2-9

「さてミア、早速だけれどロボの基礎について教えていくわ」

 広い格納庫の中で、シェーレの声が反響することなく空気を揺らす。

「これはロボだけでなく多くの機械に当てはまることなのだけれど、いきなり機器を全力で稼働させると各部に強いストレスがかかるわ」

「あの……シェーレさん」

 ミアの声からは、強い不安が見え隠れしていた。

 だが、それはこれから教授される知識を自分のものにできるだろうかという類のものではない。

「何かしら」

「その……いくらなんでもやりすぎじゃないんですか?」

「大丈夫だよ、ミア。このくらい罰にもならないから」

 そう答えたのはユイ。

 その顔は一見、笑っているように見える。

「大丈夫なわけ、あるか……」

 オレは低く呻いた。

「話を戻すわ。ロボは本来いきなり高負荷をかけずに少しずつ慣らし運転をする必要があるの。暖機運転とも言うわね」

「こんな風に少しずつのせていくんだよ」

 ユイが重石をのせる。

「大丈夫なわけあるかああああああああっ!」

 石畳に正座させられているオレの膝の上に。

「うるさいわねトオル、少し黙っていなさい」

「黙ってられるか! なんでオレがこんな目に遭ってんだ⁈」

 オレには悲鳴をあげる権利もないと⁈

 学校で使っているロボは、安全関係の装置に不具合が確認されるとすぐさま強制帰還が入るように設定されている。ちなみにそうして強制帰還が入っても、偶発故障ならポイントは変動しない。故意ならもちろんアウト、非常に危険な行為として普通に強制帰還が入るとき以上にポイントを引かれる。

 ろくにダメージをもらってないってのに《カネガサキ》に強制帰還が入ったもんだから、安全装置が故障したんだろうと点検をしようとしたら、あれよあれよと言う間にシェーレ達に拘束されて石畳の上に正座させられた上にひざには重石である。

「膝痛いんですけど!」

「あなたが慣らし運転をしなかったから、こうしてミアに良い例を見せているのよ」

「大変教育にはよろしくない光景なんですけどねえ⁈」

 強制帰還でなく普通にダンジョンから戻ってきたパイオロット組たちも笑いながら事の成り行きを見守っていた。他人事だと思って良い気なもんだちくしょうめ。

「つか、慣らし運転慣らしたぞ。当たり前だろうが」

《カネガサキ》はすでにミアによって動かされていたが、本格的な戦闘機動を取っているかは怪しかったので念のため慣らしはしたんだが。

「そうね、《カネガサキ》本体に関してはしたんでしょうね」

「本……体………………?」

 その言い方に、オレはとても嫌な感覚を味わった。

「ま……さか」

「そのまさかだよ、トオル」

 ユイはまた一つ重石を追加する。いたい。

「《エンリャクジ》は高密度のフォルクス粒子を撃ち出す繊細な装備なんだよ。その上近接装備としても使える関係上、同口径の装備と比べてさらに複雑な構造をしているんだ。それを慣らしもしないで、一射で強制帰還が入るような粒子量を撃ったらどんなことになるか……」

「ちょ、ちょっと待てユイ」

 オレは慌ててユイの言葉を遮った。ユイもオレが何を言おうとしているかはわかるようで、質問を持ってくれる。

「一射で強制帰還? そんなことあるのかよ」

「現に《カネガサキ》は強制帰還になっているわよ、トオル」

「いやだから、安全装置に不具合があったんじゃねえの?」

「フォルクス粒子の残量、半分を切っていたわ」

 まじか。

 安全装置の故障とばかり思ってたから、フォルクス粒子量なんて確認してなかった。

「だけど、《エンリャクジ》はすぐに粒子量を使い切るとはいえ複数射できたはずだぞ」

「私たちも《カネガサキ》の詳細なスペックについて調べなおしてみたの」

「さすがにあんまり見ない機体だから誰も詳しく知らなくってね。そしたら、ね」

 シェーレとユイの顔は苦り切っていた。

「確かに、《エンリャクジ》はカタログスペック上、複数射できるようになっていたわ」

「じゃあなんだ、故障か?」

 その割には普通に撃ててた気がするんだけどな。

「フォオルクス粒子をフルチャージした状態で二発撃てるんだって」

「それは複数射できるって言わねえ!」

 なんつうピーキーな設定だ。

 しかもカタログスペック上ってことは、下手したら実際はフルチャージの状態でも二発撃てないかもしれないんじゃね?

