2-13
「こーゆーのを社畜っていうのかね」
「言いたいことはわかるっしょ」
クエスト《アイドル育成計画》が開始してから最初の週末、オレとツバサは待ち合わせ場所の駅前でそんな言葉を交わしていた。正確には社畜じゃなくて学畜、とでもいうのだろうか。
こうして休みの日にオレがツバサと会っている理由はもちろん《アイドル育成計画》のためだ。広い意味では、な。
「おはようございます」
「おはよう」
「はよっしょ」
駅にミアとマネージャーさんが姿を見せた。
「今日は市内を案内していただけるというとで、ありがとうございます」
「気にすんなよ、オレたちもやりたくてやってるのさ」
ミアはオレたちが休日出勤していることを気に病んでいるみたいだが、少なくともオレは気にしてはいなかった。今やれることはやっておかないときっと後悔する。
今日はオレたちのことを知ってもらう延長として、惑星ブシンの観光だ。ミアからの申し出は今日も訓練をしたいってことだったんだけど、それは却下した。ロボの操縦ってのは意外と消耗するもんだからな。でも、ミアがそういう申し出をしてくれたのは素直に嬉しかった。それだけ本気ってことだからな。
「じゃ、電車に乗ってルマイトの方に行こう」
「はい、この辺りだと一番大きな街ですね」
ミアの言う通り、ルマイト市はこの辺りじゃ最大の都市だ。海沿いに広がるルマイト市では大抵のものが手に入り、学校の最寄の駅からは30分ほど揺られれば着く。
「でもまあ、最大の都市なんて言っても、星系全体で言えばよくある計画都市なんじゃねえの?」
ホームに滑り込んできた車両に乗り込みながら、オレはミアに聞いた。惑星ブシンは居住可能惑星であることが発見されてから、計画的に開発された星だ。地質やらなんやらの条件が異なるからまったく同じということはないんだろうが、似たような星ならいくらでもあるはずだ。
だからあんまり面白くはないんじゃないかと思ったんだが、ミアは首を横に振った。
「いいえ、そんなことはないですよトオルさん。私もそこまでたくさんの星を見たことがあるわけではありませんが、同じ時期に計画整備された星でも星ごとに特色が出るんです」
「ふーん」
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「どこ行くんだツバサ」
はっきり言ってこういうの、オレはてんでダメなんで、最初からツバサに丸投げしてあった。無責任なんじゃない。自分の向き不向きをきちんと理解しているんだ。
「ミアはブシンにくるのが初めてって聞いたから、定番のスポットを抑えたルートになるっしょ」
電車から降りて向かったのは、駅前に広がる時計台広場だった。
「うん、これはオレもだろうなって思ってた。ルマイトといえばここだもんな」
「どうせ駅前に広がってるから、行くだけは行くっしょ」
時計台広場はそのまんま、でっかい時計台とでっかい公園がある。
以上!
異常なんだがやっぱりでっかいってのはそれだけでも話題になるらしく、観光情報誌とかでも必ずと言っていいほど取り上げられるらしい。
「特になんもねえよな、でかいだけで」
「並木道に芝生に噴水に小川もあるっしょ」
「そうです、都会の真ん中に自然があるというだけで素晴らしいですよ」
ミアが軽いステップで小川のほとりを進んでいく。その歩調は実に絵になるもので、さすがアイドルと思わずにはいられなかった。
「おいツバサ、ぼーっとするな」
見とれているツバサを叩いて現実に引き戻す。
「ぐはっ! ……見とれてたっしょ」
「気持ちはわかるけどな」
「ふふ、ありがとうございます。けれど私、もう少し頑張れるんですよ?」
「「え?」」
どういうことだ? と、オレとツバサが顔を見合わせると、ミアが、変わった。
ほんの少し、ほんの少しだ。足の出し方や手の動かし方、そんな小さな動作を変えただけで一気に“らしく”なってしまった。
「どうです?」
