第3話 覚醒の序章
「おはよう」
「…………おはよう」
翌朝、教室に行くと既に黒鬼はいた。
昨晩の記憶が目の前の黒鬼と重なってまだ体が拒んでいる。
「そ、そんな警戒されちゃうと傷つくなぁ」
黒鬼はそんなことは忘れてしまったようにヘラヘラしている。
「き、昨日のこと……」
「ん?昨晩のことかな?」
成瀬はうなづく。
「わ、忘れてないから、まだ信用出来ないから……」
「……分かったよ、強引だったって反省はしてる、けどね、早く本気を引き出さないとダメだったんだよ、だって……」
そのとき、教室に金元が入ってきた。
「今日は待ちに待った……」
かなりテンションが高いようで両手をあげて回転している。
「殺し合いコロシアムの日だよ!」
「……え?」
「ほら、これが本気を引き出さないといけなかった理由だよ……」
「そんな……」
まだ先のことだと思ってたのに……
「な、なんでそんないきなり!?」
「いやー、上の命令だよ、今月は新入生の質がいいみたいだから2回、殺っちゃってくれってね♪」
「そんな……」
「それにね、成瀬くん……」
「?」
「君にとってはいきなりでも、他のみんなからしたら沢山あるうちの1回なんだよ?」
そうだった……、ここにいる人はみんな、1度は人を殺している……
「じゃあ準備をしてコロシアム会場にきてネ!」
金元は教室から走り去っていった。
他の生徒は当たり前のようにコロシアムに向かう。
「え、そんな……聞いてないよ……」
「仕方ないだろ?」
「黒鬼くんもだよ!なんで行ってくれなかったの!?」
「今みたいになるからだろ?」
「あ……」
確かに今の成瀬は気が動転していて、きっとコロシアムで選ばれたら負けてしまうだろう。
「……落ち着いて、選ばれても全力を出せばいいだけだよ」
「でもっ……人を……」
「鬼になれ、でないとお前が殺されるぞ?」
「……!?」
死ぬのは嫌だ、苦しむのは嫌だ、痛いのは嫌だ……
なら、全部から逃げるために人を殺せと言うの?この世界は……
「さぁ、行こう……」
「うん……」
黒鬼に支えられて重い足取りで会場に向かった。
「……これが会場?」
「……みたいだね」
広い会場はコロッセオのような作りだ。
戦う周りを観客が囲んでいる。
「あそこに座ろう」
広い割には席はガラガラだ。
生徒はそこまでいないらしい。
「集まったかな?じゃあ今日戦う人を紹介するね!」
金元の司会の声に祈っている人も少なくはない。成瀬もその1人だ。
「本日はなんと!新入生全員です!」
「………………は?」
「………………え?」
想像の範囲に存在しなかったぶっ飛んだ言葉……、
それは成瀬の思考回路を完全に止めた。
「なんで……?」
「……仕方ないよ、いつか来るものが……少しせっかちだっただけさ……」
「対戦表はこちら!
第1回戦!戸田 美奈子 対 加賀 英二!
第2回戦!成田 美琴 対 池上 斗真!
――――――――――――――――――
第12回戦!餅田 成瀬 対
「じゅ、12番目?」
「第13回戦!黒鬼 徹 対
「僕はその次だね」
「以上、26名は準備をしていてね!