 どっちにしろ、継戦能力には難がありすぎだけどな。どんなに高威力でも、今回くらいの規模の戦闘ならせめて十発は撃ちたいところだってのに。

「《エンリャクジ》は砲口のコイルが焼損しちゃったよ。なんで慣らさなかったのさ」

 ユイがまた重石をのせてくる。いたいって。

「慣らしが必要な装備があるなんて知らなかったんだ……」

「なら、覚えておきなさい。高出力の射撃装備は可能なら最高出力の十分の一から始めて、少しずつ出力を上げていくものよ」

「それ、戦闘中にやんないといけないのか?」

「一度慣らせば一日くらいなら大丈夫よ」

「覚えておくよ」

 そんな高出力の射撃装備、使ったことなかったんだよ。

「ミアも心配そうにしていることだし、茶番はここまでにしましょうか」

 シェーレがオレの背後に回り両腕の戒めを解く。

「よっ、と」

 オレは目と同じ高さまで積まれていた重石をどかして立ち上がる。

「ってー。足しびれちまったじゃねえかよ……どうしたミア」

 オレが足をさすっていると、ミアはぽかーんとした顔でこちらを見ていた。なんか変なことしたか?

「わかってもらえたかしら、ミア。この男はあれでも足がしびれたで済むのよ」

 他のクラスメイト達もうんうん頷いている。なんだってんだ。

「どうかな、ミア。ボクたちのクラスはこんな感じだけど、これから二週間やっていけそう?」

「はい……なんとか」とミアが答えるまでには数秒を必要とした。

「その、私にも、慣らし運転が必要みたいです。いきなりいろいろあると、混乱しちゃうので」

「なら、そういうところも鍛えていかないといけないわね。この程度で混乱していてはもたないわよ」

 シェーレは柔らかく笑った。

「今日のところはこのくらいにしておきましょう、ミア。ゆっくり休んで頂戴。あなた、どこかに家を借りているのかしら?」

「いえ、ホテルに泊まっています。ではみなさん、これから宜しくお願いします。お疲れ様でした」

 最後にもう一度頭を深く下げたミアはクラスメイト達の「「「お疲れー」」の合唱を受けつつマネージャーさんと共に格納庫から出て行った。

「さて」

 そして——

「処刑を、始めましょうか」

 そして全てが終わり、全てが始まった。

 ミアがいなくなった途端、格納庫の空気が塗り替えられる。

 やばい。

「おい、シェーレ、なんのつもりだ。《エンリャクジ》をぶっ壊した罰は終わっただろ?」

「そうね、確かに終わったわね、茶番は」

 ぞっと。

 悪寒が、走った。

 今までのそれは茶番だったとシェーレは言っている。つまり、本番はここから始まるということか。

「慣らし運転は、人にも必要よ。いきなりミアにこんなシーンを見せるわけにはいかないもの」

「驚いたな、そんな人間らしい感情があったのかよ。なら止めてくれ」

「却下よ」

 そう言う間にも、シェーレ達整備組はジリジリと包囲を狭めてくる。

 そんな異様な雰囲気の中でもひときわ異彩を放つの、小さな姿。

「せっかくどんな改造をしようか考えてたのに、トオルのせいでいきなり躓いちゃったよ」

 そのあまりのオーラに、怒り心頭のはずの整備組たちもそこからは距離をとっていた。

「おいユイ、手に持ってるそれはなんだ」

「え? やだなあトオル、見てわかるでしょ。ヤスリだよ」

 うちの整備員の猟奇性が上がっている件。

「仕上げ用のペーパーもあるよ」

 しかし仕事は丁寧な件。

 開演が間近に迫ったショーを前に笑っているのは、客席から高みの見物を決め込むパイロット組だ。

 ふ、バカどもめ。

「さあ、慣らしなしで《エンリャクジ》を撃たせてしまうようなバカなパイロットは、全員処刑しましょうか」

 その一言で、客席の連中も問答無用で舞台のど真ん中に放り込まれた。

 オレを含め、パイロット組が整備組の包囲の中央で団子になる。

 バカどもめ、お前らも囲まれてたんだよ。

「オレらは無罪っしょおっ!」

 包囲の中心でツバサが叫ぶ。

「あなたたち誰かの中で一人でも、一人でも気づけば、こんなことにはならなかったのよ……」

「くっ……こうなってしまってはオレたちに残された道はただ一つっしょ……!」

「そうだな、なんとか逃げて——」

 ばばっと。

 ツバサたちは全員、見事な土下座を決めていた。

「手加減してくれっしょおっ!」

「おいい! 諦めんなよおっ!」

「………………勘違いするな、トオル」

 クラスメイトの一人がキリッとした顔で言う。