そう言って投げられた視線もさっきまでとは違う、見られることを意識しているものだ。
「すげえ。すげえしか言えねえ」
ツバサも横でこくこく頷いている。少し動きを変えるだけでこうも変わるもんなんだなあ。
「お仕事の時の動き方です。普段やるといろんな人に声をかけられてしまうので、やらないんですけどね」
それはそうだろうな。違うってのが一目で分かるくらいの差だった。まるで別のプログラムをインストールしたみたいだったぜ。これでもう少し宣伝でもして人を集めたら、あっという間に人だかりができてしまうんじゃないだろうか。ミアの言葉も大げさに言ったものではないだろう。
ま、今日は大丈夫だろうけどな。
公園をしばらく歩いて着いたのは、巨大な塔の根元だった。あまりに高いので、根元からでは少し退け反らないと天辺まで視界に収めることができない。
「これがブシンの傘、ですか。本当に大きいですね」
この建物はブシンの傘。ここら一帯に電波を送信する電波塔だ。高さは七七五メートル。周辺じゃ一番高い建物で、ルマイト市の観光名所の一つだ。入場料を払えば塔の真ん中くらいにある展望台まで登ることができる。入場料、結構高いけどな。
「首痛くなってきたっしょ」
「中行こうぜ」
休日のせいで少し並んでから高速エレベーターに乗り込む。うーん、この移動している感覚、ロボで味わうものよりも圧倒的に振動が少なくて上品だ。スピードも段違いだしな。うちのクラスの機体でこのスピードを実現しようとしたらいくらフォルクス粒子があっても足りないな。その前にユイが気絶するか。
「トオル」
「なんだよツバサ」
「このエレベーター、非常時には倍以上のスピードが出るらしいっしょ」
「……非常時。何したら非常時になるんだ?」
「トオルさん⁈ 目が怖いですよ⁈」
「冗談だってのミア、非常時のスピードを体験したいなんて思ってねえよ」
「そうそう、ここでひと暴れすれば非常時扱いになるんじゃないかとか思ってないっしょ」
「もう! 冗談でもそんなこと言わないでください!」
展望台に着くと、360度、ミニチュアのようなサイズの街並みが眼下に広がっている。
「ゴミのようだっ!」
とりあえず言っておいた。うーん、なんだかんだオレもテンション上がってるっぽいな。
しばらく景色を眺めながら展望台をぐるぐる回っていると、ミアがキョロキョロしながら話しかけてきた。
「あの、トオルさん、なんだか五六四組の皆さんがさっきからいるような気がするんですが……」
「え? 気のせいだろ」
「そうそう、あいつらわざわざここに来るとは考えにくいっしょ。たまたま鉢合わせしたんなら声くらいかけてくるはずだし」
「……そう、ですよね」
そういったミアがまた景色を見に窓際へと歩いて行ったのを見計らって、オレは袖に仕込んだマイクに呟いた。
「こちらニトロ、見つかってる馬鹿がいるぞ。気をつけろ」
『こちらブドウ、おそらくはカエルかインゲンだろう』
『こちらーカエルー。そんなはずはないぞー』
『………………こちらインゲン、同じく』
ミアが見たのは見間違いでもなんでもなく、五六四組のクラスメイト達だ。
今日はオレとツバサ以外の何人か、というよりはクラスメイトのほとんどがミアを面倒ごとから遠ざけるためにこっそり付いてきている。ミアの周りに大人数がついて回るのも良くないだろうからな。
無線からツバサの声が届く。
『こちらスマッシュ、別に犯人探しはしなくてもいいっしょ。状況は?』
『こちらボルト、問題なしだヨ』
『こちらテープ。チャラい男どもがいるので警戒しておく』
ユイと行くところがあるとかでシェーレのいない今日はツバサが司令塔だ。
ダンジョンでもDEWACSシクに乗って周囲を警戒するツバサは、視野が広く、指揮能力もそれなりにある。そんでオレは今ここにいる連中の中で一番ケンカが強い。最後の砦ってわけだ。全員に「お前のケンカえぐいからミアに見られないようにな」って言われたんだが、そうかあ?