じゃあ早速行ってみようか!1回戦の人!準備して!」
金元の掛け声で新人たちが動き出した。
「準備?」
「控え室に行くんだよ、そこで新人が集まって順番にあそこから出てくるんだよ」
黒鬼が指さした先には、中が完全に見えない暗闇への入口かと思えるような鉄ゲージの入場門がある。
「さ、僕らも行こう」
黒鬼に続いて成瀬も控え室に向かう。
控え室には既に全員が揃っていた。
頭の良さそうな者、力の強そうな者、
キラめいた者、落ち着いた者、
様々な人が集まっていた……
「……こんなの、勝てるのかな?」
成瀬は震える声で呟く。
「大丈夫だ……なんて無責任なことは言わないよ?けどね、これは言える……」
黒鬼は真っ直ぐに成瀬を見つめて言った。
「君が真の力を出せば、大丈夫だ」
「…………真の力」
「そう、僕に襲われた時を思い出して」
「あ……」
すっかり忘れてた……
「じゃああれのお返しも込めて練習ね!」
そう言って笑いながら成瀬は黒鬼の腹にパンチをねじ込む。
「うっ!げほっ!」
「はぁ!スッキリした!」
「な、なかなかいいパンチだ……」
黒鬼は力尽きた……
「で、でも……使うのは武器だからね、
拳は通用しないよ?」
「…………やっぱりそうか」
まず、拳も通用しないだろうが、武器なんて持つだけで震える成瀬には無理難題だ。
「あ、ほら!1回戦、始まるよ!」
そう言って黒鬼はコロシアムを中継したテレビを見上げる。
『今、第1回戦!始まりました!』
画面には凛とした女の子とメガネの似合う男の子が映っていた。
「!?」
だが、次の瞬間、両者、足元に散らばった武器の中から1つを拾って相手に向ける。
弾は別に落ちているらしく、銃は初めは空らしいが持ち上げる動作と同時に装填したようだ。
「は、はやい!?」
「これが……新人?とてもそうは見えないな……」
黒鬼も画面に釘付けだ。
「あれは殺ることを決意し、殺られることを覚悟した眼だね……」
確かに二人の目つきからは負の感情しか感じられない。
まともな人間とは思えない。
「あんなの……普通じゃない」
「当たり前だよ、ここは普通じゃない。
だから、普通じゃない場所で生き残るには普通をすてなくちゃ、いけないんだよ?」
まともな思考では人を殺すなんてできない、例え、自分自身が天秤にかけられても……
「狂った世界には狂って戦わなきゃ、それ以上の狂気を見せつけるんだよ……」
黒鬼の目には微かに、赤色が滲んでいた。
画面内の男女はなおも弾を交わしあっている。
だが、試合は動いた……
女子側が足元にあった散弾銃をヒールリフトで男の頭上に飛ばし、そっちに意識がそれた隙を見て弾丸を避けながら一気に距離を詰めた。
男も抵抗しようとするが女が持っていた拳銃で頭、腹、胸を殴られて後退する。
そして勝負が決まった……
女側が拳銃を投げ捨て、構えた両手に先程飛ばした散弾銃が落下してきてピッタリとハマる。
そして引き金を引いた。
凄まじい銃声と共に男の体は吹き飛び、女は返り血に染まる。
勝者と敗者、二人の瞳は大して変わらない。
狂ったものの瞳はは勝っても……負けても、輝きを放つことは無い……
勝者の女の子は両手を掲げてガッツポーズをする。
勝負は一瞬だった。
互角と見えた二人のバランスは一瞬の隙を見通し、一気に崩れた。
「……あ、あんなのと戦うの?」
「そうなるな……」
「無理だよ……絶対に無理……」
「諦めるな、信じろ」
「何を信じればいいの!?」
成瀬の悲痛の叫びは控え室に響いた。
「…………落ち着け」
「……少し、1人になりたい……」
成瀬は控え室から出ていった。
「ったく、まだ覚醒は早いか……
俺はこんなに……血が
黒鬼、いや、赤城は赤色に染まった瞳で不敵に笑った。
成瀬はトイレに駆け込む。
個室に鍵をかけて便座に座る。
(無理だ……私には無理……)
頭を抱えて俯く。
「お前は何を悩んでいる?」
「え?」
隣の個室から声が聞こえる。
「私にはできないよ……人殺しなんて」
別の声も隣から聞こえる。
(隣に二人いるのかな?)
「お前には殺るという選択肢しかない」
「でも他にも……」
「ないんだよ……この世界には殺るか殺られるかしか存在しないんだよ。
まだ分からないのか?」
「…………わかった」
隣で鍵が開く音がして人がでていく気配を感じた。
成瀬はそっと扉を開けて覗く。
しかし1人の背中しか見ることが出来なかった。
(青いパーカー?)
ただそれだけが見えた。
(逃げ出したい、無理だと諦めたい……
その気持ちは同じだ)
「ん?なんだろう……」
成瀬は床に落ちた指輪を拾う。
内側にはMILEIと書いてある。
(ミレイさっきの子かな?)
