俺はジュン、ソードマスタージュンだ!

@hurumiya

0日目・日常

 俺は純一(じゅんいち)。大谷純一、24歳だ。

 大きくも小さくもない工場に足しげく通って、大型プレス機のクソ重いレバーを引き、プラスチックの容器を大量生産して皆さんのお手元にお届けする仕事に就いている。

 俺がレバー降ろすとプレス機は上下に動く。律儀に狂いなくガシャコン、ガシャコンとアホかってくらいにどでかい音をたてながら容器を量産していく。

 作られた容器はベルトコンベヤーの上へ放り出され、俺の担当ではない次の工程が待つ場所へ流れてゆく。

 俺はその光景を金属部分がサビだらけになっているパイプ椅子に座って、じっと見つめている。

 何が言いたいかつーと、暇だ。

 ヒマなんだ。それも死ぬほど!

 こんな仕事、誰でも出来るわ! こうやって機械の稼働をただ座って監視しているだけな俺のほうがある意味、機械的であるとすら思えてくる。

 ブラック企業だとは言わないがこの生活は過酷すぎる。いつか精神を病むぞ俺は……

 仕事中いつも黙想するのは『早く帰りたい、一刻も早く帰りたい、帰りたすぎてやばい』という帰宅への猛烈な願いのみだ。

 帰りたい、帰りたい、帰りたい……

 そして帰った。帰宅完了、今日も一日お疲れ様でした!

 出迎えてくれる人のいない真っ暗なアパートの部屋に明かりをともし、ソファにドカっと座って一息つきつつ、帰りにコンビニで買ってきたビールを飲んで自分を労う。

 ここまでくると晩飯を作るHP(ヒットポイント)は、もはや残されていない。

 買い置きのスナック菓子を貪り食って、それをビールで押し流して、眠気とガチバトルしながらシャワーを浴びて歯を磨きベッドにダイブ。泥のように眠るのだ。

 こんな生活がもう何年も続いている。

 いや、あと何年続くのだろうか。何年続ければ解放されるのだろうか?

 このままじゃ俺はダメになる。壊れてしまう。

「刺激が欲しいんだ……」

 まどろみの中で呟くその言葉、それが俺の切実な願いなんだ。


「だはは、大丈夫や。生きてりゃなんとかなっから」

 ある日の休日、行きつけのラーメン屋で人生相談を持ちかけた俺に適当な自論で返答したのは友人の鈴村(すずむら)だった。

 この鈴村という男は高校時代からの旧友で、『だはは』というバカ丸出しな笑いかたからも分かる通りのバカなヤツで、さらに見た目もバカっぽい、ようするにバカだった。

 いい歳して金髪だし耳にはドクロのピアスをつけてるし、おまけになぜかエセ関西弁だし。ちなみに、こやつは定職にも就いていない。

 いちおう、俺が今まさに食事をしているラーメン屋でバイトをしているようだが鈴村のことだから長続きはしないだろう。

 どうせまた、俺は”ロックスター”になるとか言って辞めちまうに決まってる。

 そんでもって、また俺に泣きついてくるのだろう。

 金が尽きた、貸してくれい、とか言って……

 そして、ここまで考えて俺は思った。

「お前に相談したのが間違いだった」

「なんでや!」

「悪い、思ってただけなんだけど声に出てたわ」

「出すな、傷つくやろ!」

「つーか、このラーメン、親父さんじゃなくてお前が作っただろ?」

「お、分かるか?」

「死ぬほどスープの味が薄いし」

 味のない白湯をすすってるのかと思ったくらいだ。

「だはは、じゃあラー油いれろラー油!」

「いれねぇよ!」

 と、そこで後ろから誰かがクスクスと笑う声が聞こえてきた。

「ごめんなさい、先輩たちの話を聞いてたらおかしくって」

 そう言って空になったグラスに水を注いでくれる女性。このラーメン屋で働いている看板娘の姫依(ひより)ちゃんだ。

 彼女は大学時代に俺が所属していたサークルの後輩で、今でも俺のことを”先輩”と呼んで慕ってくれる天使のような子である。

 ちなみに鈴村のヤツは”ひよちゃん”なんて可愛いあだ名で呼んでいるが、俺は恥ずかしくてそんなことできない。

「あ、ありがとう」

 俯き加減で答えた俺の顔を姫依ちゃんが覗き込む。

「どーしたんですか、元気ないですよ?」

 距離が近い。とんでもねぇ追撃だ!

 姫依ちゃんのサラサラした長い髪が眼前で揺れて、シャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。

 ああ幸せだ、無限に嗅いでいたい。そして間近で見る姫依ちゃんの顔は、なんとまぁキュートなのだろう。永遠に見続けていられるぜ。

 しかし俺のハッピーボーナスタイムは鈴村の馬鹿でかいクシャミに姫依ちゃんが驚いたことによって消し飛んだ。

「ハックショイッ! てやんでぇ」

 なんだてやんでぇって。江戸っ子か?

