2-4
未踏破の区画は途中から無重力区画となった。
相変わらず無重力での操縦方法を忘れるクラスメイトのタツキに声をかけて機体を立て直させつつ、オレたちは奥へと進んでいく。
「あー、これ、下と繋がってるんじゃねえの?」
『そのようね』
オレたちの進む通路の先には空間が広がっているのが見えた。巨大な岩塊が漂っているのを見ると、通路と同じく無重力区画のようだ。
地図と照らし合わせると、おそらくあれはすでにマッピングされている大部屋だろう。この未踏破の通路は新しく生成されたのか、見つけられていなかったのかはわからないが、冒険のワクワクはすぐに終わってしまった。薄々そんな気はしていたけどな。
『あまり面白くはなかったわね。今度こそ帰投しましょうか。ツバサ、部屋にモンスターはいるかしら』
『いや、モンスターの反応はねえっしょ。ただ……』
帰投しようと背中を見せたところを部屋にいるモンスターに襲われてはたまらない。シェーレはそれを危惧して聞いたんだろうが、ツバサの返事はどうも歯切れが悪かった。困惑しているらしい。
『ツバサ、はっきり言って頂戴。モンスターはいないのね』
『そうっしょ』
『なら部屋にいるのはロボかしら?』
『ああ、だけどおかしい。一機しかいねえっしょ』
『それは……おかしいね』
オレたちはツバサの戸惑いの理由を理解した。確かにおかしい。
『ムー? どういうことだ?』
タツキだけは理解していなかった。
『考えてもみろヨ、タツキ、入り口が遠い時ダンジョン内で一機になったらどうするヨ』
『あははー、面白い冗談だな。みんながわれを置いていなくなるはずなんてないだろう。われの仲間なのだからな』
「……こいつ」
『ほらなーこういうこと言うだろー』
『………………こういうところも、いい』
オレたちを信頼しきっているその言葉。
通信のみなので顔は分からないが、間違いなく満面の笑みでタツキは言っただろう。容易に想像できる。見た目美少女なだけにタチが悪い。
タツキは男……タツキは男……。
……よし落ち着いた。
大変話が脱線したが、とにかく、このダンジョンでロボが一機でいるというのはおかしい。
モンスターの襲撃に遭ってクラスの機体が何機か強制帰還になったとしよう。
そういったとき普通は他のクラスにクエストの依頼という形で救援を求める。その方が全機強制帰還になってしまうよりもポイントの損失が少ないからだ。
逆に救援を求める方がポイントの損失が出るようであれば、自機にダメージを負わせて自ら強制帰還になる《ハラキリ》をする方がいい。自分でやる分機体に余計なダメージを受けずに済むからだ。
一機なんていう状況は、当然そういうことを考えるべきだ。
ロボは単機でダンジョンに潜ると意外なほど脆い。
例えばオレの乗る《ツワモノ》は近接格闘戦に特化している機体だ。遠距離からタコ殴りにされたら手も足も出ない。
逆に遠距離に強い機体は懐に入られると苦しい。
じゃあ全ての間合いに対応できる機体、いわゆる汎用型ならどうか。これも微妙だ。その手の機体は尖った性能がない分器用貧乏になりやすい。一組の《クラウン》くらいの総合性能があれば話は別だが、あれは規格外すぎて参考にはならないだろうな。
長くなったが結局何が言いたいかというと、ロボは一機でモンスターと戦うことは難しく、このダンジョンでは非常に珍しいということだ。まあ可能性自体がないわけではないんだが。
「転移罠でも踏んだか?」
『やー、それはどうだろうなー。転移罠があるにしてはー、ここは浅すぎるぞー』
『そのとおりだヨ、あれはえげつないから短距離転移のものでも、もっと下の層でしか出ないはずだヨ』
「だよなあ」
なんて言い合っていると、コックピットのモニターにチカッと光が生まれてすぐに消えた。あの光は、フォルクス粒子の光だ。
モンスターでもいて、それを攻撃しているのかと思ったが、部屋にモンスターの反応はないとツバサは言っていた。
となると、
「ロボ同士での戦闘か?」
『戦闘と呼べるかは微妙っしょ』
『どういうことかしら、ツバサ』
『撃ってるのはDEWACSの探知範囲外にいる集団の方だけっしょ。孤立してる方は反撃の火線すら張ってないっしょ』
「オレの《ツワモノ》のお仲間かね」
