2-5
怖い。
私は、操縦桿を握る自分の手が震えていることを強く感じていました。
何が起きているのかはわかりますが、どうしてそうなったかはわかりませんでした。
攻撃をされている。それも二度もです。
私はアイドルとしてまだまだ駆け出しで、所属する事務所も小さいので、こんな風に狙われてしまうなんて本当に訳がわかりません。一度目の時は偶然かとも思いましたが、これは学校の方に事情を聴いた方がいいのかもしれません。
そんなことを考えている間にも、私の隠れている岩塊を鮮やかな閃光がかすめていきます。
フォルクス粒子を呼ばれるそれは、私の乗るロボ——ダンジョン攻略用の人型ロボットの稼働に使われる物質です。装甲内に展開して機体を守るため、そして撃ち出して攻撃するため。今私がこうしてフォルクス粒子の攻撃にさらされているように。
降り注ぐ閃光の雨が少し弱くなってきましたが、私は安心することはできませんでした。逆に、不安が強くなってきました。
一度目と、同じです。多分私を狙っている人たちは接近戦で私にとどめを刺そうとしています。味方に当ててしまわないように、射撃を弱めているのでしょう。
「きたっ……」
岩塊の向こうから、何かが接近してきました。
曲線を描く優美な機体は、見覚えがありました。確かエドモンド社というメーカーのものです。
その機体は手にフォルクス粒子を束ねた刃、フォルクスブレイドを握っています。何をしようとしているかは明白でした。
ぐんぐん大きくなるその機影に私はまた震えます。
でも——
「でも、まだ……まだ、私はここにいる……!」
そう、まだ私は動けます。私の機体も動きます。
岩塊を避けながら近づいてくる機体の動きを見れば、パイロットの人の操縦技術が私よりもよっぽど高いことはわかります。
でも、だからと言って何もできずに倒されてしまうのは嫌でした。
とてもとても、嫌でした。
私が汗の滲む手で操縦桿を握りなおすと、こちらに向かってくる機体が不思議な動きをしました。
岩塊がないのに、何かを避けるように動き回ったのです。すると近くにあった岩塊にかすかな土煙が生まれました。なんなのでしょうか?
しかし、それを私が考える時間はありません。ついに敵の機体がフォルクスブレイドを振りかぶります。
やっぱり恐ろしい光景です。私はその恐怖を振り払うために、私の手足となってくれている子の名を叫びました。
「行くよ……行くよ! 《カネガサキ》!」
フットペダルを踏み込み、機体を横に動かします。
その移動でなんとか目の前に迫っていたフォルクスブレイドを交わすことができましたが、その後の動きを制御できずに私は岩塊にぶつかってしまいました。
体勢を整えられない私に、もう一度敵が向かってきました。今度は、避けられない——
その時でした。
『ヨク今ノヲ避ケタモンダァッ!』
今まさに私にフォルクスブレイドを突き立てようとしていた敵に、横から緑色の機体が突っ込んできました。
敵の機体はなんとか緑色の機体の斧槍の一撃をかわしましたが、緑色の機体は流れるような動作で敵の機体を蹴り飛ばします。
緑色の機体は私の《カネガサキ》同じ、キョウサン重工というメーカーの機体なのでしょう、角ばったデザインが似通っていました。
この緑色の機体は、私を助けてくれたのでしょうか?