でも、女の子は黒髪で外国の子には見えなかったが……?
後で渡してあげよう……
(はっ!後なんて……あるか分からないのに……)
束の間の日常劇は終わりを迎え、成瀬は控え室にもどる。
「やっと帰ってきたね」
成瀬がいない間に赤城は黒鬼に戻ったようだ。
「まだ……決心はできてない、でも……」
成瀬は黒鬼の顔ギリギリまで接近して言う。
「死ぬ気は無い!」
「ふっ、それさえ決まってたら、結末はひとつしかねぇだろ」
右目が赤、左目が黒の黒鬼?赤城?くんが笑う。
「それさえ言えたら、お前は勝てるよ」
テレビから試合終了の合図が聞こえる。
『次は12回戦です!準備してください』
「ついにきた……」
「君の番だね」
「あ、これ……」
「ん?なにこれ?」
「さっき、トイレで女の子が落としてったの、誰かわからないから探して渡してあげてくれない?」
「自分でやれば?」
「私は死ぬかもしれないから……」
「死ぬ気は無いんじゃないの?」
「うん、死ぬ気は無いよ……
でも、あっちは殺す気で来るから、
もしもの時のために……」
「……わかった、探しておくよ」
黒鬼は指輪を受け取って内側を見る。
「…………!?」
「どうかした?」
「……いや、何でもない」
「そう、じゃあ行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
成瀬は控え室をでてコロシアムに向かう。
観客席から見えた暗い入口に待機する。
(いよいよ始まる……)
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
跳ねるような鼓動だけで体力が奪われていく。
『では、入場、お願いします!』
アナウンスの合図で柵が上がり、会場へ入っていく。
反対側からは対戦者が……
「あ、青いパーカー!?」
さっきの女の子だ……
それぞれの位置に着いて開始の合図を待つ。
『では、始め!』
成瀬は足元にあった拳銃を拾って相手に向ける。だが―――――――――
「む、無理だよぉ」
対戦者の東は頭を抱えて座り込んでしまった。
「は?」
「や、や、ややややめてください!
ころさないでぇ!」
1回戦のようなギリギリの戦いを決意したのに……
だが、成瀬の頭の中にあるひとつの考えがよぎる。
(今なら……殺れる)
成瀬は銃口を東に向ける。
「や、やめ―――――――」
「ん?」
東は強ばった表情のまま固まってしまった。
だが、その表現はやがて悪魔のような笑いに変わる。
「くくく、お前が殺らないなら俺が殺る!」
その表情にさっきの怯えた少女の面影はない。
「あなたは何者!?」
「俺?ま、教えてやるよ!」
東(?)は拳銃を拾って成瀬に向ける。
「俺は東の二人目の人格、そして、殺しを楽しむ狂人、海東
「か、かいどう……?ってことは!?」
「そう……俺は海東 東の弟だよ!」
「お、弟が人格に……」
「正確には姉ちゃんが作り出した俺の人格だけどな」
「?」
「俺、3年前に死んでんだよ」
「し、死んだ……って?」
「車に轢かれてあっさり終わっちまった……」
東(中身西)は少し寂しそうな顔をした。
「自分で言うのもアレだが俺は姉ちゃんより出来がよかった、父さんも母さんも俺ばっかり見てた!」
歯を食いしばっているのが見える。
「でも、全然嬉しくなかったよ、だって、大好きな姉ちゃんが寂しそうな顔をしてんだからな!」
その声はだんだん怒りを帯びてきている。
「俺が死んだらあっさりだよ、姉ちゃんをこんな場所に送りやがった!」
西は悔しさと怒りを込めて思いっきり地面を蹴る。
「だから!俺は償わなきゃいけないんだ!
