2-12

「くそったれ……」

 管理室の棚を見上げながら、思わずそんな言葉がオレの口をついて出てしまった。

 一緒に管理室に来たユイも、ぐぬぬと唸っている。

 協力者のサヤカから貴族組を中心に妙な動きがあると知らされたのは第一週の最終日の朝だった。

 内容は、普段は管理室に行かないような貴族組の連中が管理室に出入りしているというのである。

 管理室というのは学校側の設備の一つで、ロボの交換部品を一定数ストックしている部屋のことだ。そうすることでオレたちはスムーズに機体の修理ができる。

 クラス単位では十分な交換部品をストックし続けるのはポイント的に厳しいし、ロボが壊れてからいちいちメーカーに交換部品の見積もりを取っていては修理に時間がかかりすぎる。管理室は部品をストックすることでその時間を短縮してくれているわけだ。

 だが、管理室で扱っているのは基本的にオレたち外部組のクラスが使う四九式機工鎧、通称シクシリーズをはじめとした、キョウサン重工製の機体の部品だ。

 貴族組が好んで使うエドモンド社製の部品はあまり置いていない。高級品志向のエドモンド社製のロボは部品の互換性が悪く、すべての交換部品をカバーしきれないからだ。管理室が使いたければキョウサン重工のロボを使いなさい、というわけである。

 ちなみにキョウサン重工製のロボの交換部品も全部が全部置いているわけではない。それこそミアの乗る六六式機工鎧特火型 《カネガサキ》の装備エンリャクジのような、極めて特殊かつ生産数の少ない機体の部品はないんだ。……ないんだ。じゃなかったら《エンリャクジ》を壊したことをシェーレにあそこまでネチネチ言われなかっただろう。

 確か、《エンリャクジ》の元になったキョウサン重工製五七式機工鎧特火型 《マダラ・レッカ》の砲熕装備ハコクの交換部品ならあったのになあ……。

 とにかく、何が言いたいかというと貴族組が頻繁に管理室に出入りしているのはおかしいということだ。嫌な予感しかしなかった。

 そして管理室に行ってみると、その予感は的中していた。

「すっからかんだな」

「だね」

 管理室から大量の交換部品が消えていた。その中にはオレたちにとっても必要不可欠なものも多く含まれている。

 管理室では一クラスでは使い切れないような大量の交換部品をストックしているが、それでも無限じゃあない。普段は少なくなってきてから購入すれば部品がなくなることなどまずないのだが、今は物の見事に空っぽになっている棚すらある始末だった。それだけ急速に部品が持ち出されたということに他ならない。

 正直、クラス間戦争で相対する二六八組と二五七組の二クラスだけで持ち出せる量じゃない。敵は思ったよりも多いようだった。

「まさか、こんな戦法を使ってくるとはな」

「これで長期戦は難しくなったね」

 ユイやシェーレたち整備組の整備力はオレたち五六四組の最大の武器だ。素早く、正確に機体を稼働可能な状態に持っていけるというのはそれだけで大きな強みになる。

 だが、それも十分な交換部品があればの話だ。

 故障の種類によってはごまかしがきいたり、部品の磨耗が原因ではないものなんかも——これは制御回路シーケンサーの不備などが原因のものや、組み付け不具合なんかがある——あったりはするが、やはり部費が磨耗・損傷して交換しなければ直せない故障というものも多い。

 クラスの格納庫にも多少は部品があるので、すぐさまロボが動かなくなるということはないが、部品がないということはオレたちの得意とする整備力を生かした長期戦が封じられるということに他ならなかった。

「あるだけは部品を持っていきてえが……」

「それはやめたほうがいいよトオル、管理室に部品がなくなって困っているのはボクたちだけじゃないだろうから」

「……わかってるよ」

 ここで必要な部品を全部——これでも全然足りないが——持っていくのは簡単だが、部品を必要としている他のクラスから余計な恨みを買うリスクがある。不用意なアクションは慎むべきだろう。

