1日目・いざガルラート大陸へ!

 ラーメン屋での一件から、しばらく後の休日。

 俺は自室でネットゲーム、”ガルラート戦記”のインストール作業をおこなっていた。

 鈴村が推薦したこのネトゲはサービス開始から3ヶ月しか経っていない新作のネットゲームで、同時接続人数も多く、それなりに賑わっているらしい。

それに”ガルラート戦記”は巷で流行っている”基本無料プレイ”で”アイテム課金”のネトゲとは違って”月額料金制”のゲームなのでネトゲによく居る”変わったプレイヤ―”は少ないらしく、ネトゲを久しぶりにプレイする俺やネトゲ初心者の姫依ちゃんでも安心して遊べるだろうとのことだ。

 たしかにネトゲには変なプレイヤーが少なからずいて、そういう連中に絡まれるとしんどいからな。

 ……まぁ、俺らがその”変なプレイヤー”にカテゴライズされるプレイを、これからこのゲームで始めるわけなんだけど。

 などと考えていたらゲームのインストールが完了。

 早速ログインして、あらかじめ俺と鈴村、そして姫依ちゃんの三人で決めておいた”ホムンクルスサーバー”でゲームを開始する。


          デッデデ、デーーーーンッ!!


「うおっ、うるせぇ!」

 見ると、とてつもない爆音BGMと共に雄大な海の映像がPC画面いっぱいに映し出されていた。

 その海の向こうから近づいてくるガレオン船。画面は巨大なガレオン船へと徐々にフレームを接近させてゆき、船首に佇む一人の青年を正面に収める形でその動きを止めた。

 潮風を浴びながら腕を組んで堂々と船首に立つのは鋼の剣を腰に携えた黒髪の青年。彼の瞳は航路の先にある何かを見据えていて、その顔はどこまでも自信に満ち溢れているように見えた。

 そんな彼の横に栗色の髪の小柄な少女がひょっこりと姿を現して並び立つ。その少女の頭からは猫のような耳が二つ生えていた。

 この子はネコ型の”獣人”だろうか?

 猫耳の少女は黒髪の青年の肩をちょんちょんと小突いて、いたずらっぽく笑う。青年は少女に微笑み返すと、ゆっくりと体を後ろに向けた。それに合わせて画面も回転し、船の甲板を映し出す。

 そこには、何百という数の”冒険者”の姿が映し出されていた。

 身長が2メートルくらいありそうな大男が大槌を天に掲げて雄たけびのようなものを挙げていて、その近くでは魔女の三角帽を目深にかぶった妖艶な雰囲気の女性が怪しく笑っている。

 背中に弓と矢筒を背負って熊の毛皮を羽織っている狩人らしき者、きらきらと太陽の光を反射する水晶の甲冑に身を包んだ騎士らしき女性、姿はそれぞれ違うがその表情は全員同じで、これから始まる何かに期待を膨らませているかのように晴れやかだ。

「行こう、ガルラートへ!」

 黒髪の青年がそう叫ぶと冒険者の間で歓声が沸き起こり、画面は海の向こうにある大陸へと向けられた。


          デッデデ、デーーーーンッ!!


 冒頭にも流れた大音量のBGMに連動して次々に映し出されてゆく”ガルラート大陸”内部の映像に俺の心は躍動した。

 巨大な中世風の城、緑溢れる豊かな自然、空には飛び交う飛行船、かと思えば荒れ果てた砂漠に現れる巨大なサソリのモンスター、その光景はまさにファンタジー!

 ……ふむふむ、なるほど。

 ”オープニングムービー”で理解できた情報を大まかに纏めると”プレイヤー”の俺は仕事を求めて別の国から”中央大陸ガルラート”に渡ってきた”冒険者”と呼ばれる存在の一人であるらしい。

