最終話 オタお焚き上げ “重ね菱”
封印されたゴミクズオッター通りの入口には、秋田犬のギンとどんぐりが神社の狛犬のように対峙し、人が近付くと威嚇して唸った。たすき掛けで戦闘体制のキヨが、観光客など寄って来る野次馬を睨み返して人払いしているところに、峰岸譲司の妻・淳子と娘の寿里が来た。
「アレまあ、峰岸さんの奥さん !? 寿里ちゃんまで! 心配して来たのかい、二人で?」
「翔は大丈夫かしら?」
「みんな付いてるから大丈夫。もうすぐ片付く」
淳子が堪え切れなくなって顔を押さえた。
「お母さん!」
「奥さん…大丈夫だから!」
「翔がここまで思い詰めていたなんて…ずっと夫と特撮イベントのことで言い争っていたんです。体に障るからもう応じるなって…でも、夫は断れなくて」
「誰にでも優しい旦那さんだったからね」
「弟が正しかったわ」
「寿里ちゃんもお父さんと翔くんの間に入ってつらかったよね」
「わたし…お父さんの肩を持ってたの…だから、後悔してる。翔の気持ちを分かってやれなかった」
「大丈夫…大丈夫! 翔くんは今、自分の力で立とうとしてるんだから…大丈夫!」
商店街の奥では、悪霊・女部田が『神界壇』を背に、睨み合いが続いていた。魚鱗の陣形となり、牙家が先頭に立った。
「幼き日の郷愁に呪縛された大勢の特撮オタクを指揮していた頭として、おまえを尊重しよう。おとなしく己から神界壇に入りなさい」
「ボクが頭 !? 勘違いも甚だしい! ボクこそ身を粉にして尽くしたんだ! 皆の喜ぶ顔が見たくて一所懸命縁の下で尽くしただけだ!」
「誰が喜んだ…その者らの姓名をひとつひとつ上げてみろ」
「・・・・・」
「どうした?」
「…みんな裏切った」
「己に都合のいい脳内変換はやめろ。おまえが先に裏切ったんだ!」
「違う! 違う! 違うーーーッ!」
女部田が幼児に
「ボクをいじめないで! おじいちゃん、助けて! お父さんがボクの玩具を壊すんだよ! お祖父ちゃんに買ってもらった玩具を壊すんだよ! お父さん、お願い! もうヒーローのテレビ観ないで勉強するからボクの玩具を壊して捨てないで!」
幼児の女部田はしゃくりあげて泣き始めた。神主の妹背がその前に立った。
「真クン、あなたは、そう言って何度も約束を破ったね」
「もう破らない!」
「そう言っても、お父さんに信用してもらえなかったね」
「うん!」
「約束できるなら玩具を全て処分できるでしょと言われても、あなたは処分できなかったね」
「だって、だってだってだってーーーッ!」
幼児の女部田は激しく泣くことで抗議した。
「そうやって嘘泣きをして我儘を通したんだね」
幼児の女部田は更に激しく泣いて抗議した。
「いくら泣いても駄目ですよ、真クン。嘘には説得力がありません」
幼児の女部田は妹背を睨み付けて泣き、それが猛獣のような唸りに変わった。
「何だとこの野郎!」
女部田は元の姿に戻り、激しく錐揉みして妹背に突進して来た…と同時に“ビュッ”という音が続けざまに女部田を襲った。女部田は『神界壇』の木組みに張り付けられていた。鎌沢滝次郎の “釘ヌキ” が炸裂していた。辰巳の口から思わず驚きの声が漏れた。
「技が進化している!」
その釘の頭には鈴が盤陀付けされ、霊が嫌う強力な除菌芳香剤が噴霧されていた。
「もう一度言う。封じの釘を抜いてやるから、おとなしく己で『神界壇』に入りなさい」
「成程な…ここに張り付けたところで、この『神界壇』の中に入れられなければ、ボクを消滅させることは出来ないんだな?」
「・・・・・」
「図星のようだな…誰が入るものか!」
そう叫びながら女部田は脱出しようと必死に踠いた。何本かの釘が緩み始めた。滝次郎の拳から更に釘が飛んだ。
女部田の動きが完全に封じられると、驚くかな女部田の口から祖父母の霊が垂れ出した。
「孫に何をする…」
「真が悪いんじゃない」
滝次郎は構わずその祖父母霊の眉間に釘を放った。頭が割れるとタールのようにダラーリと神界壇に垂れた。
牙家の合図で、セコ役たちが封じられた女部田の前に更に木組みを組んでいった。
「・・・!?」
『神界壇』は重ね菱の紋の如く、四角が二重に重なった構造で『神仏界壇』となった。
牙家が合図を送ると、ブッパ役の龍三が木化けを解いて現れた。女部田の目が恐怖に変わった。
「…現れたな、三龍!」
龍三は女部田に微笑みながら『神仏界壇』の点火スイッチを押した。 “バチンッ!” という破裂音とともに火柱が上がって、徐々に木組みの炎が広がって行った。
