復讐の結末
「なんだろーなー、おじさんすごい悪いことしちゃった気分。でもこれも仕事なんだ、許してくれたまえよ少年」
そういってヨークは飄々と軽々しくそう言うと、抜け殻のように軽くなった天城の体を解放した。まるで糸の切れた操り人形の様にその場にへたり込む天城。
そんな天城のことは一端放置し、ヨークは自らの部下に指示を出す。
「さてと……芥くん。この少年の処遇を考えなきゃいけないから、その残った鴉はちゃっちゃと処分しちゃってよ」
「分かりましたヨーク様。……そこの鴉。優輝と呼ばれていたね。どうやら君は僕と浅からぬ因縁があるみたいだ。もしその気があるのなら、死ぬ前にそれを聞くよ? 増分に僕に恨み言をぶつけるといい」
ヨークの指示に頷く芥。そして芥は優輝にそう問うた。
ずっと芥に敵意を向けていた優輝はこれまで天城のために空気を読んでくれていたのだろうか、ようやくその口を開いた。
その顔にどこかまだ幼さを感じさせる優輝……それでも悪い人には見えなかった。
「……そうしてあげるよ! ぼくはお前のことをよく知っている。ぼくだけお前のことを知ってるんじゃ不公平だからね! ぼくの名前は照谷優輝。ぼくの両親はぼくが産まれるとすぐに天空都市の豊かな生活を捨て、鴉の軍門に下ったんだ。全てはぼくに親の愛情を注ぐため、三人で家族として生活するためだ。そしてお父さんは家族が辺り前に生活できる世を創るために皇様に仕え、お母さんは鴉のアジトの一つでぼくと一緒にそんなお父さんの帰りを待っていた。そんな時だった芥……お前がお前の仲間『サギ』と一緒に、ぼくたちの聖域に土足で踏み込んできたのは!」
「なるほど……だいたい話が見えてきたよ。君の外見年齢的に、それはきっと十年前の梟での第一次巣掃討作戦か。あの時のことはよく覚えているよ。なにせあれはヨーク様に拾われた僕が、初の大手柄を立てた時だからね」
「あー、あの事件ね! いやー、懐かしいねー! 確かあれの執行命令出したの確かおじさんだったよね! いやー、おじさんもあの時はまだギリギリ若かったよー!」
芥とヨークはまるで久しぶりに昔のアルバムを見たかのような調子で言った。そんな芥を見て優輝は露骨に顔をしかめ、腰の剣の柄と胸の辺りを一撫でした。
「お前らッ……!? その日はちょうどお父さんが家にいる時だった。お父さんとお母さんはぼくをタンスに隠して、家でお前たちを迎え撃った。そして芥……お前はぼくの両親をなんの躊躇いも無く殺した! あの日から芥……ぼくはお前のことを徹底的に調べ上げた。復讐のためにね! マチ様の部下になり、ぼくもお父さんの様に志のために鴉につくしてきた! でもね……やっぱりぼくが一番に考えているのは芥! ……お前への復讐だった……ここで偶然会ったのは幸運だったよ!」
血走った眼を芥に向けて優輝は恨みの全てをぶつける。しかし芥は別段気にする様子も無く、まるで他人事の作り話でも聞いたかのように言った。
そして優男は笑う。
「なるほど……君が僕に抱く恨みの理由は分かった。ところで優輝、芥の意味は知っているかい?」
「は……? そんなことどうでもいいよ?」
まるでおちょくるかのような質問に、とうとう耐え切れなくなった優輝は抜刀の構えをした。しかし芥はそれを気にするでもなく、聞かれてもいないのに語り始めた。
「……芥は塵やゴミなんかと同じ……つまらない、価値のないものって意味だ。僕なんかに相応しい名前だよ。でもね……そんな僕に負ける人たちはそれ以下ってことだ。君のお父さんも、お母さんもね。僕は思うんだよ……生まれた時からその人の価値は下がることこそあれど、上がることはないんだってね。努力なんて無意味だ。だから僕はたくさん蹴落として、相対的に自分の価値を上げたいんだ。そして君もこれから僕に負けて、晴れてお父さんとお母さんの仲間入りだ」
もう十分恨まれているのに、あえて優輝の両親を侮辱しさらに恨みを増幅させる芥。それは優輝の冷静さを欠いて勝負を有利に進めようという作戦だろうか。
しかし芥の表情は絶対的な自信と余裕に満ち溢れていた。だからきっと芥は自分の中での常識を口にしただけなのだろう。
