2-11
「よし、午前中はこれくらいにしておくか」
「はい!」
最初の一週間が半ばも過ぎる頃には、ミアの腕も着実に上がってきていた。
「お疲れさんっしょ、ミア。結構上手になってきてる」
「えへへ、そうですか?」
「間違いないヨ。少なくとも射撃に関してはトオルを抜いてるヨ」
「………………」
それに関しては反論できなかった。悔しいが、完敗だ……。
「ふっ、あまり調子に乗らないことだ……オレを超えたところで第二第三のオレが立ちはだかる……」
「第二第三でも相手がトオルなら問題なく超えられそうっしょ」
バカなやり取りをしつつ、シュミレーター室から撤収する。
いつもならこのまま教室に戻ってシェーレたちと合流して、場合によっては午前中の進捗の情報交換をしたりするんだが、今日は別の方向に行く必要があった。
「じゃ、ミア、オレたちは店に行ってくるから、先に戻っててくれ」
「はい、わかりました」
「トオル、われはおなかがすいたぞ」
「わかったよタツキ、ミアと先に戻っとけ」
「うむ」
ミアとタツキの二人と別れたオレたちが向かったのは機体購入窓口——通称店だ。ここでは学校で扱っているロボをポイントで購入することができる。
購入するだけなら誰か一人いけばいいんじゃないか、と思うだろう。確かにそうだ。新品のロボを買うんならな。
学校の店で売っているのは基本的に中古のロボだ。新品も買うことはできるが——ちなみに学割で少し安くなる——主にスペースの問題で学校には実機は置いていない。
中古のロボはやはり中古なので、状態には機体ごとに差がある。もちろん最低限の確認は学校側でやっているので、起動した瞬間に爆発、なんてことはないが、機体が動かないことは結構ある。
そういう機体は相応に必要なポイントが安くなっていて、パーツ取りに使ったりする。
大体の状態は学校側の確認でわかるが、最後の確認はやはり自分たちでしておきたいので、こうして店に来ているわけだ。
今日買う機体に乗る予定のミアは来てないけどな。
「まだ私は不慣れなので、皆さんにお任せしたいです」なんて頭下げられたらな。ミアは注目の的だからあんまり人目にさらしたくないってのもある。シュミレーター室から教室に戻る時にも、たまに見物の生徒がいたりするしな。
てな訳で、オレたちは《カネガサキ》改修までミアの乗る機体を調達するために店に来ていた。さすがにずっとシュミレーターってわけにはいかないからな。
狙うは《カネガサキ》と同じ六六式機工鎧、通称 《ノブナガ》シリーズの機体だ。やはり《カネガサキ》と操作系が似ている機体の方がいいという判断からだ。
今回のクエストでは前払いのポイントがあるから、お高い六六式にも手が届く。正確には購入はしないけどな。
店担当の教師に話をつけて、オレたちは六六式の並ぶ区画に移動した。
移動した先の格納庫には、いろいろな種類の六六式機工鎧が壁面に黙然と立ち並んでいた。
《カネガサキ》はいないな。ま、生産数の少ない機体だしな。あってもクセが強すぎるから買わないとは思うが。
「じゃあ野郎ども、取っ掛かるか」
「おうよー」
「任せろっしょ」
クラスメイトたちはそれぞれ機体のコックピットに潜り込んでいく。
オレも目の前の六六式機工鎧の方へ近づいていった。コックッピトに入り、あらかじめ借りておいた起動キーで機体を立ち上げる。
ドゴン! と大きな衝撃と共に機体に火が灯るが、オレは困り顔だった。
「伝達系がやられてるなこりゃ」
機体から伝わってくる振動に、時折不快なノイズが入り込んでくる。ロボの動力源であるフォルクス粒子を機体各部に伝える伝達系に不具合があるんだろう。購入に必要なポイントが安いから、何か致命的な不具合があるんだろうとは思ってはいたから驚かないけどな。
これでもユイ達なら直せるだろうが、時間がかかりすぎる。今回はすぐに使える機体が必要だから、次の機体に行くか。
それから小一時間で機体を決めたオレたちは教室に戻る廊下を歩いていた。その途中で整備組と出くわす。
「お、ユイ、お疲れ」
「お疲れトオルお店に行ってたの?」
「おう、《ナガシノ》に決めたぜ。状態も良好だ」
「《ナガシノ》か。いい機体だね」
オレたちが選んだ機体は六六式機工鎧特狙型 《ナガシノ》。
大型の狙撃用射撃装備 《タネガシマ》を持つ遠距離タイプの機体だ。
状態のよかった機体はその《ナガシノ》と六六式機工鎧特近型 《オケハザマ》の二機。
《カネガサキ》の代わりにミアが乗る機体としてどちらがふさわしいかなんて考えるまでもなかった。《オケハザマ》は特近型の名の通り、格闘戦に特化している機体だからな。言うなればオレの乗る《ツワモノ》の親戚だ。
「オレはもういっそ《ナガシノ》にミアを乗せて戦わせりゃいいんじゃねえかと思ってるよ」
「その気持ちもわかるけど、ポイントが足りなくなるよ」
今回手に入れた《ナガシノ》は、正確には購入ではなくレンタルだ。
せっかく大枚叩いて買った機体が使いにくかったらどうしようもないので、一定期間レンタルという形で安く機体を使うことができる制度があり、今回はそれを利用した。
欠陥があるとはいえ《カネガサキ》の火力を失うには惜しいし、クラスのことを考えると今回のクエストのためだけに六六式を組み込むのは無駄が多い。それに、今後のことを考えると《カネガサキ》を使いやすくする方がミアのためになるだろう。
「で、ユイ、《カネガサキ》の改修は順調なのか?」
「うん」
「そろそろなにやってるか教えてくれよ」
「だめ、秘密」
「まだかよ」
クエストが始まってからというもの、ユイたち整備組は機密保持を徹底している。その徹底ぶりはオレたち同じクラスのパイロット組にすら《カネガサキ》の改修内容を話してくれないほどだ。
《エンリャクジ》を外す方向でやっているらしいということはちらっと聞いたが、真偽は不明だ。
「当日までのお楽しみだから、待ってて。トオルも絶対びっくりすると思うから」
「へいへい」
そこでオレは《エンリャクジ》を壊したことをネチネチ言ってくる金髪の吸血鬼がいないことに気づいた。
「ユイ、シェーレはどうした」
「書物があるっていうから先に教室に戻ったよ」
「ふーん」
書物ってなんだろうな、と考えつつ教室の扉を開く。
そこには——
「あ、トオルさん、お帰りなさい。ユイさんも」
笑顔のミアと、
「お帰りなさい、ユイ。トオルも」
口調と表情をこわばらせるシェーレと、
「…………………………………………」
白目をむいてぶっ倒れるタツキがいた。
なんじゃこりゃああああああっ⁈
と、叫びたくなるのをオレはすんでのところでこらえた。ユイや他の連中も同じ気持ちだろう。白目をむいて倒れるタツキと笑顔のミアの対比が絵面をよりシュールにしている。
「おうミア、ちょっと待ってくれな。シェーレ、集合」
シェーレは無言でこちらに来ると、ミアとタツキを除いた全員で円陣のような格好になる。
「(シェーレ! 何が起きたってんだ⁈)」
「(何があったのかわわかるけれど、何が起きたかはわからないわね)」
「(オレたちにも理解できる言語を使ってくれ)」
「(じゃあ、私が見たものをそのまま話すわよ)」
シェーレはそこで一度言葉を区切り、ミアの方をちらりと見てから続けた。
「(ミアが作ってきた料理をタツキが食べたの、そうしたらああなったわ。以上よ)」
「………………」
「………………」
「………………」
「(シェーレ)」
「(あなたたちが何を言いたいかはわかるわ)」
「(寝言は寝て言え)」
「(だから言いたくなかったのよ!)」
シェーレは若干ヒステリー気味になっていた。だが、にわかには信じられない。
「(基本タツキが食いモンで倒れることはないだろ)」
タツキの胃袋は極めて強靭で、オレたちが悶絶するようなものでも平気で食う。
一回、強烈な臭気を発する食物を前にぶっ倒れたこともあったが、今回もそうならオレたちも今こうして悠長に円陣など組めないはずだ。
「(毒でも入ってたのかな?)」
「(それとも竜人に何か苦手なものがあったり?)」
「(私たち吸血鬼におけるニンニクのようなものかしら? そういうものは聞いたことはないわね。それに、タツキは本能で自分に害のあるものは弾けるはずよ)」
「(だよなあ)」
そう言って光景をオレたちは何度となく見てきた。
ダンジョンで倒したモンスターからドロップした食料、通称ドロップ飯を食べる時、ごく稀にタツキは口をつけない時がある。
どうやらそれらは本当に食べてはいけないやつのようで、他のクラスでは病院送りになっている生徒もいると聞く。
すなわち、臭いのない食物でタツキを倒すことは不可能、のはずなのだが……。
ちらりと、全員の視線がタツキに集まる。
「………………」
「………………」
「………………」
何度見てもタツキは白目をむいてぶっ倒れていた。
「(嘘だって言ってくれよシェーレぇっ!)」
「(私だって、信じられないわよっ……!)」
「あの……」
声をかけてきたミアの方を見るオレたちの目は、たぶん、怯えていたと思う。
「何かできないかと思って、軽食を作ってきたんです。感想を聞きたかったんですが、タツキさんは食べたら寝てしまったみたいで……」
「(どーすんだよシェーレええええええっ!)」
「(どうしてものかしらね……)」
普段なら不利な状況からだろうが即座に打開策を飛ばすシェーレも、今回ばかりはお手上げのようだった。
「(食べない、というのはミアのモチベーションの低下を招きそうね)」
「(いやしかし、食っても気絶するんじゃ感想もクソもねえぞ)」
そもそもタツキが食ってああなるものをオレたちが食って大丈夫なのかという問題もある。
と、円陣の中からユイが前へ進み出た。
「(ユイ……?)」
「(大丈夫だよ、トオル。ミアがボクたちのために作ってきてくれたものに害なんてあるわけないよ。タツキは本当に疲れて寝ちゃったのさ)」
ユイよ、タツキは白目むいてるんだぞ。
「(待てっ、ユイ!)」
「わざわざ作ってきてくれたの?」
「はい、私にできるのはこれくらいですから」
「ありがとう、いただきます」
クラスメイトたちが固唾を呑んで見守る中、ユイはミアの持つ容器から取り出したサンドイッチを口に運び……。
「………………」
ビグン! とユイの身体が上下した。食いモンを食った反応じゃないな。
「どうでしょう……?」
「お、おいしい、よ……」
そう言い残して、ユイは支えをなくした板のようにぱったりと倒れた。
「ユイイイイイイイイイッ!」
床にぶつかる前になんとかその体を支えてやる。あぶねえ。
眠るユイの表情は、とても安らかだった。これは判断に迷うぞ。
「(シェーレ、これは大丈夫なのか?)」
「(意識を失っている時点で限りなくアウトだけれど、タツキが食べている時点でセーフよ。私の魔法でも白だったわ)」
意識失ってんのに白なのか。
見たところ、容器の中にはまだサンドイッチが残っている。
「じゃあ、次はオレたちっしょ」
「………………いざゆかん」
今度はクラスメイトの三人が進み出た。
「(お前ら、正気か?)」
「(もちろんだヨ)」
「(アイドルの手料理を食えると思えばこの命も惜しくないっしょ)」
「(馬鹿、よせ)」
「(そうよ、そういう考えはやめなさい)」
珍しくシェーレも止めに入る。
「(命を散らすのはこのクエストが終わってからになさい)」
鬼か。
「(失礼ね、吸血鬼よ)」
「(だから人の心読むんじゃねえよ)」
そんなことを言い合っている間に三人はサンドイッチを手にし——
「「「ぐわああああああああっ⁈」」」
絶叫とともに床に沈んでいった。南無。
ツバサは最後に「美味かった……しょ」と言い残した。頑張ったな。
え? 支えてなんてやらないよ。もうユイで手が埋まってるしな。
しかし容器の中身も底が見えてきた。
このまま誰かが身代わり……もとい進み出てくれればオレは生き残れ——
「皆さんの分もありますから、遠慮せずに食べてください」
ミアが背後からさらに容器を見せてきた。
…………………………。
成る程、逃げ場などどこにもないということだな。
ならば潔く覚悟を決めるに限る。ここでためらってはミアが何かに気づいてしまうかもしれない。この時点で気付いてないなら大丈夫とかいうな。
オレは悲壮な決意に満ちた表情のシェーレや生き残りのクラスメイト達と頷きあい、ユイを支えているのとは反対の手でサンドイッチを手にした。やめろ震えるなオレの手!
そして——
「「「「「ぐううううううううううううううううっ!」」」」」
一斉に口をつけた途端、ほとんどのクラスメイト達が断末魔とともに地に伏した。耐えたのはオレとシェーレだけだった。それでも二人とも膝をついてしまっている。
「ぐおおおおおっ……」
「ふっ、なかなかの
「本当ですか⁈」
シェーレがまた何か変なことを言っている気がするが、ツッコミを入れる余裕なんてこれっぽっちもなかった。
なんなんだ、この衝撃は……。来ると身構えていなかったら、ユイを支えていなかったら間違いなくノックアウトされていただろう。
ドロップ飯で鍛えたオレの意をここまで追い込むとは。
「あと少し耐えなさい、トオル……」
ぶわりとシェーレから黒い靄が噴き出す。
靄はオレとシェーレの体にまとわりついて少しずつ体に溶けていった。
あ、ちょっと楽になった。
「(シェーレお前、回復魔法なんて使えたのか)」
「(初級だけだけれど、修めておいてよかったわ)」
オレはなんとか立ち上がって教室を見回した。死屍累々だった。ミアの料理は使いようによっては戦略兵器にすらなりうるなこれは。なんとしても再使用は防がなければ。
「ミア、美味かったよ、ありがとう」
「は、はいっ!」
「でもよ、これ以上ミアに負担をかけたくないんだ。さすがにこっちも悪いと思っちまう。役に立ってななんてことは全然ないからよ。飯作るのは今日で最後にしてくれ」
「す、すいません……」
「謝ることはねえって、な」
とりあえずこれで大丈夫だと思いたい。
ちなみにクラスメイト達は昼休みが終わる前にみんな目覚め、大きな後遺症もなかった。若干うなされた奴もいたらしいが。
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