再度高速エレベーターで下に降りた後は、ブシンの傘の中に入っているショッピングモールを回った。石鹸やら小物やら、いろんな店があるんだなと感心させられた。ミアはどの店でも楽しそうにしていた。
昼食は店に入るからとかなり念押ししてあったので、ミアが弁当を作ってくるということはなく(オレもツバサも地獄を見たくはない)入ったのはツバサの予約したパンケーキ専門店だった。女子って本当にパンケーキ好きだよな。そして高い。今日の主役にミアが(隣のマネージャーさんも)めちゃくちゃテンション上がってたからいいけどな。
*
「お前も大概、悪い子だね、ユイ」
少し考え事をしていて浮いていた意識の外から、そんな声がかけられた。
ボクの眼の前では親方が呆れた顔をしている。
「えへへ」
「ユイ、褒められてはいないわよ」
「えっ」
横のシェーレにそう指摘された。てっきり親方は褒めてくれると思ったのに。
ボクとシェーレは工業地帯の親方の所に来ていた。親方は仕事人間で、週末もほとんど工場にいる。
「そうだね、褒めてはいないよ。呆れていたのさ。よくこんな悪知恵が働くもんだね」
親方がボクの渡した設計図を机の上に置く。
今日親方の所に来たのは、親方にあるものを作ってもらうお願いをしに来た。
《アイドル育成計画》で勝利するための切り札を。
その切り札を悪知恵呼ばわりされるのはボクとしてはちょっと心外。
「戦略だよ、戦略。トオルが《エンリャクジ》を壊してくれたから思いついたんだけどね。シェーレと一緒に」
シェーレと一緒に、の部分をボクは強調しておいた。
「確かに正攻法とはいませんが、かなり有効な戦法だと考えています。幾つかの前提条件は必要ですが」
「そうだね、確かにこれは作って終わりという代物じゃない。むしろこれを作った後が本番だ。並の腕じゃできないだろうけれど、ユイならできるだろうね」
「へへ」
「このあたしが教えてこの程度もできなきゃ破門だよ、破門」
どうしよう、震えが止まらない。シェーレもユイの問題でしょうとこっちを見てくれない。
「私たちの技術に関しては問題ないと考えています。ただ、おっしゃっていた通り、作って私たちの元に納入されて終わりというものではありません」
「何日くれるんだい?」
親方は簡潔にそう聞いてきた。やっぱり話が早い。
「四日」
「……ふん。それじゃあ確かにうちに来るしかないだろうね。これを作れなきゃこの道で飯を食っていくことはできないだろうが、四日となれば話は別だね。相当の腕がないとできない。で、お代がこれかい」
親方が仕様書の下に書かれた報酬の欄に目を落とす。一応こういう仕事を頼むときの代金は調べたんだけれど。
「ごめんなさい親方、こういうの初めてで、足りない?」
「そうだね、この二倍は貰おうか」
「うん、わかった」
親方は少し驚いている。どうしたんだろうか?
「何? 親方」
「いや、二つ返事かい」
「うん。勝つためには必要だもん」
「そうまでして勝ちたいのかい? どうして?」
「そのアイドルの子、ミアっていうんだけどね、必死なんだ。ボクは正直、最初はアイドルがロボに乗ってるなんて話題作りに遊びで乗ってるだけなんじゃないかって、ロボをなめるなって思ってたんだ」
それは間違いだったんだけどね。
「けれど、そんなことなかった。ミアは本気でロボと向き合ってた。操縦とか見るんだけどね、たった一週間でものすごく上達してるんだ。パイロットのみんなに聞いたんだけど、すごく熱心に操縦のコツとか聞いてるんだって。本気には本気で向き合わないと失礼でしょ?」
そう、本気には本気で応える。ボクも本気で勝ちに行く。勝つために必要なことはやれるだけやる。
「そうかい。わかったよ。代金はこのままでいい」
「え? いいの?」
「いいとも。さっきのは本音が聞きたかっただけさ」
「でも、今回は前払いでかなりポイントもらってるからもう少し払っても……」
「吸血鬼の娘を見れば相当ギリギリなのはわかるよ」
「え」
横のシェーレを見ると、顔が少し青くなっていた。
「あの、シェーレ……」
「ユイ、あんまり安請け合いはしないで頂戴。二倍なんて払ったら大赤字だったわよ」
「そ、そうなの?」
「そうなの。もう少し金銭感覚を身につけて頂戴……」
「ごめんなさい」
ボクはポイントの管理、しないからなあ。シェーレに丸投げ。苦手なんだもん。
「さて、仕事は請け負ったよ。四日後にはきちんと納入するから安心しな」
「宜しくお願いします」
「お願いします、親方」
「さて、それじゃあユイ」
「なに?」
「ここ、強度計算が甘いんじゃないかい? 運搬の衝撃だけで真っ二つになるよ」
「えっ……」
「ここももっとスペースを広げないとコイルを傷めるよ」
「あっ……」
「それから——」
そこから小一時間ボクは親方に指摘の嵐を食らって、コテンパンにされた……。
うう……。
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