《ツワモノ》のような近接装備しか持たない機体なら、射撃で釘付けにされればなす術はない。孤立している機体もそうなのだろうか。
『まあ待てっしょ、DEWACSなら孤立している機体も最大望遠で見えるけど、画像が粗い』
『どこのメーカーかぐらいはわかるだろうヨ』
『それならわかる、六六式っしょ』
「《ノブナガ》かよ。そりゃ珍しい」
キョウサン重工製六六式機甲鎧、
オレたちのような資金力に難のある三◯一組以上のクラスも、初期モデルであれば六六式を手に入れることはできる。だが、整備の性格がシクとは違う点や、交換部品がやや高価という点が地味に重いデメリットで採用していないことが多い。一機六六式を入れるよりは、全てシクで揃えるほうが部品の互換性なんかの面で有利なのだ。
三◯◯組未満の貴族クラスは六六式を手に入れることも維持も可能だろうが、メーカーが同じゆえにオレたちの使うシクとデザインの似通った六六式を使いたくはないらしい。
そんな理由でこのダンジョンで六六式を見ることは滅多にない。
ぽん、とコクピットのサブモニタが立ち上がり、粗い画像が表示される。ツバサのDEWACSシクからの画像だろう。六六式共通の黒いカラーリングと、シクにも通じる角ばった機体シルエットはわかるが、それ以上、数ある六六式の中のどの機種なのかまではオレにはわからなかった。
「ユイ、わかるか」
『うん、《カネガサキ》だ』
一瞬で機種を判別したよ。さすがユイだ。
だが、
「《カネガサキ》たあ、また随分と珍しいな」
『そうだね』
珍しいしか言ってない気がするぞ。
しかし《カネガサキ》なら射撃装備で反撃もできるはずなんだが。
なんて考えていると、なおも攻撃されている六六式がいる方とは別の方向から、ロボの集団がこちらに近づいてきた。
『お前ら、そこで何してる! どっから入ってきやがった!』
「あー?」
シャープな外見と青いカラーリング、手に握るのはフォルクス粒子の刃を先端に展開するフォルクススピア《ゲイボルク》。エドモンド社製EDM-52-B《ク・ホリン》。肩の所属クラスを示すマーキングは二六八。
『くそ、抜け道ができてたのか』
「何やってんだ? 教えてくれよ」
『狩だよ、狩をしてるんだ』
「獲物はあの《ノブナガ》か? ありゃなんだ? 誰が乗ってる?」
『アイドルだよ。最近流行ってるらしいな。そんなもんやるなんて気がしれない』
「……………………」
オレはちょっと驚いた。まさかドンピシャで件のアイドルを見ることになるとは。そして余計に訳が分からなくなった。
「なんでそのアイドルを攻撃してる?」
『攻撃なんてしてない。たまたま戦闘に巻き込まれただけさ』
その白々しい言い方は不快感を伴って耳に残り、オレは眉間にしわを寄せた。
「そんな建前なんぞ犬にでも食わせとけ。わざとだってことはすぐにバレっぞ」
『問題ないね。この話はアイドルの方からかなり頼んだんだそうだ。学校側は何も言ってこないし、アイドルも泣き寝入りだ』
笑い声をあげる《ク・ホリン》のパイロット。
その声とは正反対にクラス回線はしんと冷え切っていた。
『実際、何か言われるんならもう言われてるさ』
「なに?」
『狩りは一回目じゃないって言ってるんだよ。もう二回目だ。一回で諦めてくればいいのにさ。面倒臭い。それとも本当に巻き込まれただけとでも思ってるのかね? アイドルなんてやるような女は頭空っぽだろうしさ』
「……………………なんでわざわざそんな面倒なことをするんだ?」
『他のアイドル事務所に頼まれたんだよ。なんでもそこはうちの学校に取材を申し込んで断られたらしい。そこはかなり大きい事務所だったってのにな。それだけならまだ良かったのに、今回ポッと出のアイドルの取材が許可されたときたわけだ』
「……………………」
『それなりの見返りは約束されてる。このまま見てえてくれりゃお前らにも少しは分けてやるからよ。なんなら、お前らも手伝うか? そのアイドル、誰も連れずに一機だから狩りとしては面白味がないけどなあ!』
「……あー、わかったわかった」
オレは適当に受け答えをして、操縦桿を軽く握る。
「オマエ、モウ喋ンナ」
《ツワモノ》は手に握る斧槍を《ク・ホリン》に叩きつけていた。
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