 ただし土下座してるので、逆に絵面はシュールだ。

「オレたちは決して生存を諦めてはいないヨ」

「だいぶ目標が低いなおい」

 そこは大怪我で済むとかにしねえのか。

「そう、これも戦術の一つ。故障前に部品を交換する予防保全っしょ」

「おかしいなツバサ、連中の怒りが全く収まってないぞ」

「そんなことはねえっしょおっ!」

 不安を振り払うようにツバサは叫ぶ。

 そして——


「「「「「ぎゃあああああああああああっ!!!!!!」」」」」


「いてえ……いてえよう……」

「悪かっ、オレが悪かった……だから……うわああああっ!」

「ふふふ……ふふふふふ………………」

「ま、ユイ、待て! 待てって痛えええええっ!」


 ショーの幕が下りるときには、パイロット組は地面に沈められていた。

「で、《カネガサキ》に乗った感想は?」

 仰向けにぶっ倒れるオレを見下ろして、シェーレは聞いてくる。

「重い、鈍い。戦闘時に切れる手札が少ない。おまけに唯一の手札があれだ。改修は必須だな」

「私たちも改修案はいくつか出したけれど、《エンリャクジ》の方は捨てるしかなさそうね」

「けっ」

 チクチク刺してきやがって。

 しかも妙に声が大きい。格納庫の外にいても聞こえるんじゃねえかこれ。

「他には何かあるかしら」

「機体のバランスが悪い。《エンリャクジ》の重量を考えて機体と制御に手を入れてるんじゃいなのか?」

「制御面はもちろん修正されているわ。けれど、機体の基本フレームは他の六六式からほとんど変わっていなかったわね」

「フレームはほとんど変えないことで生産性と整備性を上げるのが、キョウサン重工製のロボの特徴だからね」

 道理で動きにくいわけだ。

「じゃあせめて《エンリャクジ》のマウント位置は右背部から中央に変えたいとこだな。射撃姿勢はどうしようもねえけど」

「もう使えないけれどね」

 もうたじろがねえぞ。そもそもあの火力を維持できねえんなら元々 《エンリャクジ》は使えないようなもんだ。

 それにしたって砲身を全損したとかならまだしも、砲口のコイルが焼損しただけならまだ使えそうな気がするんだがなあ。

「ブラット、ミアの操縦スキルはどうかしら」

「んー、そうだなー」と、ミアのシュミレーターに付き合っていたブラットがわずかに視線を上げる。

「良くも悪くもー、普通だなー。基本的な機動はー、まあできていたがー戦闘に関する行動の応用ー、例えばー動いている的に射撃を当てたりー適切な近接格闘を仕掛けるとかはーまだまだだなー。おそらくー、クラス間戦争ではー集中的に狙われるだろうしー、あのまま戦闘はー、無理だなー」

「あ、そうだシェーレ、《カネガサキ》の格闘モーション少なすぎだ。モーション数一桁なんて初めてみたぜ。せめて百個は入れといてくれ」

「そこは近接戦闘特化のロボに乗るあなたの基準で話さないで頂戴。あまりにモーションが多すぎても普通の人間には使いこなせないし、逆に混乱しかねないわ。ツバサ」

「百は言い過ぎだけど、《カネガサキ》の格闘モーションが極端に少ないのは事実っしょ。あれじゃあ懐に入り込まれただけで詰む」

 百ってそんなに多いかあ?

「他のクラスの妨害については、私の考えが甘かったようね。申し訳ないわ」

「それにしては制裁がえげつなかった気がするんですがね」

「それとこれとは話が別よ」

 シェーレの端正な顔に幽かな怒りが戻ってきてオレは焦ったが、幸いすぐに引っ込む。

「これからは可能な限りダンジョンへの出撃は控えましょう。パイロット組にはミアを鍛えつつ、協力するクラスを探してもらうことになるわね」

「ボクたちは明日から《カネガサキ》の改造を始めるよ。《エンリャクジ》をどうするかはまだ不透明だけど、そこ以外にも手を入れないといけないところはたくさんあるからね」

 そんなこんなで話し合いは一旦終わり、クラスメイトたちは各々の作業を始めるために散り散りになり始めた。


「しかしよシェーレ」

「何かしら、トオル」

「オレと一緒に出撃したはずのタツキは無傷なんだが」

「タツキに慣らし運転のことなんてわからないでしょう。それに攻撃すると、何で攻撃されたかわからないって、純粋な目で見つめてくるのよ。さすがに心が痛むわ」

「驚いたな、そんな人間らしい感情があったのかよ」

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