2-14

 午後、オレたちは白色の巨大な建物の前に立っていた。

「ここはすごい名所ってわけではないけれど、やっぱ外せないっしょ」

 ブシン星立ロボ史博物館。古今東西多くのロボを収めた博物館だ。学生証があれば入館料もタダ同然で入れる。

 迷いなく館内を進んで行くオレたちに、ミアが声をかけてきた。

「あの、お二人はよくこちらに来るのですか?」

「いや、最近はめっきり来てなかったっしょ」

「内容覚えちまったからなあ」

「覚えた?」

「例えば、そうだな、第一章、ロボの成立」

「ロボとは元々建設用重機として宇宙で利用されてきました。しかしその後ダンジョンが発見されると、その攻略のため多くのロボメーカーによって多種多様な機体が開発されました」

「現在ではロボはダンジョンを攻略するための道具として世間一般に広く認知されています。この章では建設用重機からダンジョン攻略用へと姿を変えた黎明期のロボを見ていきましょう」

 オレとツバサがスラスラ言うと、ミアは目を丸くしていた。

「それ……全部覚えているんですか?」

「まあな」

「うちのクラスの奴は大体言えるっしょ」

 昔散々来て覚えちまうもんなんだよなあ。

「あ、でも、だからつまんないってことはないぜ。何度来ても楽しいし。少しは展示物も変わってるだろうしよ」

「そーそー、ミアには気にせず楽しんでほしいっしょ」

 通過今回はミアのためにここに来てるからな。遠慮なんてする必要は全くないのだ。

「……はい。じゃあトオルさん、ツバサさん、案内お願いします」

 そこからオレとツバサで詳しい解説を挟みつつ、博物館の中を見て回った。

 早口にならないようにするのにだいぶ手間取ったぜ。前にシェーレに早口になるの気持ち悪いなとか言ったけども、オレも油断するとそれなりに早口になるからなあ。

 建築用重機からダンジョン攻略用に転用され始めた第一世代の展示を抜けると、オレの乗る《ツワモノ》をはじめとする四九式機甲鎧や、タツキの乗る五七式機甲鎧 《マダラ》なんかの第二世代ロボの展示コーナーに入ってくる。

 第二世代ロボは完全にダンジョン攻略用として開発され始めた機体群だ。

 そこから技術革新の進んだ第三世代、そして最新の第四世代へと続いていく。

 キョウサン重工製のロボで最新の六六式機甲鎧 《ノブナガ》シリーズは、長くマイナーチェンジを繰り返しているため第三世代と第四世代にまたがっている。最初期のモデルと最新モデルではそれくらいの性能差がついてしまっているのだ。

「あ、これはタツキさんの乗っている機体ですね」

 ミアが《マダラ》の前に立って機体を見上げている。

「そーそー、こいつは《マダラ・レッカ》でしょ」

「レッカ、ですか?」

「そ、オレたちのクラスで見る《マダラ》とはちょっと違うだろ?」

「えっと……」

 ミアはしばらく《マダラ・レッカ》を見上げていたが、答えは返ってこなかった。

「……ごめんなさい」

「き、気にすることねーって! ちょっと難しかったよな!」

「ほら《マダラ》だってわかっただけでもすごいっしょ!」

 うーむ、難しかったか。さっさと正解発表だなこりゃ。

「ほら、《マダラ》の背中になんかついてるだろ?」

「あ……」

 オレに言われてミアも気づいたようだった。

《マダラ》の背中に《マダラ》本体と同等の長さの筒状の物体がマウントされていることに。

「あれは……」

「あれは超高フォルクス砲 《ハコク》。なんか見覚えがあるだろ?」

「はい、私の……《カネガサキ》の《エンリャクジ》に似ている気がします」

「そ、正解」

 長大な砲熕装備を持つ両機のシルエットはやはり似通っている。それも当然なんだけどな。

「《カネガサキ》は《マダラ・レッカ》を元に設計された機体っしょ。だから、共通点も多い。《ハコク》と《エンリャクジ》の部品は一部で互換性があるっしょ」

「そうなんですね」

 後に開発されたのは《カネガサキ》の方なんだが、評価が残念ながら《マダラ・レッカ》の方が上だ。ただでさえ自機の全高に匹敵する長物を装備しているせいで小回りが利かないってのに。《カネガサキ》はさらに使い勝手が悪いからなあ。単純に《ハコク》と《エンリャクジ》の威力を比べれば《エンリャクジ》に軍配があがるんだが、やはりそれだけじゃな。

 第二・第三世代の先には第四世代のロボが展示されていた。

 これは前に来た時には展示されていなかったロボたちで、オレとツバサは本来の目的を忘れて博物館をエンジョイしてしまった。

 静かな博物館だ、何かあればすぐ気付けると周りを警戒しているクラスメイトたちもわかっていたようでしばらくは何も入ってこなかったが——ていうか連中も交代でエンジョイしているんだと思う——さすがに見かねたらしい一人が『………………いい加減にしておけ』といってきた。

