2-6
「失礼します」
私がその部屋の扉をノックして中に入ると、そこにはすでに先客がいた。
部屋の右端に立っている男子生徒二人はおそらく件のアイドル——カンベ・ミアを襲った二つのクラス代表かしら。
片方は二六八組、もう片方が二五七組。
二人の顔は、面白いくらいに真っ青だった。あまり褒められた行為でない自覚はあったようね。
「五六四組クラス代表、シェーレ・ツェペシュです」
「これで全員揃ったようだな」
そして私の眼の前に座るのがこの部屋の主、学年主任シモゾノ。
頭は既に白髪の方が勢力を広げているけれど、しっかりと髪自体は残っているし、メガネの奥の眼光も鋭い。これで教育者というのは少々怪しいわね。正直に言って一筋縄ではいかない相手ね。今日の件の事実確認をして注意をするくらいで済むといいのだけれど。
「学校に取材に来ていたアイドルに攻撃をしたそうだな」
「いえ、その、たまたま攻撃範囲に入ってこられてしまって……」
「困るな。そういったことは徹底的にやってもらわないと困る」
「は……?」
男子生徒の顔に困惑が浮かぶ。このジジイ、何を言おうとしているのかしら。とても嫌な予感がするわ。
「では学年主任として宣言する。五六四組にカンベ・ミアの護衛クエストを発注する。同時に二五七組、二六八組にはカンベ・ミアの討伐クエストを発注する」
「…………………………」
まずい。
私はその言葉を理解すると同時、全力で思考を巡らせ始めた。
「先生、それは、私たちがアイドルを討伐してもいいということですか?」
「そう言っている。クエストを達成した場合はポイントも出そう」
「お言葉ですが」
先生が何を言っているか理解した男子生徒が喜色を浮かべて何か言う前に、私は口を挟んだ。
「カンベ・ミア本人がここにはいません。本人に断りなく進めていい話とは思えませんが」
「今回の取材は、彼女が熱心に我が校に掛け合ってきたものだ。話の持って行き方次第ではあろうが、私は受けてもらえるものと思っている」
「ではなぜここに彼女を同席させなかったのですか? その方が、話が早いと思いますが」
「すんなりと話がまとまるとは思えなかったのでな。必要以上に校内のゴタゴタを見せるというのはいささか気が引ける。自分を攻撃しようという相手と同席させるのもな」
男子生徒二人はバツの悪そうな顔になった。
「では話を受けていただけるという前提で話しますが、そもそも2クラス対1クラスでは勝負になりません。運用できる機体数に差がありすぎます」
「ここにいるクラス以外に救援を頼む形式にする。そうだな、3クラス程度で累計ポイントを元にしたレートが、討伐サイドと護衛サイドで近くなるように調整してな」
スラスラと受け答えられてしまう。やっぱり一筋縄ではいかないわね。
今の状況はあまり面白いものじゃない。言われたことに頷いているだけなのは良くないわ。少しでもクラスを有利にするような提案をしたいものだけれど、どんなことを言ったものかしら。
「五六四組を強制参加にする必要はないかもしれんが、彼女も自分を助けたクラスならば信頼もできるだろう。幸いレートも二六八組と二五七組に近い。何より女子のいるクラスは少なくてな」
確かに、ブシン工業高校には女子生徒が少ない。男子生徒しかいないクラスも少なくはないわ。そんなクラスじゃ彼女も気疲れしてしまって操縦どころではないでしょうね。
ここで降りることもできなくはないかもしれないけれど、乗り掛かった船よね。
「……わかりました。ではいくつか条件を出させていただきたいのですが」
「聞こう」
「クエストはクラス間戦争の形式で、一定時間カンベ・ミアの機体が健在ならば達成。それまでに二週間の猶予をください」
「何を言ってるんだ、今すぐにでもクラス間戦争をするべきだ」
口を挟んでくる男子生徒の方は見ずに、目で理由を聞いてくるシモゾノ先生に私は続けた。