せめて、姉ちゃんを生かし続けるために俺が代わりに戦う!」
西は改めて銃口を成瀬に向けて、安全装置を外す。
「……わかった、なら、私も自分を生かし続けるために戦う……、誰かのためでなく、自分のために……ね?」
「ふっ、俺には勝てない……」
「そんなことない……と思うよ?」
その瞬間、西が容赦なく発砲する。
だが、成瀬には当たらない。
「なっ!……クソっ!」
銃弾が切れたのか西が別の銃に目を落とした瞬間――――――――、
「よそ見は……ダメだよ?」
「え?」
さっきまで反対側にいたはずの成瀬が目の前に現れた。
拳銃を持った手で腹を殴られて東の小さな体は後ずさる。
「ぐふっ!……く、くそ……」
「どうやらあなた、お姉さんの体じゃまともに戦えないみたいね、それとも……初めっから口だけの坊やだったのかしら?」
今の東は弟の人格が出てくるほど精神が安定していない。
今、揺さぶりをかければ闇雲に……
「そ、そんなわけ……ないだろ!」
西は腹を抑えながら立ち上がり、成瀬に殴りかかる。
「やっぱり……」
成瀬はそれを軽く受け流して西の背中を取る。
「くっ!離せ!」
「離すわけないでしょ?」
「っ!お前……その眼……!」
成瀬は容赦なく足をかけて転ばせて上から押さえつける。
「最後に死に方くらいは選ばせてあげるよ……射殺?刺殺?締殺?」
成瀬は両手にナイフと拳銃を持って不敵な笑みを浮かべる。
「こ、こんなあっさり死ねるわけ……!」
「あーあ、往生際が悪い子には選ばせてあげない!じゃ、射殺でケッテーイ♪」
銃口をピッタリと東の額に引っつけて笑う。
「……はっ!え?あ、あああ!な、何でこんなことに……?」
「あれ?東ちゃんに戻ったの?
弟くん、逃げちゃったんだぁ〜
人格と言えど、酷い弟だね〜」
「ち、違うよ!私が連れ戻したの!」
「なんで?」
「あの子は私の空想の産物だから……
死ぬ時くらい、あの子に苦しみを味合わせたくない……から」
「でも弟の死を受け入れられてないんじゃないの?」
「そんなこと……」
「なら、なんで弟の人格なんて出てくるの?まさか、幽霊だなんていわないよね?」
「確かにはじめは受け入れられなかったけど……三年もたったら忘れて……」
「本当に?」
「…………わからない」
「わからない?そんな答え待ってないから」
「本当にわからないの!」
「ま、私には分かるけど」
「え!?」
「あんたは弟に何らかの罪悪感があるんじゃないの?」
「…………」
東はだまって頷く。
「例えば死ぬ前に「死ね!」って言ったとか?」
「い、言ってはいない……けど出来のいい弟が少し……邪魔だった」
「その罪悪感がストレスになって、弟の人格としてそれから逃げてるだけ、それは弟じゃない、あなたの勝手な逃げ道だよ♪」
「!?」
「はーい、じゃあ弟くんに償うために死んでね?」
「い、嫌!まだ死にたくない!」
「悪あがきはみっともないよ?
ほら、さーん、にー、いーち!」
「イヤアァァァァァァァァ!」
コロシアム内に銃声が響き、アナウンスが流れる。
『12回戦は餅田 成瀬さんの勝利です!』
歓声が沸き起こる。
「…………あ、れ?」
急に視界が歪んで足に力が入らなくなる。
成瀬はそのまま意識を失ってしまった。
……………………………………………………
「……ん……?ここは……」
「あ、目が覚めたね……」
目が覚めると隣に黒鬼がいた。
「ここは宿舎の保健室です」
「あれ?私は……」
「戦いに勝った後、気を失ってしまったんです」
「勝った?戦った?」
「ん?覚えてないんですか?」
「…………私、殺したの?」
震える声で成瀬が聞く。
「…………いえ、相手が恐怖に耐えられずに自殺しました」
「じ、自殺…………」
「成瀬さんはゆっくり休んでください」
「う、うん……ありがとう……」
黒鬼は微笑みながら保健室から出ていった。
(覚えていない方がいい……
あなたの心にはまだ、耐えられないから)
次の日に聞いた話だけれど、黒鬼の試合は最速の3秒で終わったらしい……
銃と少女と戦火の匂い プル・メープル @PURUMEPURU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。銃と少女と戦火の匂いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます