2-10
そうして、オレたちの護衛クエストは幕を開けた。誰が言い始めたか、通称アイドル育成計画・防。
反対に相手方、二六八組と二五七組の討伐クエストはアイドル育成計画・攻、というらしい。
もっと過激な名称、例えばアイドル討伐作戦とかだったら、討伐側のイメージダウンが図れてこっちに有利になったかもな。もしかしたら、そういうことを恐れた二六八組達がマイルドな名前を流布したのかもしれない。
クエストが始まってから二日目以降のオレたちの行動はほぼ同じ。整備組は格納庫へ《カネガサキ》の改修に。パイロット組の大半はシュミレーター室に。こういうと昔話みたいだな。
パイロット組の大半、と言ったが、残りの連中は協力して護衛クエストに参加するクラスを探している。
が、これもなかなかうまくいかない。
オレたち五六四組は試験を受けて入学した外部組と呼ばれる生徒だ。三○一組以上のクラスが外部組になる。
それに対して三○一組未満のクラスは金を積んで入学した連中。こいつらは多少の揶揄を込めて貴族組なんて呼ばれている。中には本当にある星の貴族なんてのもいるらしい。
そして、外部組と貴族組の中は悪い。
貴族組からすればオレたちは安物のロボを使う貧乏人で、オレたち外部組からすれば貴族組は厳しい入学試験を勝ち抜けずに金を積んで入った連中、という認識になる。お互いに反目しあっているわけだ。
今回の相手も二六八組と二五七組で貴族組だし、この分だと貴族組対外部組の構図になりそうなもんだが、今回に限ってはそう簡単にはいかなかった。
今回のクエストでは、護衛側と討伐側が近い条件になるように両陣営の累計ポイントを基にしたレートが近くするようにする必要がある。
オレたちと六八組・二五七組のレートはほぼ互角。
つまり、オレたちの仲間も同じ程度のレートが必要なのだが、これが難しい。
基本的にレートは貴族組の方が上になる傾向がある。そりゃそうだ、無課金よりも課金した方が強くなる。
が、オレたちは数少ない例外だった。五六四組は運もあって、かなりのポイントを稼いでいる。
外部組にはここまで高いレートを持つクラスはほとんどいない。いないこともないんだけどな。
外部組で難しいなら、貴族組はどうか。
確かにレート的にはゴロゴロいるんだが、さっきも言ってように貴族組はオレたち外部組に対していい感情を抱いていないことが多い。
友好的な外部組はレートが足りず、レートの足りる貴族組は敵対的。
まあ、貴族組と同レートっていう条件でやり合うって時点でわかってはいたことなんだけどな。
オレたちはツテを片っ端から当たっているが、レートが足りないか、足りても保留にされるかばかり。
オレたちが協力するクラスを見つけられなかったら一対一になるかクエストそのものがなくなるか。多分前者だろうな。最悪なのは適当に選んだクラスと組まされることだけど、それはないと思いたいね。
「トオル、何ボーッとしてるっしょ」
「わり」
何て考えてたら、横のツバサに注意されてしまった。
オレは、今日は難航する協力クラス探しはせず、シュミレーター室でミアのシュミレーター指導に当たっていた。
シュミレーターってのは文字どおり、ロボ操縦のシミレーションを行うことのできる機械だ。
オレに言わせりゃ実際にロボを動かすのとはかなり感触に隔たりのある、ゲームみたいなもんだが、シュミレーターから得られる経験というものも決して馬鹿にはできない。動くのは仮想空間のデータだから機体も壊さないし、いろんな機体の特徴なんか知れるしな。
あー、シュミレーターで《カネガサキ》に乗っておけばよかった。そうすりゃ《エンリャクジ》をぶっ壊してシェーレにネチネチ嫌味を言われずに済んだってのに。
クラスメイトのブラットが言っていた通り、ミアは移動・射撃・格闘の基本はできていた。——的が動いていなければ。
的が動くともうダメ。自機も動かしながらとなるともっとダメ。
射撃装備は当たらなくなるし、近接格闘のチョイスはめちゃめちゃになる。……射撃装備に関してはオレも人のことは言えない。ほんと、みんなよく当てられるよな。
オレもへっぽこな時代ってのはあったから、ミアがどんなことを考えて機体を操縦しているかはわかる。
これ! って思ってしまうと、思考が固定されちゃうんだよな。
この格闘を仕掛けよう! と思ってしまうとそのことしか考えられなくなってとにかく接近して格闘を仕掛けようとしてしまう。そこで相手が下がったら射撃に切り替えるだとか、相手も格闘を仕掛けてくるようならそれを見極めつつこちらも適切な格闘モーションを選ばないといけないんだけどな。難しいよな、本当。
