絶対に取り戻したいもの

 さきほどマチたちに襲撃された真っ黒な車とは違い、酷く一般的な車に天城は連れ込まれた。

そして自らの身なりを整え終わると、芥はヨークと天城を後部座席に乗せて車を発進させる。行き先がどこかは分からない。それでもアイを失った天城にとってそんなことは些末なことだった。

「少年、若いんだからそんなしけた顔しちゃだめよ。ほら、笑顔じゃないと彼女が帰って来た時きっと悲しむよ!」

 ヨークが天城を励ますが、そんなものは全く心に響かない。それより天城には気になることがあった。

「なあヨークさん……一つ聞きたいことがある。あんたと芥はマチさんが現れた時からずっと見てたのか」

「え……あー、うん。そりゃあね……」

 さっきまで天城を励ましていたヨークが、急にバツの悪そうに頭を掻いた。そんなヨークに腹が立ち、気づけば掴みかかっていた。

「あんたがすぐに出てきてくれれば、アイのやつがあんな馬鹿な考え方を吹き込まれることはなかった! そうすれば俺は明日もアイと一緒にいられたんだ!」

「それは悪かった。でもおじさんにも事情があったんだ」

「事情……?」

 天城はヨークの体を揺さぶりながら問い詰める。それでも前からの殺気に押され、それ以上のことはできなかった。きっと運転しながらでも芥なら、一瞬で天城の息の根を止めることができるだろう。

 まだアイは死んだわけではないのだ、こんなところで死ぬわけにはいかなかった。

「おじさんの今日の行動予定が身内からリークされてたんだよ。そしてその情報をおじさんもとある情報筋から入手した。だからおとりを使って暗殺者をおびき出し、芥くんを使って返り討ちにしようとしたんだよ。でも来たのは鴉のリーダー皇の一人娘、親愛のマチ。殺したら今後鴉の活動はより過激になるかもしれない。だからあのままお帰り願うことにしたんだ。チミたち二人がいたのは完璧に予想外だった。オーケー?」

「クソッ……」

 そんな説明を聞いて天城はやっとヨークを放し、シートに右拳を埋めた。

 天城だって分かっていた。いくら相手がマチとは言えあの短時間で説得されたのだ。遅かれ早かれアイは鴉になっていただろう。今日の出来事は最後の一歩を踏み出すキッカケにすぎないのだ。

 だからこうしてヨークに怒っているのだってただの八つ当たりでしかないのだ。

 そんなことは天城が一番よく分かっていた。

「……アイ、どうしていっちまったんだよ!? どうしてだよ! どうしてだよ!」

「少年……今は好きなだけ泣きたまえ。そうすれば楽になる。若い内はそれが許されるんだからね……」

 ヨークの言葉など関係なしに、天城は人の目など気にせず泣き続けた。これから続くはずだったアイと一緒にいる幸せな時間、未来……儚い夢と消えたそれを惜しみ、天城は泣き続けた。



「さて天城くん。そろそろおじさんとこれからのことを話そうか。チミは色々と不味い立場にある。まず一つ、六翼の一人であるおじさんの顔を知ってしまった。これはおじさんの身の安全上あんまり好ましくない。二つ、鴉の幹部……親愛のマチに目をつけられた。もしかしたらマチは後日チミを殺しに来るかもしれない。以上のことからおじさんはチミに是非とも手の届く所にいてほしい訳だよ」

 ようやく泣き止んだ天城にヨークは提案する。

 しかしその提案はマチの時と同じで断ればどうなるか分からない。もうアイがいない以上あの時よりは気が楽だが、それでもまだ死ぬわけにはいかない。

「……手の届くところって具体的には俺はどうなるんだ?」

「そうだねー……チミはもうすぐ十五でほぼ返還者になることが決まっているけど、おじさんの直接の管理下にある職に就いてもらうことになるよ。たとえばさっきのいかつい黒服ちゃんたちみたいな、おじさん専属のエージェントとかね」

 どのみち天城はヨークの誘いを断ることはできない。それならこの状況すらも利用してやるしかない。そしてアイと一緒にいるはずだった時間を取り戻すのだ。

「ならその中に、アイと……鴉と直接関わる仕事はあるか?」

 その問いに、ヨークはニヤリと口角を吊り上げた。

「へー……もちろんあるよ。鷹の警察にはね、『サギ』って呼ばれるおじさん直属の特殊組織があるんだ。これは鷹だけでなくて他の天空都市でも起こる、鴉絡みの事件にのみ対処する組織だ。芥くんもそこに所属している。おじさんとしても天城くんがそこに行ってくれるなら好都合だなー。きっとそのうち彼女ちゃんにも会えると思うよー、おじさん」

 手を取れと言わんばかりに自らの右手を差し出すヨーク。

ヨークの元々のしゃべり方もあるだろうが、その話は酷く胡散臭く聞こえた。それでもアイを失った今、天城にこれ以上失うものなどなかった。

 そして天城が次の言葉を紡ごうとしたその時、それまで静観していた運転席の芥から声が掛かった。

「これは先輩からのアドバイスだ。サギの仕事はそんなに簡単じゃない。さっきの僕みたいにたくさんの人を殺さなくちゃいけないし、その分殺される危険性も伴う。正直返還者よりも死亡率は高い。それでも君はサギになる道を選ぶのかい?」

「ちょっと芥くん……」

「ヨーク様……お言葉ですが足手まといはいりません。他の優秀な部下の死亡率を高めるだけですので」

 返還者よりも死亡率が高い……それはサギになるのを思い留まらせるのには、十分な脅し文句だった。

 しかし昨日まであれだけ死にたくなかった天城が、今では死への恐怖など一切感じていなかった。ただそこにあるのはアイを取り戻したいという強固なる意志だけだ。

 そして天城はヨークに取引を持ち掛ける。

「……芥さん忠告はありがたく胸に刻んでおくよ。ヨークさん、俺はサギになる。だから一つだけ俺の願いを聞いてくれないか?」

「そのギラギラした目……おじさん嫌いじゃないよ。できればその願い聞いてあげたいけど、まずは話を聞いてからだ。言ってみなよ少年」

 ヨークは心底面白そうに天城を見据え、言葉の続きを促した。そして天城は口にした、自らの命さえも賭けた一世一代の賭けの内容を。

「俺がもしアイを捕まえたら、俺の家でかくまって一緒に暮らすことを許してください!」

 その大真面目な天城の言葉を、ヨークはあまりのおかしさからか涙を浮かべて笑った。

「ハハハ……いやー若いね! そういうの大好きよ! オーケー! 芥くん、チミも彼女ちゃんを見つけたら殺したりなんかしないで生け捕りよ!」

「ふふ……わかってますよ。ぼくもこれまでの天城の言葉を聞いて、心動かさない程冷徹ではないです。天城……足手まといなどと言って悪かった。君を僕の仲間として認める。近い未来一緒に仕事をするのを楽しみにしているよ」

「感謝します……」

 別に天城は二人に心を許したわけではないし、二人も口だけだろう。それでもアイを取り戻す上で二人の協力は必要不可欠だ。

 天城は絶対にアイを取り戻す。そのためならどんなことでもするつもりだ。たとえ何人の人間を葬り、さきほどの芥の様に恨みをかうことになろうとも。

 

 そして天城はこの後すぐに施設を出て、僅か三年でサギに必要な最低限の技術と知識を身に着けた。

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天空の理想郷 悟谷原 操志 @satoriyahara

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