「よし設定は理解できたな」

 次の工程の”キャラメイキング”に移る。ここではゲーム内で自分が操作することになる”アバター”、すなわち自分の分身を作成する。

 とは言っても好き勝手に作るわけにはいかない。いや普通にプレイするならそれでも構わないのだけど……


「せやなぁ、そしたら”ロールプレイ”縛りでやるってのはどうや?」

「”ロールプレイ”、ですか?」

「そや、自分を”ゲーム世界の住人”やと思い込んでプレイすんねん」

「なんだよそれ、異常者じゃねぇか」

「ちゃうちゃう、そういう意味やのーて、なりきりプレイみたいなもんや。自分で設定したキャラになりきってやるねん。結構おもろいで」

「鈴村、お前……いい歳してそんなことやってんのか?」

「でも面白そうですよ。私もやりますから先輩も一緒にやりましょうよ!」

「いや、まぁ、姫依ちゃんが言うならやるけども」

「なんやねんそれ!」


 てな感じの会話があって”ロールプレイ”でこのゲームを遊ぶのが決定したので、それに沿ったキャラメイキングをしなければならないわけだ。

 ただなぁ、そんなこと言われても想像力の乏しい俺がキャラクターの”設定”なんて簡単に思いつけるわけないんだよなぁ。

 いっそのこと昔やってたゲームからキャラクター像を引っ張ってきて、その人物になりきって”ロールプレイ”をしてみるか。

 ただ、それだと鈴村のバカに『ツンツン頭の金髪に大剣って、まんまあのキャラやないかい!』って馬鹿にされそうだ。

 却下だな。

 うーん、どうするべきか……

 悩んでいるとスマホが鳴った。見ると例のバカ(鈴村)からメッセージが届いていた。

「ジュンちゃん作れたか?オレとひよちゃんは完了や。最初の街の噴水広場の前で待っとるからな。by ”ソウルシンガー”のジャック」

「うるせぇバカ」

 と返信しキャラメイキングに戻る。

 それにしても、あいつはちゃんと”キャラ”のイメージを固めてきてるようだな。自分の事を”ソウルシンガー”とか言ってるし。

 ならば俺も負けてはいられない、まずは作れそうな部分から決めていくことにしよう。

 一番最初に目についた項目は”Name”、つまり名前。俺が”ロールプレイ”でなりきることになる人物の名前だ。

「”ジュン”でいいか」

 捻りもなんもなく自分の名前、”純一”の一部を切り取って貼り付けた。

 いや単純だけどこれでいいんだって、変に横文字の名前とかつけると恥ずかしくなるから!

 そんで次は”種族”の選択か。

 この項目には四つの選択肢が用意されているようだ。

 この中から好きな”種族”を選ぶわけだな。


 ・ブラークアイ

 東の大陸からガルラート大陸にやって来た人間種族。

 この種族は全ての人種が黒目なのでそう呼ばれている。

 適正ジョブはソードマン・アーチャー。


 ・ジャシラン

 南の大陸からガルラート大陸にやって来た獣人種族。

 動物の猫に似た耳が頭から生えていることを除けばブラークアイと見た目はそう変わらない。

 適正種族はアーチャー・シーフ。


 ・スカイエリー

 北の大陸からガルラート大陸にやって来たエルフ種族。

 雪のように白い肌と横に伸びた耳が特徴的である。

 適正職業はヒーラー・オマメナイト。


 ・マジ―シャ

 西の大陸からガルラート大陸にやって来た精霊人の一族。

 遥か昔に悪魔と契約を交わしたマジ―シャの一族は短命の呪いを背負っているが生まれつき強力な魔力を持つと言われている。

 適正種族はウィザード。


「ブラークアイだな」

 俺は”種族”を”ブラークアイ”に決定した。

 正味の話”マジ―シャ”の魂を揺さぶるような魅力的な説明文にも心を惹かれたが、まぁ、なんていうか俺も、もういい大人だから我慢しよう。

 そして次は”初期ジョブ”の項目だ。


 ・ソードマン(剣士)

 ・アーチャー(弓使い)

 ・シーフ(盗賊)

 ・ウィザード(魔法使い)

 ・ヒーラー(回復)

 ・オマメナイト(盾)


「なんだよ、オマメナイトって」

 (盾)と書かれているので”タンク職”であるのは分かるが、それ以外の情報が一切ないので困惑を禁じ得ない。

 気にしたら負けか、つっこんだら負けなのか?

 ……とりあえず”ブラークアイ”の説明文に書かれていた”適正ジョブ”の”ソードマン”を素直に選択しておこう。


 そしていよいよ”キャラメイク”だ。

 ここで”PC(プレイヤーキャラクター)”の容姿を設定する。

「けっこう細かくいじれるんだな」

 髪型だけで20パターン以上用意されているし、顔や体型は自分の好みに合わせて調整できるようだった。

 ただし”ブラークアイ”は説明にもあったように全員が黒目の種族なので瞳の色は固定されていて設定できないらしい。

「目が黒なら髪も黒でいいか」

 ここで奇抜な髪色を選んでしまうのは素人である。

 男は黙って黒、黒に染まれと偉い人も言っていただろ!

 そんなこんなで数十分かけて俺が”ロールプレイ”するキャラクターは完成した。


 名前は”ジュン”

 種族は”ブラークアイ(人間)”

 ジョブは”ソードマン(剣士)”

 見た目は黒髪の爽やかな好青年といった感じで、狙って作ったわけではないが、”オープニングムービー”に登場していた”冒険者”の”黒髪の青年”に似た風貌になっていた。


 はからずともパクったようなキャラメイクになってしまった。

 しかし、ええい、めんどくさい!

 こうなったら”ロールプレイ”の核となる部分で俺が考えあぐねていた”キャラクターの性格”も”黒髪の青年”でいこう。

 船に乗って”ガルラート大陸を訪れた冒険者ジュン”、その性格は”現実の俺とは正反対な正義感溢れる主人公タイプ”と、まぁこんな感じでいいだろう。


…………


「やべぇ、自分で考えてて恥ずかしくなってきた……」

 急激に体温が上昇していくのが分かる。たぶん今、鏡を見たとしたら俺は耳まで真っ赤なことだろう。

 冷静に考えてみると24歳の大人が何をやっているんだろうと思う。

 死にたくなってきた、いや、死なないけども。

 よし、オーケー、落ち着け俺。

 これは遊びじゃないだろ。

 人生に”どん詰まり感”を覚え始めている俺にとっての”治療”なんだぜ。だから恥ずかしがる必要なんてどこにもないはずだ。

 それにほら、あの可愛い姫依ちゃんと一緒にネトゲができるんだぜ、夢のようじゃないか!

「よっしゃ行くぜぇ!!」

 客観視していた自分の現実を置き去りにして、俺はテンション爆上げで”ガルラート大陸”の地へと降りて行った。

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俺はジュン、ソードマスタージュンだ! @hurumiya

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