『オイ、動けるカ?』
「へ? は、はい!」
緑の機体のパイロットでしょう、荒っぽい声がしました。私は叫ぶように返事をしてしまいます。
『ハッ、イイ返事だ。オイたつき、連れてケ。殿は俺ダ』
『わかった。我について来い』
「え……えっと……?」
『早く行ケ。ジャマダ』
「は、はい!」
なんででしょう、この人の近くにいてはいけないような気がします。
緑の機体の仲間でしょうか、白い機体に私が付いて行こうとした時でした。
『当該エリアの生徒に通告します。即刻攻撃を中止しなさい。繰り返します、即刻攻撃を中止しなさい。破った場合、出撃禁止処分が課されます』
割れるような大音響が響き、私は思わず操縦桿から手を離して耳をふさいでしまいました。それくらい大きな音でした。
『ンダァ……?』
緑の人にも何が起きたかわからないようで、そんな声が聞こえてきました。
それでも、部屋に響いた声の命令は効果があったようで、フォルクス粒子の攻撃は止まっていました。
しばらく私たちが部屋の中を漂っていると、緑の機体がこちらを向きました。
『何だってんだか。おいタツキ、戻るぞ』
『わかった。で、どうする』
白い機体の人が言うのは、私のことでしょう。
『どうもこうも、このままにしておくわけにいくかよ。おい、戻るぞ。ついて来い』
なんとなく、緑の機体の人の声が落ち着いているように私には聞こえました。
「も、戻るって、どこに?」
『うちのクラスの格納庫だ』
そう言って緑の人は自分の機体の肩を指さしました。そこには、「564」とマーキングがされていました。
そうして私は、五六四組の格納庫に入りました。
私はアイドル失格だな、と思いながらもコックピットから出られずにいました。知らない人ばかりの中に一人でいるのには慣れません。
私の機体の周りに収まった機体のお腹のあたりから、パイロットの人たちが出てきました。みなさん同じ、学校の作業服を着ています。
先ほどの緑の機体からも男の人が出てきました。
背が少し高く、鍛えていることが遠目にもわかる人です。短めの黒い髪はボサボサですが、それは整えていない、というよりは荒々しいと言う印象でした。
そこで、一人の女性が息急き切って格納庫に入ってきました。私のマネージャーさんです。私は見知った顔を見たことで安心してコックピットから出ました。
床におりると、マネージャーさんが私に抱きついてきました。
「ミアちゃん! 怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
「よかったわ。でもなんなのかしらあの人たち!」
マネージャーさんはプリプリ怒っています。わけがわからないのは私も同じです。
「あのー……」
そこで、控えめな声が私たちにかかりました。
立っていたのは、私よりも小さな女の子でした。肩の上で切りそろえた髪を後ろでくくっています。きているのは緑の人のような作業着ではなく青いツナギでした。
私はこういうところには男の人しかいないと思っていたので、女の子がいるのには驚きました。
「ボクはユイ。ブシン工業高校二年五六四組の生徒です。あなたは学校を取材に来たアイドルの人?」
「はい、私はカンベ・ミアと言います。宜しくお願いします、ユイさん」
マネージャーさんが来たことで少し余裕を取り戻した私は、ユイさんに自己紹介をしました。きちんとできているでしょうか?
「いきなり襲われて大変だったね。とりあえず、ここにいる限りは襲われないから安心してね」
「あの、そのことなのですが、どうして私は攻撃されたのでしょうか?」
「あ、うん、それに関してはボクのクラスメイトが事情を聴きに行ってるから、少し待ってね。それより……」
ユイさんが私の背後に立つ《カネガサキ》を見上げました。
「この《カネガサキ》がキミの機体なんだよね」
「はい、そうです」
「近くで見てもいい? あと、触ってもいい?」
「は、はい」
なんだか一気に増したと思えるユイさんの圧力に抗えず、私は一歩下がりながら頷きました。
「やった! ありがとう!」
私へのお礼もそこそこにユイさんは目を輝かせて飛び上がると《カネガサキ》の方へ走って行きました。
「わー! すごい、ほんとに《カネガサキ》だ! なにこの動力系!」
いろいろと叫びながらユイさんは《カネガサキ》の黒い機体の周りを動き回っていて、その動きはどこか小動物のようでした。
その光景を見て、周りで遠巻きに見守っていた人たちもこちらに寄ってきました。
「アイドルってマジで」
「どこから来たの」
「歌とかあるの?」
「なんで《カネガサキ》選んだの?」
「え、えっと……」
みなさん一斉に質問をぶつけてきます。ちょっと私一人では手に負えません。
すると「お前ら、それくらいにしとけよ」と質問の嵐を止める人がいました。緑の機体に乗っていた人です。
「困ってんじゃねえか。ただでさえ男ばっかりだってのによ」
少しの沈黙の後、
「いや、ごめん」
「アイドルなんてなかなか生で見る機会ないしさ」
「普通に可愛いしな」
口々に、みなさん謝ってくれました。よかった、みなさんいい人のようです。
緑の人も、首を掻きながら困った顔です。
「オレはトオル、よろしくな。五六四組へようこそ」
「はい、カンベ・ミアです。先ほどは助けていただいてありがとうございました」
「気にすんなよ。それと悪いな。こいつらも悪い奴じゃねえんだが」
「いえ」
「あと……」
トオルさんが私の背後、《カネガサキ》を見ます。《カネガサキ》にはいつの間にか、ユイさん以外にもたくさんの人が群がっていました。
「あれも悪いな、《カネガサキ》なんてここじゃ珍しい機体でよ。壊したりはしないから」
「はい」
「で、事情を聴きに行ってる奴が戻るまでまだ時間がかかりそうだからよ、色々聞かせてもらってもいいか?」
「はい、喜んで」
こうして興味を持ってもらえることは嬉しいことです。
「というわけでお前ら、質問するときは手を上げてからだ!」
「オメーが仕切るなヨ!」
「そうだそうだ」
「そこ代われ!」
「うるせえぞおめえら!」
色々と言い合っていますが、本気で喧嘩しているわけではなさそうです。仲がいいんだなと思いました。
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