「龍三、トドメだ!」
龍三は、女部田の前に立った。その手には“青の剣”が握られていた。
「そんなものでボクにトドメを刺せるのか…」
「 “そんなもの” だと !? そのとおりだよ、女部田。おまえらはこんな作り物に怨念を吹き込みやがる。狂った大人ガキの歪んだ嫉妬の念には反吐が出る!」
龍三の言葉に女部田が嘯いた。
「おまえはボクにトドメを刺すことなんて出来ない。その“青の剣”でボクを刺したところで、ボクを成仏させることはできない」
「 “成仏” !? 誰がおまえを成仏させるものか…なあ、翔くん!」
「はい! 女部田さん、あなたには永久に“死んだことを後悔するほどの苦しみ”をプレゼントします」
「なら早く刺せ! その“青の剣”で一思いに刺せ!」
「必死だな、女部田」
龍三はそう言って“青の剣”を護摩の火に翳した。女部田はたじろいだ。“青の剣” の樹脂が徐々に溶け始めた。
「やめろ! それはあなたが番組で使ったシンボルのグッズなんだぞ!」
「そうかい。オレにはただのゴミだよ」
「あなたは過去に出演した自分の作品を冒涜するのか!」
「オレの過去の仕事と、この営利目的で作られた量産品の玩具に何の因果関係があるんだ」
「特撮ファンにとっては大切な想い出の宝なんだぞ! あなたはそうした特撮ファンの気持ちを踏み躙るのか!」
「その大切な宝とやらに、おまえらが悪念を吹き込んだ結果、大勢の人の命を奪ったんだよ」
「玩具のせいではありません! 玩具を燃やすのは間違ってます!」
「じゃ、誰のせいなんだ?」
「そ、それは…ほんの一部の特撮ファンが…」
「元を質せば…おまえひとりなんだよ、女部田」
「ボクはただ特撮番組を愛しただけだ! その“青の剣”をそれ以上傷付けないでくれ!」
「おまえがこの玩具を傷付けたくないのは…」
そう言って龍三はポイと “青の剣” を火中に放り込んだ。“青の剣” が激しく燃上がると、女部田の霊も青い炎を吹き出し、渦巻く火炎に包まれた。
「そうなるからだろ。おまえはこの “青の剣” に異常な執着を持っている。多くの特撮ファンを煽り、オタ化させ、狂わせた。おまえのクソヲタ感染力はクソヒーローまでも生み出した。見事なもんだったよ。これからは、そうやって永久に悪あがきしてろ!」
女部田の悪霊の断末魔が商店街に響いた。『神仏界壇』の火炎が凄まじい勢いとなった。そのうねりに五味を初めとする特撮オタどもの霊が現れては苦しみもがきながら消滅し、次々と光る球体になっていった。
そこに、この地を守るマタギの先祖霊が現れた。阿仁マタギには幕末から明治初期に活躍した「重ね撃ち竹五郎」、獲物を一発で倒す「一発佐市」、俊足の山渡り「疾風の長十郎」、熊と素手での格闘も辞さない「背負い投げ西松」など伝説の名人が数多く存在する。
この日現れたのは、俊足の山渡り「疾風の長十郎」だった。驚くかな、龍三の大先輩・宇津井光太郎が俊足の山渡り「疾風の長十郎」を案内して現れたのだ。長十郎は、魂となった光る球体には目もくれず、ただひとつの土留色をした歪な球体だけを捉えた。そして、聖なるアケビ蔓の腰籠に回収した。宇津井は龍三と翔に微笑みかけ、去って行った。
「松橋さん、あれをどうするんですか?」
「 “死んだことを後悔するほどの苦しみ” を与えるんだよ」
「・・・?」
「やつは獣たちの特撮グッズになる」
龍三は不敵に笑った。
「山に放たれ、幼い獣たちの狩りの玩具になるんだよ。何度喰い千切られたって、やつはもう死ねないからね」
「ありがとうございます! 僕は今後、二度と人を恨まずに生きていけます!」
龍三は翔の瞳に映った歪んだ自分を見た。
「そうだな…それが出来るのは君のように若いうちだ」
ゴミクズオッター通り作戦を終えた一同は、須又商店街の入口の前で狩りの無事に感謝する牙家然の呪文に倣っていた。
「
阿仁前田地域の守護山・森吉山の麓は、俄かに霧濃くなった。呪文を終えた一同が、森吉の頂上に目をやると、その稜線をゆっくりと渡る狐火が列を成していた。
頬に冷たいものを感じ、龍三は空を見上げた。灰鼠の空を浄める白い点が舞っていた。
〔 完 〕
特撮オタⅡ「呪いのゴミクズオッター通り」 伊東へいざん @Heizan
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