モニタに表示される、ミアの操縦する黒い機体、六六式機工鎧 《ノブナガ》の動きを見つつ——《カネガサキ》のデータもシュミレーターには入っているが、最初はオーソドックスな機体で基礎を固めた方がいいだろうという判断だ——オレはツバサと話し合う。
「初々しさ全開っしょ」
「ファンならこういうのも好意的に受け入れられるのかね」
「かもしれないっしょ。けど、今回はそれじゃまずい」
「ちげえねえ。ミア!」
「は、はいっ!」
ミアが返事をすると《ノブナガ》の動きが止まる。あ、攻撃くらった。
「ああっ!」
「機体動かしながら他の仲間の機体と回線で会話して連携取るってのも大事なスキルだから、人の声聞きながら機体動かせるようになっていこうな」
「はい……」
「そんな暗い顔しなくても、パイロットならほとんどの奴が通る道っしょ」
「うう……」
こりゃ、いっぱいいっぱいって感じだな。一気にいろいろ言いすぎるとパンクするかもしれない。
「さてどうするよツバサ、オレの見立てじゃ格闘を使えるようにするのは時間がかかるぜ」
「確かに、射撃の方がなんとかなりそうっしょ」
射撃は動く的に対しても、ある程度管制システムが補正を加えるから難易度は低いんだよな。
近接格闘にも補正機能はあるんだけども、状況の認識から補正をかけるまでわずかにタイムラグが生まれてしまって、そこがショートレンジの戦闘だと命取りになるんだよな。
「じゃー、とりあえず射撃か。頼んだぜお前ら」
オレは射撃に関しては何も言えん。射撃管制の入ってない機体に乗ってるからな。仕方ないな。
「まずは落ち着くことっしょ。慌てて操縦桿を動かすと、思っている以上に動いてしまうっしょ。それからやたらめったら——」
幸い、ミアの飲み込みは早く、クラスメイトたちのアドバイスを受けて射撃は見ることができるようになってきた。シュミレーターのNPCは接近して格闘もしてくるので、そうなったらやられがちだけどな。
「お疲れさん、ミア。今日はこれくらいにしておこうぜ」
ちょうど被撃墜が二十を数えたところで、オレは声をかけた。もういい時間だ。
ミアはさすがに疲れた様子でシュミレーターから出てくる。
「うう……やっぱり近づかれるとやられてしまいます」
「敵をよく見ないで適当に格闘を振り回してるだろ、射撃の時はよく動きを見れるようになってきてるんだから、接近されても同じように、慌てないよう心がけることだ」
「はい」
「射撃は上手くなってきてるっしょ。さ、教室に戻る戻る」
クラスメイトたちとともにシュミレーター室を出て教室に向かう。
その間にも、ミアは今日の振り返りをしきりにクラスメイトたちに聞いていた。この分なら伸び代はまだまだあるね。
「…………………………」
そこでオレは足を止めた。
「わり、トイレ行ってから戻るわ。先行っててくれ」
「了解っしょ」
踵を返したオレは、クラスメイトたちの気配が遠ざかるのを待ってから門の向こうに声をかけた。
「出てこいよ」
姿を見せたのは、黒い髪を腰まで伸ばした物静かな感じの女子生徒だった。見たことねえな。
「後ろでコソコソしてたわりには素直に出てくるんだな」
てっきり何か嗅ぎ回ってるんだと思ったんだが、違ったらしい。
「貴方にお話があって参りました」
「つまり、他の連中には聞かれたくないってことか」
「はい、特にカンベさんには」
そこまで聞いて、オレは不機嫌になった。ミアに聞かせたくない話って時点で、もうどんな内容か予想はついてしまう。
「今回のクエスト、討伐側に勝ちを譲っていただきたいのです。もちろん、相当のポイントをお渡しします。秘密裏になりますが」
オレは失笑を禁じえなかった。そのつもりがあるんなら、そもそも最初の時点でミアを助けはしなかっただろう。
これで相手が男だったら、おととい来やがれとぶん殴ってやったんだけどな。さすがに女子に手をあげるのは気がひける。
「飲むと思うか?」
「いいえ、全く」
女子生徒はきっぱりそういったので、オレは面食らってしまった。
「なのに来たのか?」
「ポイントを積んでもダメだということがわからない人たちもいまして」
「二六八組の連中か」
「正確にはその後ろにいるアイドル事務所ですね」
ペラペラ喋る女子生徒に、オレはさすがに呆れを隠せなくなってしまった。
「ずいぶんいろいろ話すんだな」
