2-7
「二週間後、クラス間戦争をするわ」
学年主任のとこへ事情を聴きに行っていたシェーレと、途中で呼び出されてどこかへ行っていたミアが帰ってくる頃には、オレたちの《カネガサキ》鑑賞会は一通り終わっていた。ユイはまだ見たそうにしてたが。
で、戻ってきて教室に移動してから開口一番これである。
「クラス間戦争当日まではクエストの受注は最低限にするわ。パイロット組は機体の損傷を最低限にするように心がけて頂戴。それから——」
「待て待て待てシェーレ」
矢継ぎ早に指示を飛ばそうとするシェーレを止める。
「何かしら、トオル」
「いや、もっとこう、あるだろう。いきなりクラス間戦争って言われてもよ」
「必要な情報は伝えたはずよ。あなたのやるべきことは何?」
「相手をぶっ飛ばす」
「わかっているようで何よりよ。じゃあ——」
「だから待てって。相手はどこだ。何でそんなことになった」
「仕方ないわね、順に説明するわよ——」
「——以上よ。わかったかしら」
「とにかく、あれだ、相手をぶっ飛ばせばいいんだな」
「理解してもらえたようで何よりよ」
シェーレの顔に青筋が浮かんでいる。いや、わかったぞ?
「護衛クエストか。そうなると——」
クラス中の視線が一転に集まる。その先にいるのは長髪の女子。
シェーレ、ユイ、タツキと三人も女子がいるこのクラスでなかったら相当目立つだろう。いや、現時点でも非常に目立っている。それくらい可愛い。うちの学校にはそもそも女子が少ないからな。正直うちのクラスでも過ぎた花だ。三人が可愛くないってわけじゃない。三人にはあるロボの匂いがしないんだよな。それで余計に違和感がある。
彼女、ミアは勢いよく頭を下げた。
「私、まだ操縦もうまくないですし、ロボのことも全然知らないですけど、頑張りますので、よろしくお願いします!」
まだ緊張してるな。無理もないか。
「やる気があるのはいいよな。でもよ……」
「で、でも?」
頭を上げたミアが不安げな顔で首をかしげる。
教室の中でオレの言いたいことを理解していないのは彼女と彼女のマネージャーだけだろう。
「?」
嘘ついたタツキもわかってない。
そう、でも、だ。
「そうね、でも……」
「うん、そうだよね」
「言いたいことはわかるっしょ」
「………………だがしかし」
「「「「「《カネガサキ》かあ……」」」」」
クラスメイトの声が重なる。そう、ミアの乗る機体はあの六六式機構鎧特火型 《カネガサキ》なのだ。
「シェーレ、二週間はきつくないか」
「言わないで頂戴」
「え、えっと……?」
オレたちの懸念がわかっていないミアは教室を見回している。
「やるべきことを整理するわよ。①ミアの操縦スキル向上 ②《カネガサキ》の改修 ③共同戦線を張るクラスの確保。これは最低でも一クラス必要よ」
シェーレが言う。オレができるのは①くらいかね。
「トオル、あなたミアに《カネガサキ》の特徴について説明しておいて頂戴。その後 《カネガサキ》に乗ってダンジョンに潜って。実際に動かした意見を聞きたいわ。ブラット、トオルの説明が終わったら、あなたミアのシュミレーターに付き合ってあげて。操縦スキルの程度を知りたいわ」
「りょうかいだー」
「オレが説明? お前がすりゃいいだろシェーレ」
シェーレは少し苦い顔になった。
「私やユイの説明は、ほら、少し、あれでしょう?」
「あー」
オレを含め、クラスの半分くらいが頷いた。残り半分はシェーレと同じ苦い顔だ。
「ロボの説明するのときのお前、早口になって気持ち悪いよな」
「勘違いしないで頂戴、少しだけ聞き取りにくくなるだけよ。とっととなさい、私はユイ達と改修の方針を話し合うわ」
シェーレの体はウズウズしていた。語りたくてしょうがないらしい。《カネガサキ》は珍しい機体だしな。なまじ知識がある分、一回始まるとシェーレの話終わらないんだよ。オレたちはちょっと引くくらいで済むんだが、素人が聞くのはきついだろうな。
さて、説明するか。オレは立ち上がってクラスメイトの一人を手招きした。
「ツバサ、やるぞ」
「なんでオレに声かけるっしょ」
「一人で話し続けると文章が単調になるだろ。掛け合いの形式にしたほうがまだいい」
「トオルが何を言いたいかオレにはさっぱりだけど、それ以上はやめたほうがいいっしょ」
なんやかんやこっちに来たツバサとオレは黒板を背にして教室の前に立つ。
「おう、じゃあミア、そこに座れよ」
「はい」
オレとツバサの前に座ったミアは心配顔だ。
「大丈夫でしょうか、私ロボのことはほとんど知らないんですが」
「それは説明を聞いてから判断してくれっしょ」
「わからないことがあったらすぐ聞いてくれよ。それでは、」
オレは一度咳払いをする。
「トオルと」
「ツバサの」
「「ロボ講座、はっじまるよー、いえーい」」
なんとなくのノリで始めてみた。ミアはパチパチ拍手してくれた。意外とノリいいな。
「説明せねばなるまい! キョウサン重工製六六式機構鎧特火型 《カネガサキ》について!」
「ミア、まずは《カネガサキ》について知っていることを教えてくれっしょ」
「えっと……」
ミアは上を向いて考える姿勢になる。
「ロボに必要とされる機能を一点に集約した、独自の複合装備を有している機体です。また、その装備を運用するための独自の管制システムを有している機体、だったと思います」
「正解っしょ」
すげーな。覚えてるじゃん。全然知識ある。ただ、認識はどうかな。
「ひょっとして、これってよくない特徴、なんですか?」