「とりあえずシェーレに連絡入れて、電気系で最低限必要な部品をピックアップさせるか。機械系は、ユイ、どうだ?」

「大丈夫、格納庫にあるものは大体把握してるよ」


 それから最低限の部品を管理室からかき集め——それでもユイと台車を一台ずつ押す量になった——クラスの格納庫に戻る途中、オレは声をかけられ足を止めた。

「久しぶりだな、トオル」

「リョーマ」

 この学校にいることは知っていたが、とにかく生徒の多い学校である。連絡先も知らなかったので、そいつと顔を付き合わせるのは中学ぶりだった。

「これからクラス間戦争に備えようという割には、随分と少ない部品数だな」

「これが精一杯だ。何せ——」

「知っているよ。くだらん戦術だな。戦術とも呼べんか」

 リョーマの二枚目な顔には確かな侮蔑があった。

「わざわざそんなこと言いに来たのか?」

「いや、せっかく見かけたものだからな。念のため、宣戦布告に来た」

「宣戦布告だあ……? お前まさか」

「そうだ。オレたち一九八組も今回のクエストに討伐側で参戦することになった」

「お前があんな奴らと手を組むとはな。意外だぜ」

「参戦を決めたのはオレたちのクラス代表だ。代表も乗り気ではなかったようだが、世の中にはいろいろとしがらみがあるようでな」

 クラス間戦争でこいつの相手をするのか。きついな。今はどうかわからねえが、オレは昔こいつに負けている。

「だけどよリョーマ、オレたちは協力するクラスを見つけられてねえんだ。お前らのクラスが戦うようなことにはならねえだろうよ」

「お前らしくないな。討伐側は二六八組、二五七組、そしてオレたち一九八組、すべて貴族組だ。四一三組がそちらに参戦しない理由はない」

 それに関してはオレも同感だった。あいつらがこないわけはない、か。

「あいつらは嫌いだよ、オレは」

「オレもだよ。あいつらのやり方は今の二六八組や二五七組と大差ない。いや、自分たちの正義を疑っていないという点ではよりたちが悪いかもしれん。せいぜい手綱はしっかりと握っておくことだな」

「ご忠告、痛みいるよ」

「だが、四一三組なら裏切る心配はないだろう。問題はそれ以外のクラスと協力する場合だ。獅子身中の虫を呼び込むことのないようにな」

「何から何までどーも」

「お前とは決着をつけなければならないからな。水を差されてくはない」

 皮肉でも何でもない言葉だとわかってはいたが、オレはその言葉を真面目に受け取る気にはなれなかった。

「オレの負けだっただろ?」

 リョーマの顔に、わずかに不機嫌な色がつく。

「あんな三流の、熱意の欠片もない整備を施された機体に乗ったお前に勝ったことを誇れる程、オレは恥知らずではないぞ、トオル。今回は、その心配はなさそうだがな」

 リョーマの視線が、オレの横のユイへと移る。

 オレもつられてユイの方を見て、目を見張った。ユイのリョーマを見る目はユイにしては極めて珍しく敵を見る目だった。こんな厳しい目はオレに折檻する時くらいにしか見たことがない。うっ寒気が。

 リョーマはそんなユイを見て小さく笑い、「楽しみにしているぞ」と言い残して去って行った。いちいち格好良い奴め。

「あの人、中学の時の大会でトオルに勝った人でしょ。シマザキ・リョーマ」

「お、おう」

 リョーマが見えなくなって尚、ユイは廊下を睨み続けていた。本当にどうしたんだユイ。

「勝とうねトオル。特にあいつには」

 言われなくてもそのつもりだが、警戒こそすれ敵視するようなやつじゃないんだけどな。正々堂々戦う相手には敬意をしっかり払うし、礼儀正しいし格好いいし、今だってあいつなりにアドバイスをしに来たんだろうし。敵意を向けるんなら二六八組たちの方がよっぽどだ。