「彼女はロボの知識も少なく、操縦技術も未熟です。それなりの準備期間は必要かと思います。狩る側としても、多少は獲物が手こずらせてくれた方が、面白味があるのでは? そういう意味では、クラス間戦争で使用するトレーニングダンジョンのマップ情報に差があってもいいかもしれませんね。護衛側はマッピング済、討伐側はマッピング未完のように」
ちらりと男子生徒二人の方を見ると、彼らは口をつぐんだ。先に面白味がないと言ったのはそちらだものね。
狩りなんて言い方、トオルやユイが聞いたらいい顔はしないでしょうね。トオルがどんな顔をしようが私は構わないけれど、ユイのそんな顔は見たくはないわ。でも、これも必要なことよねきっと。
「それに、二週間あればこの学校のことをよりよく知ってもらえるのではないでしょうか。いますぐクラス間戦争を始めても彼女の印象にはあまり残らないでしょう。それどころか悪いイメージにもつながりかねない。ですが、二週間本気でロボに触れれば、たとえクラス間戦争に負けたとしても、そこまで嫌な記憶にはならないかと」
「ふむ……」
先生は考える顔になった。
いまのは私の本心よ。
多少なり問題はあるけれど、ブシン工業高校はいいところよ。どうせ来たのなら、この学校のこともロボのことも、もっと知って帰ってほしいわ。
それに、二週間ないと《カネガサキ》、あの六六式機構鎧特火型は……。
「いいだろう、多少期間は変わるかもしれんが、二週間程度の準備期間をとることとする。クラス間戦争当日に使用するトレーニングダンジョンのマップの件は、検討しよう。ツェペシュ、他には何かあるか」
「はい、準備期間中も私たちのクラスはダンジョンに潜ります。期間中、他クラスからの攻撃を禁止して欲しいのです、たとえ流れ弾だろうと。これが破られた場合は無条件で護衛クエストクリアに」
「ふざけるな! そんなものお前たちのクラスがわざと攻撃を受ければそれで終わりだろうが!」
「もちろん事前に進行する区画は通達しますし、討伐側のクラスにも同様の条件をつけてください。あくまで決着はクラス間戦争で付けましょう?」
先生は低く笑った。
「抜け目がないな、ツェペシュ」
「恐れ入ります。最後に一つ提案が」
「なんだ」
「今回のクエスト達成ポイントはそれなりに高いのでしょうか」
「そのつもりだ。四◯◯層前後のボス討伐ポイント程度を考えている」
私たちが前回倒した魚型のボスのいた層が二百三十五層であることを考えると、相当ね。
「ではそのポイントの7割を前払いしていただきたいのです」
「な……」
あまりに突拍子も無いことを聞いた男子生徒が言葉を出せなくなっている。そうよね、ポイントの前払いなんて前代未聞じゃ無いかしら。少なくとも私は聞いたことが無いわ。
「理由を聞こうか」
先生は驚いた風もなく、静かに言った。
「これは二週間の準備期間が欲しいと言った理由の一つでもありますが、彼女の、カンベ・ミアの乗る機体はあの《カネガサキ》です。理由はそれで十分かと思いますが」
キョウサン重工製のロボに詳しくない貴族クラスの男子生徒はわからないようだったけれど、先生は理解してくれるでしょう。
「そうか。だが、7割は多いな。3割だ」
「5割5分」
「4割」
「4割5分」
「……いいだろう、五六四組には準備資金としてクエスト達成ポイントの4割5分を事前に支給するものとする」
「ありがとうございます」
「では詳しい内容は追って伝える。その前にカンベ・ミアの了承を得なくてはならんがな。二人は戻れ。ツェペシュ、君は悪いが外で待っていてくれ。今カンベ・ミアを呼ぶ」
私は男子生徒二人と共に部屋の外に出る。なんとか最低限の条件は整えられたかしら?
ああでも、これで彼女が提案を拒否したら、オチとしては面白いわね。
それから程なく現れたカンベ・ミアは部屋に入り、しばらくしてから出てくると、私に深々と頭を下げた。
「これから二週間よろしくお願いいたします!」
「……ええ、よろしく」
まあ、そうなるわよね。
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