僕は本当に翌日からセエノと一緒に大学に登校した。
大講堂での講義では僕とモヤとでセエノを挟んで座った。
学科の講義やゼミにすら同伴した。
教授や准教授たちは困惑した様子で僕に質問した。
「ええと、あなたは・・・」
「僕はセエノさんの恋人です」
「え? あの、関係者以外は学内に入れないんですが」
「恋人ですから関係者でしょう。それにセエノさんは今、様々な誹謗中傷に晒されている。僕には彼女を守る義務がある」
「え? そうなんですか、皆さん?」
女子学生の1人が教授に答える。
「は、はい。いろんな噂が流れてて・・・でも、それはネットやSNSでの話ですけど・・・」
僕は強く主張した。
「その噂をまともに取り合って彼女を攻撃する人が学内外にいるらしい。恥ずかしいとか言っていられないんです。彼女に取り返しのつかないことが起こっても誰も責任が取れないでしょう。先生。あなたは取れますか?」
「だからと言って、大げさすぎやしませんか? しかも、セエノさんはもう大人でしょう。そんな子供みたいなこと・・・」
途端にモヤが噛み付いた。
「教授。ネットの拡散を面白がってセエノに後ろ指差すヤツが残念だけどこの学科にもいるんだよ。そっちの方が子供じみた振る舞いじゃないか?」
「ま、まあそうかもしれませんが」
「タカイさんは恋人として、男として、実に大人な対応をしてると思うよ。セエノだってそれを堂々と胸を張って受け入れている。なあ、誰かこんなに
モヤは教室じゅうをぐるっと見回す。最後にとどめを刺してくれた。
「口先だけじゃなくってさあ!」
・・・・・・・・・・・・・・
結局セエノの小学校時代の『蔑称』を拡散した犯人は未だにわからない。
警察に届けることもセエノが抑えた。
代わりにセエノは文学シンポジウムのメンバーたちにこう宣言した。
「人間の醜さに真正面から取り組んでこそ文学の名に値する。だからわたしは代表の任務を最後まで果たします」
・・・・・・・・・・・・
今夜、セエノはアルバイトとしてではなく、客としてバーを訪れた。僕とモヤと一緒に。
バイトする時のオールバックを下ろし、男装ではなく、モヤにも見劣りしないオシャレをして。
「あの、マスター。わたし、セエノです」
「ああ。セエノちゃん今晩は。今日はちゃんと女の子らしくおめかししてるね」
「え? マスター、驚かないんですか? わたし、ずっと男としてお店に出てて・・・」
「何言ってるの。一目見ればキミが女の子だって分かるさ。僕はキミを女性として採用したんだけどね」
マスターはとても奥深い人格のようだ。きっと人生の辛酸を舐め尽くしてきたのでは・・・そんな気がする。
今日はマスターお任せでカクテルを作って貰う。
3人ともほろ酔いになってきたところで、マスターがクリスタルの小さな花瓶をトン、とテーブルの上に置いた。一輪の花が挿されている。
紫の花だ。
僕とセエノが初めて出逢った池袋のオープンカフェに飾られていた花だ。
僕が真っ先に訊いた。
「マスター、これは・・・」
「サルビアですよ」
にこっ、と笑ってマスターはこんな話をしてくれた。
「僕の叔母はお世辞にも美人、と言えるような姿形の人ではなかったんですよ。でもそれを気にするような素振りを見せたことはなくて。その内に歳を重ねて従兄弟がお嫁さんをもらってね。まあお姑の立場になったわけです。ある日叔母がお嫁さんに『紫の花を食卓に飾って頂戴』って言ったらしいんです」
3人ともサルビアを見つめる。
「飾ったその夜、お嫁さんが不思議な夢を見てね。叔母が紫の着物を着て枕元に立って『わたしは花の
「うーん・・・」
なぜか僕は唸るしかなかった。
「お嫁さんはね、ああ、この姑に心から尽くそう、って感じたそうですよ。化身の意味は花の精かはたまた仏か・・・気品、ていうか、容姿の美醜ではない何かを感じたんでしょうね」
「マスター。セエノにもそれが・・・」
マスターは目を閉じてゆっくりと首を振る。
「さあ。それは僕には分かりません。セエノちゃんを花の精と見るかどうかはタカイさんの感性ですから」
僕らは全員で顔を見合わせて微笑んだ。
セエノは一輪挿しの花を精悍な表情でじっと見つめている。
モヤはそんなセエノを頬杖ついてにっこりと見つめている。
そうか。
セエノは、花だ。
鮮やかな紫色の。
醜い花はある。
赤ちゃんも、少年・少女も、90歳を過ぎた老人も。
ずっと美しいままの花はない。
ずっと醜いままの花もない。
誰かからの刷り込みじゃないんだ。
僕が、ココロで決めるんだ。
Fin.........
醜い花 naka-motoo @naka-motoo
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