ミアはおずおず聞いてきた。本当に頭いいな、気づいたよ。さっきのみんなの反応見ればわかるかね。
「ミア、率直な所、それ最初に聞いた時どう思った?」
「強そうだと思いました。独自、という所が特に」
「だよな」
普通はそう感じるよな。だけど、今回はダメだ。
「どこがいけないんでしょう?」
「そうだな、まずは《カネガサキ》の装備の話っしょ」
「………………なら、これを使うといい」
「お、サンキュっしょ」
「………………礼には及ばない」
クラスメイトの一人がプロジェクターを使って《カネガサキ》をスクリーンに映し出す。
キョウサン重工製六六式機構鎧特火型 《カネガサキ》。
黒をメインに赤と金色を所々に配したカラーリングは六六式共通のものだ。《カネガサキ》を《カネガサキ》たらしめている最大の特徴は、やはり右背部にマウントされた機体本体と同等のサイズを誇る円筒型の装備だろう。名を遠近複合粒子束生成装備 《エンリャクジ》。
「この《エンリャクジ》が《カネガサキ》唯一の装備っしょ。大元になったのは《マダラ・レッカ》の《ハコク》って装備で、とにかく威力がすごい。並の防御なら平気でぶち破るっしょ」
「そんでもってこの《エンリャクジ》はフォルクスブレイドみたいに粒子を刃みたく固定して、近接装備としても使うことができる。刃部分の長さの調整もできて、最長にした時の長さは機体の全長すら上回る。こう聞くと、強そうだよな」
「はい」
ミアは頷く。何が悪いのかわからないって顔だ。
「最初の問題点だ。《エンリャクジ》の威力がありすぎるせいで、フォルクス粒子の消費量が大きすぎる。数発撃ったらガス欠になっちまうんだ」
「二つ目の問題点っしょ。近接装備としての取り回しが悪すぎるっしょ」
ツバサはズボンのポケットからボールペンを取り出した。
「普通の機体が持つフォルクスブレイドの、発生装置の部分の大きさはこんなもんっしょ。対して《エンリャクジ》は……ホウキくらいか?」
「そうだな」
オレは掃除用具入れからホウキを一本取り出す。
「近接戦闘で取り回しは重要な要素だ。《エンリャクジ》は長い上に重い。近接戦闘をしようと振り上げても——」
「振り下ろす前に懐に入り込まれるっしょ」
ホウキを振り上げたオレの腹に、ツバサがボールペンを握った手を軽く突きこんだ。実際はリーチがあるからものすごく不利ってわけでもないんだが、それでも取り回しは相当悪いという話だ。
「三つ目の問題点、《カネガサキ》はこの《エンリャクジ》に戦闘力のほとんどを依存しているっしょ。つまり《エンリャクジ》が不具合を起こすとたちまち戦えなくなる」
ここで初めてミアが手を挙げた。
「でもそれなら、他に装備を持てばいいんではないんですか?」
「そう、そこで四つ目システム面の問題点につながるっしょ」
装備に関してはこれ以上積むと動けなくなるってのもあるんだが、《カネガサキ》にはそれ以前の問題がある。
「ミアもさっき言ってただろ、《エンリャクジ》は射撃装備としても近接装備としても使うせいで独自の管制システムを採用している。射撃と近接両方で使える装備ってのは《エンリャクジ》以外にもあるんだが、両用で《エンリャクジ》並に火力も重量もある装備はないから専用のシステムが設計されたらしいんだけど、このシステムのせいで《カネガサキ》は《エンリャクジ》以外の装備が持てないんだよ」
「え……?」
これが《カネガサキ》の最大の欠点だ。《カネガサキ》の管制システムは《エンリャクジ》を使うことを前提としているもので、それ以外の装備を認識することができない。新たに入力するにも容量不足で余裕がない。
「あの、一度システムを消してから新しいシステムを入れ直して、他の装備を使えるようにはできないんですか?」
「《エンリャクジ》の重量がありすぎるせいで、管制システムだけじゃなく機体の機動に関するシステムにもかなり独自のものが使われてるっしょ。そうなるとほとんどシステムを書き換えないといけなくなる。そしてそうすると肝心の《エンリャクジ》が使えなくなるっしょ」
「あとは《エンリャクジ》周りの部品はあんまり出回ってないせいで高価だとか、完全耐水で水中でも動けるくせに水中で使える装備がないとかもあるけど、やっぱり一番はそこだな」
《カネガサキ》の最大の長所である《エンリャクジ》が、同時に最大の短所を生んでしまっているわけだ。そのせいで《カネガサキ》の評価は六六式の中でぶっちぎりに低い。
「《カネガサキ》がどんな機体か、わかってもらえたか?」
「はい……わかりました」
当然だが、ミアはしょんぼりしていた。
「これから《カネガサキ》はどうするんでしょう?」
「そこはシェーレ達の話し合いの結果次第っしょ」
「そっちはあいつらを信じてくれよ。さ、説明は終わりだ。ミア、お前は次、何をするんだ?」
「① ミアの操縦スキル向上、ですね」
少しだけ落ち込んでいたミアの表情が引き締まる。
「正解。じゃ、ブラット、頼むぞ」
「りょうかいだー」
オレはミアの方を見ながらブラットを指差す。
「あいつと一緒にシュミレーターやってきてくれ」
「はい」
「あ、あと《カネガサキ》の起動キー貸してくれ」
「はい、これです」
「じゃ、ツバサいくか」
「了解でしょ」
オレはツバサたちパイロット組と格納庫に向かった。
「トオル、ホウキしまい忘れてるよ」
「おっと」
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