「っと、ついテンション上がっちまった」

 辺りを見回してみるが、ミアの姿は見えない。

「ミアは?」

『白の間だヨ』

「あー……」

 オレはクラスメイトの言う白の間へと足を向けた。

 博物館の中では、そこは特徴的な部屋だった。

 他の展示室がロボを複数並べることができるようにかなり広いのに対して、その部屋はとても狭い。まるで最初からそう多くのロボを並べる気がないかのように。

 その部屋、通称白の間は、部屋の主たるただ一機のロボが黙然と立っている。

 白だった。

 まばゆい純白で全身を輝かせるその機体は、その白と精緻に組み合わせられた装甲によって他のロボとは一線を画す美しさを誇っていた。

 そのロボの足元で、ミアはじっと視線を機体の頭部に向けていた。

「悪いミア、新しく展示されてる機体見てテンション上がっちまった」

「いえ、大丈夫ですよ。それよりもトオルさん、このロボは何でしょうか? 説明も、機体の名前もないのですが」

「伝説だよ。これはレプリカだけどな」

 オレは端的に答えた。

 端的すぎて、ミアは首をかしげてしまった。そりゃわかんねえか。

「昔ある星でAIが反乱を起こして統治システムの中枢を掌握し、人々に恐怖政治を敷いた。そのAIの魔の手から人々を救ったのはこの機体で、乗っていたのはその星の王子だったって話さ。それだけ聞くと、そこまで珍しい話じゃないよな?」

 ミアは頷く。

 AIの暴走っていうのは他に例がないが、情勢の不安定な星ってのはこの宇宙にたくさんある。そうした星でロボが戦闘に用いられることも。幸いにしてこのUC星系はかなり安定しているから、ロボも本来の使われ方しかしないけどな。

 なのでそういった情勢の不安定な星には英雄譚に事欠かないんだが、この伝説だけは格が違った。

「当時のあらゆる機体を凌駕するパワー、決して被弾することのなかった機動性、瞬間移動としか言いようのないスピード、そしてこの機体は、フォルクスジェネレーターを搭載していたと言われている」

「フォルクスジェネレーター……あの宇宙戦艦にしか搭載できないものを?」

「そうだよ。笑っちまうだろ?」

 フォルクスジェネレーターってのは文字どおり、フォルクス粒子を発生させる装置だ。

 こいつはとんでもなくでかい。

 だからこそ移動できる物体では《はじまりの艦》をはじめとした超大型宇宙戦艦クラスにしか搭載できず、ロボは機体内部にフォルクス粒子をプールする必要がある。それは最大級のロボ《メガロス》ですら例外ではないんだが、この白だけは違うと考えられていた。

「証言を総合するとな、そうでもないと辻褄が合わないんだと。そしてこうも言われている。この機体を建造したのは星で恐怖政治を敷いていたAIだってな。そいつは人間を超えた知能を持っていたと。フォルクスジェネレーターの超小型化も可能だったのかもな」

「でも、この機体に乗っていたのはそのAIに対立していた王子なんですよね?」 どうしてAIの作った機体を王子が?」

「王子が奪ったって考えられてるな。そして結局、この機体は負けることがなかった。ついた渾名は『不壊之刃アンブレイク』ま、今じゃどこにあるのかもわからないんだけどな。その強さに迫ろうとする研究は数あれど、真実を欠片でも掴めた試しはないらしい。それもまたこの機体の名声を高めてるのさ。オリジナルの機体もないから性能の一切もわからないから説明もない。少しでもロボを知っている者には説明不要なんだよ」

「そうなんですか」

「まず戦うことはない。こんな機体もあるんだくらいに、頭の片隅に入れておけばいいよ」

 それからしばらくの時間を博物館で過ごしてからオレたちは観光を続けた。


「今日は本当にありがとうございました」

 夕日の朱に染まる駅の前で、ミアとマネージャーさんが頭を下げる。

「いや、こっちこそありがとよ。楽しかったぜ」

「まったくでしょ」

 ホテルまで送っていくとは言ったが、さすがにそこまではとミアに固辞されてしまったオレたちはこうして駅前でミアと別れの挨拶をしていた。

「じゃあな、来週から頑張ろうぜ」

「はい! それでは失礼します」

 もう一度頭を下げてから、ミアは少し遠くを見た。

「どした?」

「いえ、楽しかったなと思いまして」

「そうか」

 軽くオレたちに手を振りながらミアは改札口をくぐっていった。

 さて——

「こちらニトロ例の目標は?」

『こちらカエルー、動いていないぞー。まだいるなー』

『………………こちらインゲン、トオルから見て八時の方向、向かって右から二本目の木の陰だ』

「ツバサ、いくぞ」

「リョーカイでしょ。こちらスマッシュ、全員、お疲れ様っしょ。最後に残業っしょ。どうもミアをつけているのがいるみたいだ。位置はカエルが入ったとおり、それとなく囲んでくれ、オレとトオルが行くっしょ」

 ツバサが無線にそう吹き込むと、口々に了解の返事がきた。

 今回の案内の途中から、オレたちを何者かが尾行してきていた。

 どうも危害を加えようという雰囲気ではなかったから、今までは遠目で監視していただけだったんだが、ミアがいなくなった今ならもうオレたちも自由に動ける。警戒させてはまずいからと距離を置いていたから素性は分からないが、討伐側のクラスの回し者ならとっ捕まえてやる。

