2-8

 格納庫へ降りてきたオレたちパイロット組は一人をのぞいて各々の機体の方へと歩いていく。例外の一人はもちろんオレのことだ。

 オレは相棒 《ツワモノ》の対面に立つ黒い機体、《カネガサキ》を見上げる。

 どちらかというと明るいカラーリングのシクシリーズばかりのうちの格納庫の中では、その姿は禍々しくも見えた。

「短い間だが、よろしくな」

 黒い装甲をコツンと叩いて、オレはコックピットに入った。最新鋭の六六式だけあって、コックピットの中、コンソールをはじめとした機器類はシクのものに比べてかなり洗練されている。

 オレは少し黒ずんだ犬のストラップのついた起動キーを回し、起動ボタンを押し込んだ。

 押し込み続けてきっかり3秒後、どごん、と控えめな振動とともに機体に火が灯り、ぶうんと細かい振動が操縦桿を通じて伝わってきた。

『トオル、まだか』

「ちょっと待てよ。起動シーケンスがよくわかんねえ。六六式なんてほとんど乗ったことねえんだよ」

《ツワモノ》に乗ってる時は息するみたいに自然にできるんだが。《ノブナガ》この間乗ったんだけど、あれはシーケンス完了してたからなあ。えっと、ここの確認して、ここの数値設定して……よし、準備完了。

「待たせたな野郎ども! オレは《カネガサキ》で行く!」

『よしでは行くぞ。我が一番だ!』

「待て待て待てタツキ!」

『勝手に転移しようとするなっしょ!』

 全員で転移装置を動かそうとするタツキの《マダラ》を止める。

『むー? なんだトオル』

「今日は適当に転移しちゃダメなんだよ」

 いつもは大体の深さがあってればいいからここまで強く止めたりはしないんだが、今回はそうはいかない。潜る場所を指定してしまっているので、そこ以外には行くわけにはいかない。さすがにクラス間戦争しないでクエスト失敗ってのは避けないとな。シェーレに何されるかわからん。

「今日は九十七層に行くんだよ。いいなタツキ」

『……うむ』

 頼むぜ本当。

 改めて転移装置を起動させると、機体がまばゆい光に包まれ、一瞬視界がホワイトアウトした。


 転移先の九十七層には、他のクラスの機体は見当たらなかった。前もってここに行くとオレたちが言ったから誰もいないのは当然なんだが、それでなくとも誰かいたかは疑問だ。

 百層未満の階層は出現するモンスターも弱すぎて報酬に旨みがなく、今や見向きもされないようなところだ。

 全員の転移を確認してから、オレたちはモンスターを探すために移動を始める。

『いやーしかし、可愛かったしょ』

「だなー。結構そわそわしたぜ」

 ミアに《カネガサキ》の説明をしている間、ずっと気が気じゃなかった。こう、気を使うっていうかな。オレがツバサを呼んで二人で説明したのは一人だと気恥ずかしかったってのも理由の一つだ。

 あとは——

「なあツバサ」

『どうしたっしょ』

「なんか、ぞわぞわするんだよ」

『気のせいだと思いたいっしょ』

 あとは、向けられる殺気を分散するため、かな。

 もうね、さっきからビシビシ殺気が飛んでくるの。味方のはずなのに。

 嫉妬か。嫉妬だな、くそ。

「おいお前ら、なんでオレたちを囲んでんだ」

『んー? DEWACSを守るために周りに付くのは当然だヨ』

「じゃあオレは前に出るかな」

『おいトオル、裏切るなっしょ』

 ツバサを無視してオレは前に出ようとしたが、完全に囲まれている。攻撃してこねえだろうな。

『………………随分と楽しそうにしていた』

「やめとけ、《カネガサキ》とDEWACSだぞ。下手に壊してみろ、修理工数がえぐいことになる」

 そうなればユイ主演の殺戮ショーの幕開けだ。

 オレが正論で不満を押しとどめにかかると、クラス回線に陰湿な舌打ちがいくつか重なった。

「これから二週間あるんだから、話す機会くらいいくらでもあるだろうがよ」

『………………そういう問題ではない』

『どうしてお前ばっかりって話だヨ!』

「は?」

 何言ってるんだこいつら。

「おいツバサ」

『あー、なるほど。オレからはノーコメントっしょ』

「なんだそりゃ」

『ほらトオル、左っしょ』

 ツバサにそう言われて左方向に《カネガサキ》の頭部メインカメラを向けると、白い蟻型のモンスターがいた。インセクト級の一種だ。

「うし、行ってみるか」

《マダラ》で突撃しようとするタツキを抑えて、オレは《カネガサキ》を前進させた。こちらに気づいたインセクト級も、カサカサと六本の脚を動かして接近してくる。

「ほっ」

 タイミングを合わせて、ちょうどサッカーボールを蹴るように《カネガサキ》を動かす。

 綺麗にキックは入り、インセクト級はわずかなドロップアイテムとともに消失した。

『おー、綺麗なモーションでしょ』

『………………負荷が少なそうだ』

「そうだけどよ、モーション少なすぎるな。これしかねえぞキックのモーション」

 ロボというものは、思ったよりも自由自在に動かせるものではない。

 いや、正確には自在に動かせるんだが、そういう指示は操作が複雑になりすぎて戦闘はとてもじゃないができない。なので、ロボは基本的に入力されたモーションを実行する。

 例えば射撃装備なら装備を構えて撃つ。撃つ時のモーションなんてそう種類は必要ない。目標に合わせてオートで位置を修正するくらいはできるしな。だが、格闘戦になると話は別だ。