「多少ならまだしも、ここまで露骨なダンジョン外戦術を使う陣営を好きにはなれません。私は討伐側クラスのすぐ近くにいるというわけではありませんが、それでも貴方がたよりは情報を集めやすいと思います。で、ですので——」
女子生徒はなぜかそこで言い淀み、うつむく。
「ですので、連絡先を教えていただけませんか? 何か動きがあればお伝えします」
「え、まじで?」
予想もしなかった申し出だ。
「はい、最初はこの役目だけ果たしてあとは傍観していようかとも思ったのですが、ここまで卑怯な手を使う討伐側に買って欲しくはありません」
「そう言ってくれるとありがたいね」
オレと女子生徒は互いの携帯を出して連絡先を交換した。
「オレは五六四組のスワ・トオルだ。よろしくな」
「二七九組のアベ・サヤカです。何か以後気があれば連絡します」
「頼む」
サヤカと反対方向、教室の方へとオレは歩いていく。さっきのやり取りから考えるに、八百長を持ちかけられたのはオレだけじゃあないだろう。早めに確認しておかねえとな。
教室に着くと、ちょうどミアがマネージャーの女性と帰るところだった。
「お疲れ様ですトオルさん」
「おう、お疲れ。また明日な」
オレはミアが見えなくなるまで見送ってから、教室の中に入った。
「ずいぶんと熱心に見送るのね、トオル」
「ミアの前じゃ話せねえ事があってな」
オレは一度教室を見回した。
「先生怒らないから素直に手を上げなさい、八百長を持ちかけられたやつはいるか?」
すると、一人が手を上げたのを皮切りに、結構な人数が手を上げた。半分くらいか。表情を見るに、心が揺らいだ奴もいたみたいだ。
「つまんねえ揺さぶりにはひっかかんねえようにしようぜ。これで八百長に乗ってみろ、卑怯な手を使ってくる討伐組と同じになっちまうぞ」
「その通りよ、まだ接触のないみんなも、気をつけて頂戴」
「おいシェーレ」
「何かしら、トオル」
「お前何でそんなに汗かいてんだ」
シェーレの顔は表情こそクールなままだったが、汗びっしょりになっていた。ここまでくると逆に器用だな。
「気にしないで頂戴、少し暑いだけよ」
「さっきまで汗ひとつ書いてなかったヨ!」
相当揺さぶられたらしいな。
「そんなにポイント積まれたのか」
「あれだけあればポイント不足で断念した改造ができたのよ……」
「………………乗るなよ」
「乗るわけないでしょう。そもそも、八百長の見返りとなったら、ポイントの譲渡は秘密裏に行われるはずよ。証拠の残せない取引の約束なんて、向こうが知らないと言えばそれまでよ。リスクが大きすぎるわ」
「それにしちゃ汗だくっしょ」
「それを加味しても魅力的なポイントだったと思って頂戴。こんなことをみんなに聞いたということは、あなたのところにも話があったということね?」
「おう」
「乗ってはいないでしょうね」
どの口が言いやがる。
「当たり前だ。ついでに収穫もあったぜ」
そこでオレは協力者となったサヤカの話を展開した。
「少しでも相手の出方を知れるのはいいだろ。オレたちよりはよっぽど情報を集めやすいはずだ」
「トオル、悪い言い方になるけれど、それは信用できるのかしら?」
それはオレも考えた。偽の情報を流すことでオレたちを撹乱しようとしているんじゃないかってな。
「それならそれだな。偽の情報を流してくるんなら、そうするだけの理由があるはずだ。信用できないとなればその情報の裏をつけばいい。できるだろう、シェーレ」
「そういう、試すような言い方は感心しないわねトオル。でも確かに、そういう考え方もできるわね。とにかく、情報を鵜呑みにするのは避けましょう」
「それにあくまでオレの感触だけどな、あれは信用できるぜ」
「そう、参考にしておくわ」
「ねえ、トオル」
「なんだユイ、なんだその目は」
そこで、ユイがオレに話しかけてきた。ジトーっとした目を向けてくる。
「その人、女の人?」
「ん? おう」
なんでそんなこと聞くんだ?
「ふーん」
「ユイ? なんか、怒ってないか?」
「怒ってないよー」
怒ってるよ。
しかしオレが何を聞いてもユイは「ふーん」とかそんな反応しか返してくれないのだった。なんなんじゃ。
「それとトオル」
「んだよシェーレ」
「射撃管制の有無なんて関係ないくらい、あなたの射撃の腕は絶望的よ」
「人の心読んだ上にずいぶん前の話持ち出すなよ」
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