「大丈夫ですか鈴村さん」

「だはは、ヘーキヘーキ、ちょっと風邪気味なだけやから」

「病院いけよ」

 間抜け面で鼻水を垂らしている鈴村に忠告してやる。インフルエンザのA型だかB型が流行ってるっていうしな。

「病院に行ったほうがいいのはオレやなくて、ジュンちゃんのほうやろ」

「先輩も風邪なんですか?」

「ちゃうちゃう、ジュンちゃんは”心の風邪”や。ほら、いつも死んだ魚みたいな目して、ここでラーメン食ってるやろ」

「あー、たしかに!」

 姫依ちゃん、そこは納得しないでほしかった!

「俺はそんなふうに見られてたのか……」

「ち、ちがいますよ! ただ、最近なんだか元気ないなぁって心配してたんです。何か悩みがあるなら私でよければ聞きますよ」

「ありがとう姫依ちゃん。なんつーか、まぁ、”生きづらい”って言うのかな」

「”生きづらい”、ですか?」

「うん、毎日同じことの繰り返しばかりでさ、俺ってなんの為に生きてんだろって感じで……」

「はっ、ダメですよ大谷さん、早まらないでください!」

「ああ、うん。早まりはしないけども」

 やはり元気の塊みたいな姫依ちゃんには理解できない感情なのかもしれない。

「趣味とかないんですか?」

 そう聞かれても……

「うーん、ないなぁ」

「えっと、先輩って仕事が休みの日とかは何してます?」

「だいたい寝てるか、昼から酒飲んでるか、あとはここに来るくらいかな」

 俺がそう言うと姫依ちゃんはテーブルに両手をバンっと叩きつけた。

「ダメですよ!」

 姫依ちゃんに、こっぴどく叱られてしまった。

 姫依ちゃんが言うには休日を寝て過ごしたり、酒に逃げたり、こんなところで鈴村の作った不味いラーメンを食べているようでは心が弱りきってしまう一方らしい。

「なるほど、一理あるな」

「ひよちゃんって顔に似合わず結構ズバズバ言うやんな。そんな不味いんか、オレの作ったラーメン……」

 鈴村は目に見えて落ち込んでいたが、俺は無視して姫依ちゃんに聞いた。

「どうすればいいかな」

「趣味を見つけましょう!」

「趣味?」

「ですです、大谷さんが楽しいなぁって思うコトとか!」

「酒」

「以外で!」

「じゃあビール」

「品種の問題じゃないです。もー、飲酒から離れてください」

 可愛く怒る姫依ちゃんに完全に却下されてしまった。

 しかし、そうなってくると意外に難しいぞ。

 趣味、それは姫依ちゃんの言葉を借りるなら、俺が楽しいなぁと感じることだろ。

「うーん……」

「そうやジュンちゃん、ネトゲとかどーや。昔は朝まで二人でやりこんでたやろ」

「ああ、そういやそんな時期もあったよな」

 学生だった頃、鈴村に誘われてMMOのネットゲームをプレイしていたのを思い出した。

 そのゲームが初ネトゲだった俺は、普通に街中を歩いているキャラクターですら人間が操作していると鈴村に聞かされて、それだけで感動したもんだ。

 そういえばネトゲに夢中になってた頃は今みたいな人生に対する無気力感みたいなものも無かった気がする。

「いいじゃないですかネトゲ、皆でやりましょうよ」

「え、姫依ちゃんってネトゲやったことあるのか?」

 意外だ、姫依ちゃんは活発なタイプだからアウトドア派なイメージがあったが……

「いえ、やったことはないですけど」

「ないんかい!」

「でもゲームは好きだからネトゲの仕組みはなんとなく知ってますよ、大丈夫です!」

「ほなら決まりやな、三人でやろや」

「やりましょう!」

「いやいや……」

 勝手に決められても困る。

 俺は極地的に盛り上がり始めた二人に順を追って説明した。

 まず今さらネットゲームを始めたところで、経験者である俺と鈴村はネトゲの”流れ”というものを知り尽くしてしまっている感がある。

 適当に”レベルを上げて”それこそストーリーなんて全部”スキップ”して最終的には”エンドコンテンツ”で装備を揃える。

 そしてそのあたりで飽きてログインしなくなる……

 そんな”エンディング”の情景が始める前から脳内で再生されてしまうのだ。

「じゃあルールを決めてやりましょうよ。それなら飽きにくいですよね」

「おお、縛りプレイってヤツやな!」

「ですです。レベルは1のままでストーリーは飛ばさずにしっかりと見るんです!」

 姫依ちゃん……さすがネトゲ初心者だ、めちゃくちゃなことを言ってくれる。

「姫依ちゃん、レベルを上げないと”メインクエスト”は進められないからな」

「え、そうなんですか?」

「そもそも普通に”メインストーリー”に関係ある”クエスト”をやっとるだけで”レベル”は上がってまうしな」

 鈴村がそう言うと姫依ちゃんは頬っぺたをぷくっと膨らませた。

「もー鈴村さん、さっきから文句ばっかりじゃないですか!」

「まったくだ」

 俺は姫依ちゃんに心の底から同意した。

「いやいやいや! むしろ文句ばっかりなんはジュンちゃんのほうやろ!」

「いいから早く他の案を出せよ」

 鈴村の作ったクソまずいラーメンのスープをすすりながら言い捨てる。

 するとヤツは首を捻って考える素振りを見せたあとに言った。

「せやなぁ、そしたら――」

 そしてそれが、俺たちの奇妙な”冒険”の始まりとなるのだった。

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