「てか、リョーマのことよく知ってたな。ユイ、中学あいつと違うだろ?」

「え? う、うん。たまたま、たまたまね。トオルが試合したから知ってたとかじゃないよ、本当に!」

「? おう」

 それから二人で台車を一台ずつ押してクラスの格納庫に入ると、そこで知らない連中とすれ違った。その奥でシェーレとミアが見送りをしている。

「本当に助かったわ」

「ありがとうございました」

「いえ、お力になれたのなら幸いです」

 シェーレの事務的に聞こえる感謝の言葉と、ミアの作ったような笑顔はオレの胸に妙にひっかかった。

「シェーレ、あいつらなんだ」

「私たちが困っていると知って部品を届けてくれた親切な人たちよ」

「へえ。そいつは助かるね」

「あ、あのっ!」

 そこで声を出したのはミアだった。表情は少し曇っている。

「その部品なんですけど、もしかしたら」

「もしかしたら、使えないかもしれない?」

 ミアの言わんとしたことを代弁したのはユイだった。ミアはこくりと頷く。

 ユイは持ち込まれたらしい部品の中からサーボモーターをひとつ取り上げると、合いマークもつけずに六角レンチで分解を始めた。

「これ、明らかに分解した跡があるし、塗装もはげたりケースもへこんだりしてる。新品じゃないのはすぐにわかるよ」

「少し回してみたけれど、かすかに引っかかりもあったわね」

 ユイの言葉をシェーレが補足する。

 細なく分解されたサーボモーターは、コイルの部分に明らかな傷が付いていた。普通に使っている分には付くとは思えない傷だ。これじゃあ六に動くはずもない。交換して使っていたら工数だけ無駄に使っていただろう。

「本当、こんな嫌がらせよく思いつくよな」

「そうだね。それよりミア、よく気づいたね」

「ああいう人はたまにいるんです。笑っているけど笑っていない人……怖くて」

 やっぱりアイドルやっていると色々とあるんだな。

「しかしどうするよシェーレ、部品の件はかなり痛いぞ」

 来週は実際にロボを動かしてミアの訓練をする予定なのだ。それを考えると数に不安のある部品がいくつもある。

「部品のことでお困りですか」

 あまり馴染みのない、しかしどこかで聞き覚えのある声が格納庫の入口から聞こえてきた。そこには、さっきの連中とは別の見知らぬ生徒。

「失礼、あなたは?」

「先日お世話になった六三○組の者です」

「あー」

 そこでオレは思い出した。この声は以前救助クエストで助けた六三○組のパイロットの声だ。

「管理室のことを聞いて、部品が足りなくなったのではと思いまして。取り急ぎ必要そうなものでうちのクラスにあったものを持ってきました」

 台車の上に乗っている部品は、どれも封を切ってもいないピカピカの新品だばかりだった。

「ありがとう、助かるわ」

「これで先日の借りを少しでも返せたでしょうか」

「当然よ。むしろ今度は私たちが貸しを作ってしまったわね。利子をつけて返すから、少しだけ待っていて頂戴」

「楽しみにしています」

 周りは敵ばっかかと思っていたが、味方もいたか。心強いね。

「こんなことでしか助けられず申し訳ありません。出来ることならクラス間戦争に参戦したかったのですが、ボクたちではレートが足りず」

「こんなことなんて言わないで頂戴。十分に助かっているわ」

「レートが足りているクラスといえば、四一三は参戦してくるのでしょうね」

 六三○の生徒は声を低めた。シェーレもゆっくりと頷く。

「これから四一三と話をするわ」


 六三○に丁重に礼を言い、ミアも帰った後、オレとシェーレは会議室の一つに向かっていた。今回のクエストで協力するクラスの候補と話し合うためだ。

 道中、オレはリョーマのことと奴の忠告をシェーレに伝えておいた。

「確かに、これだけダンジョン外戦術を使ってくる相手だもの、手段は選ばない事は分かりきっているわ。トロイの木馬を警戒しなくてはいけないのは当然ね。そういう意味では四一三組は心配いらないわ」

「ま、そうかもな」

 会議室には既に先客、その四一三組の生徒が待っていた。

「待たせてしまったかしら」

「いえ、今来たところですよ」

「それは良かったわ」

 オレとシェーレは椅子に座る。オレは基本黙っている。この手の交渉に首をつっこむ必要はない。というか突っ込むとシェーレに怒られる。相手を観察して腹を読むのがオレの役割だ。この四一三相手に読む必要はないかもしれないけどな。