他とはズレた、それでも自分の中では絶対的な常識を。
「……お前のことはよく調べた。だからお前がそう言う考えだってことも分かってるよ。……でもいざ目の前で言われるとやっぱり腹が立つよ」
「死者を侮辱することがよくないのは分かっている。でもこの考え方は僕が僕であるためにどうしても止められないんだ」
優輝の怒りに全く感情を動かさない芥。優輝ももう芥に自分の気持ちの一片でも理解してもらうことを諦めたのだろう。
そして優輝は静かに抜刀した。
「……お前の戦い方は分かっている。相手が刃物を使うなら左腰の日本刀、銃を使うなら右腰の拳銃を抜く。全ては相手の得意分野で勝負し相手に完全に自分が下だと認めさせるため。ぼくは剣を抜いた……早く左腰の刀を抜け!」
「承知!」
そうして因縁深き二人の剣士は対峙する。
「来ないなら僕から先に行くよ」
そう言って先に動いたのは芥だった。芥は風の如く一瞬で距離を詰めると、優輝に切りかかった。
しかし先ほどのやつの様にはいかない。優輝は瞬時にそれに対応し、自らの刀身で刃を受けた。こうして二人の鍔迫り合いが始まる。
「へえ、さっきの鴉よりも君の方が強いね」
「相手がお前だからだよ。鴉の持つお前のデータは全て目を通したんだ!」
「そんなのがあるのか。これは僕も日々精進しないとね」
そう言って芥が一歩後ろに下がり、鍔迫り合いは中断する。そして二人はまたお互いにお互いの行動を見合った。
次に動いたのは優輝だった。距離を詰めてから、そして切り込む。
しかし芥はそれを刀で受けようとはしなかった。代わりに器用に全身を動かし、紙一重の所で切っ先をかわしていく。
「情報通りだよ芥。お前は刀で戦う時、敵をおちょくる様にわざと刀で受けずかわすんだ」
「別におちょくってるんじゃないよ。ただ刀で受けると刃こぼれが早いんだ」
「それがおちょくってるっていうんだよ! ……でもそれが命取りなんだ」
そう言ってもう何回目か分からない優輝の切っ先を芥がかわした時、優輝は僅かにほほ笑んだ。その時の優輝が剣を持つ手は一本だったのだ。
そして胸ポケットの内側に手をやり、そこからサバイバルナイフを取り出した。
「素直に刀で受けられれば、腕一本だと押し返される。でもかわされると分かっているなら、腕一本でも十分なんだよ! そして攻撃をかわした直後、体勢を立て直す前に二本目の刃が本命。お前の敗因は相手を舐めて掛かったことだ!」
そうして優輝の刃が芥の心臓に届く寸前……またしても風が吹いた。
「あ……」
そして気づけばサバイバルナイフを持った優輝の腕と血飛沫が宙を舞っていた。
「危なかったよ……君強は強いな。君の強さの源はその復讐への執念。でもそれも僕にすら届かなかった。天空人のくせにね……」
「くそ……くそーーー!」
悲鳴と怒声が混じったその声を、芥は涼しい顔で聞いていた。おそらく片手を失った優輝にもう勝ち目はないだろう。
そんな優輝にもう興味を失ったかのように、芥をゆっくりと刀の切っ先を優輝の心臓へと定める。
「僕が返り血を浴びたのは久しぶりだよ。だから君は僕が葬った何人もの人間よりは少しだけ上だ。君の両親よりもね……だからもうゆっくりと眠りなよ」
こうして血濡れた白髪の優男は敗者の心臓に切っ先を突き立て、今日もまた一つの命を摘み取った。
「さて終わったね芥くん。ほんとに珍しいねチミが血を浴びるなんて珍しいじゃないかね。お勤めご苦労さん! 車の中に着替えとタオルがあるから身なりを整えてくれたまえよ。じゃないとせっかくのいい男が台無しだ」
「それではお言葉に甘えて。それじゃあ後の始末は任せたよ」
芥がそう言うとどこからか黒服が現れ、二人の鴉の死体の処理を始めた。黒服たちはまるで死体など見慣れているかのように、手慣れた様子で処理を始めた。
天城は色々なことが積み重なったショックで茫然としているのに、よもやこの鷹では毎晩こんなことが繰り広げられているのだろうか。
「それと少年……君にはおじさんたちと一緒に来てもらうよ」
そしてヨークの言葉に天城は力なく頷くしかなかった。
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