 例えば剣の場合を考える。剣にはいろいろな使い方がある。上から振り下ろす、下からすくい上げる、横に薙ぎはらう、突きだす、などなど。

 こういった格闘用モーションがロボには何種類か入力されているわけだ。戦闘中にパイロットはそれを選んで格闘戦をしている。つまり、入力されているモーションの数は格闘戦の能力に直結する重要な要素だ。

「《ツワモノ》なら蹴りのモーションだけでも十種類はあるんだけどなあ」

『それは《ツワモノ》が格闘戦に特化してるからっしょ』

『………………それでも、一つは少ない』

『確かに、普通は射撃戦特化の機体でも、もう少しあるヨ』

 なんて意見交換していると、二体目のインセクト級が現れた。

 よし、次はあれを試してみるか。

 オレの操作に応じて、《カネガサキ》が右背部にマウントされた巨大な筒状の装備を右脇に抱え込む。その筒の先端からブウン、と長いフォルクス粒子の刃が形成された。

「長え」

《カネガサキ》の唯一の装備、《エンリャクジ》から生成されたピンク色の粒子束の長さは《カネガサキ》本体にも迫るものだった。しかも長いだけじゃなくて太い。

 本来粒子を撃ち出す射撃装備に比べて粒子を保持・固定するフォルクスブレイドなどの装備は粒子消費量が少ないもんだが、全く消費しないわけじゃない。このサイズの刃を維持するとなるとかなりフォルクス粒子を食うな。

「燃費悪いなー」

《エンリャクジ》から形成されたフォルクス粒子の刃、その先端部分に突っ込んできたインセクト級は一瞬で消えていった。オレはその刃を形成したままブンブン《エンリャクジ》を振ってから、刃の部分を消して右背部に戻す。

「重いなー、これ。結構振り回される感じがある。乱戦じゃあとてもじゃないが使えねえな」

『トオルがそう言うんなら相当だヨ』

『………………素人には厳しそう』

「どうフォローするかだよな。格闘戦はしなくてもいいように味方で囲むか……いや、やめたほうがいいな」

 自分で言っておいてなんだが、かなりリスキーだろう。相手だって《カネガサキ》がどんな機体かくらいは調べてくるだろう。弱点丸出しのままの運用は避けるべきだな。

 まだ試せることは残ってるが、シェーレがオレに調べてほしかっただろう機体の操作感はわかったし、一回戻るか、なんて思った時だった。

『あちゃー』

 と言う声がオレの耳に届いた。

「どうしたツバサ」

『いや、感心してたっしょ。ここまでの嫌がらせもするんだなーって』

「あ?」

『前方からっしょ』

 ツバサがそう言うと、ドドドドド……と音がし始めた。

 これはクラス回線からのものじゃない。機体外部の集音器が拾っているものだ。

 音はどんどん大きくなり、《カネガサキ》のカメラもそれを捉えた。

「マジか……」

 それは、地響きを立てるほどのモンスターの群れだった。白い暴威はぐんぐんこちらぐんぐん迫ってきている。

「トレインしやがったな」

 モンスターの注意を引いて集めてから他の機体になすりつける、ダンジョン内の迷惑行為の一つだ。なるほどな、手の込んだ嫌がらせだ。あの数をトレインするのはさぞ面倒だっただろうよ。

『撤退は、間に合わなそうっしょ』

『転移装置まで距離がありすぎるヨ』

 モンスターの密度が低いせいで、かなり移動したからなあ。

「迎撃するしかないか」

『………………ホッピングスパイダーがいる』

 モンスターの群れはほとんどがインセクト級だが、その中にはホッピングスパウダーがかなりの数いた。単体では大した脅威ではないが、群れて糸を吐かれると機体の動きが大きく制限されて危険なモンスターだ。百層未満で機体に強制帰還が入った例ではホッピングスパイダーの群れに遭遇したり、巣に入ってしまったりしたパターンも多い。

「じゃ、こいつの出番だな!」

 オレは自信満々に言い、再度 《カネガサキ》の右背部にマウントされた《エンリャクジ》を右脇に抱えさせた。

「大砲を見せてやるぜ」

《エンリャクジ》の火力ならあの群れも一撃で薙ぎ払うことができる。

 これが最良の手だと思ったんだが、クラスメイトたちの反応は微妙だった。

『不安しかないヨ』

『………………撃つのは、トオルか』

「なんだよお前ら!《カネガサキ》には《ツワモノ》とちがって射撃管制があるんだぞ! 目標をセンターに入れてスイッチだ! できるわ! タツキ!」

『なんだ、トオル?』

「目標をセンターに入れるの手伝ってくれ」


『『『『『できると言ったそばからそれかー!』』』』』


 なんかうるさいけど聞こえませーん。

 べ、別に射撃が苦手なわけじゃねーし《エンリャクジ》の発射の反動が大きくて照準がずれるかもしれないから念のためってだけだし。

 タツキの《マダラ》が《カネガサキ》の右に立ち、《エンリャクジ》を一緒に持つ。

『こんなものでどうだ』

『なんか、ケーキ入刀みたいっしょ』

『初めての共同作業ってやつだヨ』

『………………タツキと、共同作業……許さん……』

 なんか殺気がするぅ⁈

 気のせいだよね⁈ 気のせいだよね⁈

「よ、よーし、いくぜ、発射あっ!」

 オレが操縦桿の射撃トリガーを押すと、《エンリャクジ》の砲口からオレが今まで見たどんな射撃装備よりも太いフォルクス粒子の光が撃ち出され、《エンリャクジ》の砲身から大量の白い煙が放出される。

 そして——


「は?」


 煙が晴れると、《カネガサキ》は格納庫に転移していた。《カネガサキ》の足元にはでかでかとペンキで《危険! 強制帰還エリア! ロボが転移してきます!》の表記。


「……は?」


《カネガサキ》は強制帰還していた。


 なんで?

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