 オレは八時の方向を向くと、少し先に植えられた右から二番目の街路樹に向けて猛然とダッシュした。

 その木のそばにいた人影が驚きに硬直してから逃げようとするが、遅い。オレはその逃走経路に回り込む。

 そいつはすぐさま踵を返そうとしたが、そちらはすでにツバサが立っていた。

「くっ……」

 そいつはニット帽にサングラスと、控えめに言ってかなり怪しかった。むしろこれは怪しまなければ失礼だろう。

 ミアはアイドルだし、タチの悪いストーカー的なやつかとも思ったんだが、それにしてもおかしいよな。

 そいつはニット帽から流れる長い金髪といい、体つきといい、どう見ても女だった。歳もオレと大して変わらないだろう。ストーカーとは考えにくかった。まあ世の中いろんな奴がいるから一概には言えないのかもだけどよ。

「オレたちのことをつけまわしてたのは分かってるぜ。何もんだよ」

「場合によっちゃ行くところに行くっしょ」

 おれとツバサに挟まれたそいつは、ゆるゆると木の根元まで後退すると観念したのか大きく息を吐き、サングラスとニット帽をとった。

「信じてもらえるとは思えませんが、あなたがたに何かするつもりはありませんわ」

「お前は……」

 サングラスに隠されていたのは、木の強そうなヘイゼルの瞳だった。

 こいつは……。

「誰だ?」

 どうもオレたちのことを知っているかのような口ぶりなんだが、記憶にねえ。

 が、その反応はまずかったらしく、そいつは目に見えて体に怒気を溜め込んだ。

「私は記憶に残す価値すらないと、そういうことですのね……」

 はい原点っしょ。と、オレの横に来たツバサが小声で言ってくる。いやマジで白、なくはねえな。なんだっけか、見覚えはあるような。

 助けを求めてツバサの方を見る。

「(ほら、この間のクラス間戦争で)」

「あ!」

 そこでようやくオレは思い出した。

「この間オレたちに負けたやつか!」

「ぐっ……!」

 正解したというのにそいつはより一層オレを睨んできた。はいもう一つ原点っしょ、とツバサが入ってくる。うるさいわ。

「(一七五組のユリアーナ・ヴーンドウォードっしょ)」

 さらにツバサが小さく耳打ちしてきた。こいつ、オレが言わないとわかってないと思ってやがる、正解だよ。

「で、あん時のお貴族サマがオレたちに何の用だい?」

「別に、今学校を騒がせているアイドルを見かけたので興味を持っただけですわ」

「それにしてはずいぶん長いこと見てたみたいっしょ。数分ならまだしもかれこれ数時間も。あまりいい趣味とは言えないっしょ」

「そうですわね、反省しますわ」

 ユリアーナは華麗に頭を下げた。その美しい動作はとてもストーカーには見えない。

「で、目的はなんだよ。オレたちの邪魔しようってか?」

「そうですわね、私、どちらにつくか思案していますの。そのためには件のアイドルの人柄を見極めようと思ったのですわ」

「それならオレたちの味方になってくれるわけだ」

 オレははっきりと言ってやった。

「大した自信ですのね」

「当然だろ」

「確かに、あの子は信頼するに足るでしょう、ですがだからと言ってあなた方の味方になると決まったわけではありませんわ。私たちはそもそも戦わない、という選択肢もありましてよ」

 そりゃそうだよな。強制参加のオレたちとはユリアーナたちのクラスは事情がかなり違う。

「ですから、今日のことはこの場にいない方には口外しないでいただきたいのです。この約束が守られないのであれば、私たちはあなた方の敵になるでしょう」

 きっぱりと、ユリアーナはそういった。

「あんなクズどもの肩を持つってのかよ」

「ええ。必要とあらば。クラス間戦争で敗れた私たちなどがこんなことを言っても何の圧力にもならないでしょうから、これはお願いですわね」

 わかってて言ってやがる。

 あの戦いはギリギリもギリギリだった。もう一度やっても勝てる自信はない。

「わかったよ、今日のことはシェーレたちにも言わねえ。それでいいな」

「そうしていただけると助かりますわ。私としてもあのような者共の肩を待ちたくはありませんから。それでは、ごきげんよう」

 もう一度、ユリアーナは優雅に頭を下げて雑踏の中に消えていった。

「オレはシェーレくらいには言った方がいいと思うっしょ」

「よせよせ、約束を破ってもいいことはねえっての」

 ユリアーナたちは強かった。あわよくば味方に引き入れたいもんだよ。

 しかしミアの人柄を見極めるため、か。そんなことしなくても今回のクラス間戦争に関わらなければいいだけの話なんじゃねえのかねえ。

 なにかかるのかとも思いはしたが手がかりが少なすぎる。オレは考えるのをやめてツバサと駅に向かって歩き出した。

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ロボとダンジョン! 植木新 @ueara0711

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