「早速話をしましょう、今回のクエスト、私たちに協力してもらえるということでいいのかしら」

「もちろんです。外部組の雄である五六四組と悪しき貴族組を打てるなど滅多にないチャンスですから」

 オレは内心で舌を出していた。全くもって予想通りの言い分だ。これだから四一三とは組みたくない。

 四一三組は外部組の中で、オレたち五六四組と並んでかなりレートの高いクラスだ。だが、その評判は良くない。四一三組は貴族組をかなり強く敵視している。多少の対抗意識ならオレたちも持ち合わせているが、こいつらのそれは正直常軌を逸しているらしい。貴族組に勝つため、かなり汚い手口も使っているらしいというのが専らの噂だった。

「やはり貴族組は嫌いかしら」

「当然です。何の努力もせず、持って生まれたものをさも自分の力で手に入れたかのように振る舞う傲慢な連中など、仲良くしようとは思いませんね」

 こいつはまたずいぶんな物言いだった。

 そりゃあ四一三のいう通りの連中もいるにはいるだろうが、貴族組の全員が全員そうじゃないはずだ。

「その上、今回は相当に汚い手を使ってきているという話ではないですか。正義の鉄槌を下さねばなりません。管理室の件など言語道断です」

「そのとおりね。だからこそ私たちは正義を失わないような立ち回りを心がける必要があるわ。くれぐれもダンジョン外で仕掛けることのないようにお願いするわ」

「もちろんです」

 さも当然のように言いやがって。似たような、というかもっとえげつない手、それこそ貴族組の生徒に直接危害を加えるようなこともやってるらしいんだけどな、こいつら。レートの高さの秘訣もそこらへんにあるとかないとか。もちろんダンジョン外戦術を仕掛けてきてる時点で二六八組も大概だが。

「ああ、それと、相手方は三クラスになりそうだという話ね」

「そのようですね。しかし腑抜けた貴族連中がいくら束になろうと物の数ではないでしょう」

 そろそろオレは心の中で呆れ疲れてきた。

 ぶっちゃけ、リョーマはかなり強い。つか、貴族組の方がロボの基本性能は上なんだけどな。その上数まで上回るとなれば勝ち目すらなくなりかねないぞ。そんなんこともわかんねえのかこいつ。それとも……。

「それでも、数を合わせた方が有利に戦えるわ。その場合、私たちと同レートのクラスは外部組には存在しない。つまり、三クラス目は貴族組になる可能性は高いわ。それに関しては承諾してもらえるかしら?」

「……構いません。私たちとあなた方だけでも勝てるのですから。貴族組が勝利の凱歌に加わるというのは面白くはありませんがね」

「戦闘の指揮に関しては私たちに従ってもらうわ。ミアを守る役目は現在彼女と訓練している私たちのクラスになる。その関係上あなたたちに危険な役目を押し付ける形になることもあるでしょう」

「理解しています。最終的な勝利が外部組にあるのでしたら」

 最後にシェーレがもう一度ダンジョン外で余計なことをしないように念押ししてから話し合いは終わり、四一三組は部屋を出て行った。

「どうかしら、トオル」

「臭え。鼻が曲がるかと思ったよ」

「率直ね」

 これだからあいつらは嫌いなんだ。敵を自分で作って憎まずにはいられない。

「けれど、私たちが後ろから刺される心配はないわ。別の心配はあるけどね」

 四一三組は貴族組にはもちろんのこと、一部の外部組からも距離を置かれている。この選択が悪い方向に転ばないといいんだが。

「なんつうか、難しくなってきたな。あれだ、ないゆーがいかんってやつだ」

「あら、なんだか頭の良さそうな発言ね」

「オレがここまで頭を使わないといけないってのは、相当面倒臭い状況だぜ」

「知ってるわ」

 あー、相手をぶっ飛ばす事だけ考えられるようなら楽だったってのにな。

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