第53話 いくつに分ければいい?

 五味久杜はただの老害じじいと思って毒突いた。


「何だ、じじい!」

「そういう乱暴な言葉遣いはおやめなさい、ウンコちゃん」

「ボクはウンコちゃんじゃない!」

「そうなのかい? あの浅瀬を渡ってる女の人は、あんたのことをそう呼んでたがね」

「あの女は誰とでも寝るゲス女だ!」

「じゃ、あんたはゲス男だね?」

「なんでボクがおまえ如きにそんなことを言われなければならない!」

「あの女はゲス女なんだろ?」

「そうだ!」

「じゃ、やっぱりあんたはゲス男だ。いや、それ以下だな」

「ボクがあの女以下だと !?」

「あの女は男としか寝ない。あんたは男とも女とも寝る。所構わず誰とでも寝るから、あの女以下のゲス男だ」

「ボクに嫌がらせをして何の得になる!」

「あんたは生前いろんな人に嫌がらせをしているが、何の得になったのかね?」

「ボクは理由もなく嫌がらせをした覚えはありません!」

「嫌がらせはしたんだね?」

「理由がある相手に対してはしたかもしれませんが、それを嫌がらせと取るか、当然の罰と取るかは見解の相違です」

「あんたに落ち度があって、間違った嫌がらせをしてたら、ここではそれも裁かれるんじゃよ」

「裁かれるって…あんたは何様なんだ!」

「私は懸衣翁といって、この川の通行の番人だ」

「ただのパートの警備員じじいじゃないか…偉そううに」

「邪淫の罪は重いよ」

「まだ言うのか! 合意の上のことだから余計なお世話だよ!」

「あんたがそう思ってるだけかもしれない」

「もうボクに構わないでくれ!」

「それにあんたは神社に火を点けたから相当な地獄に落ちるね」

「ボクに構うなと言ってるだろ!」

「神社だけじゃない。あんたは自分の家にも火を点けたよね」

「ボ、ボクは…あれは…」

「点けたよね!」

「・・・・・」

「ほら、ご覧なさい。あんたの生前の行いはこれから行く地獄で待ってる十王様に全て報告されてるんだよ。ここに来たら俗世間のような誤魔化しは一切利かないということを肝に銘じておくことだね」

「ボクがなぜ地獄に行かなければならない! それに地獄などない。死んだら何もかも終わりだ」

「あんたの言ってるとおりだったら…おかしいね」

「何がだ!」

「あんたはまだ生きてるのかい?」

「…死んだ」

「今、何て言った? 良く聞こえなかったが?」

「死んだよ! 凍死させられたんだ!」

「じょ、何でここに居る?」

「・・・・・」

「死んだら何もかも終わりのはずじゃなかったかい?」

「・・・・・」

「あの三途の川のあちこちで渦を巻いてるのが見えるかい?」


 五味は三途の川の渦を見ながら、自分の置かれている状況を少しづつ理解し始めた。


「あれは今輪こんりんきわだ。それぞれの罪によって現れる地獄の入口だ。邪淫、神社への火付け、自宅への火付け、人々への裏切りが日常茶飯事だったあんたはどの今輪の渦に巻かれるんだろうね」

「ボ、ボクは川を渡るつもりはない!」

「そうはいかないんだよ。ほら、川原で泣いてる人やら、誰かを待ってる人、それからあてもなく歩き続けている人がいる。女はオンブしてくれる男を待ち、男はオンブする女を待っている。初めての男が先に他の女と川を渡ってしまい、もう渡ることができなくなって途方に暮れている女もいる。そういう人は永い間、水際で嘆き悲しみ、苦しみ続けなければならない。愛する人に捨てられた者は、皆、ああして三途の川を彷復うしかないんだよ。可哀そうだとは思わないかい?」

「・・・・・」

「初めての相手が何人もいると…どんなことになるかね?」


 老人は陰湿に笑って去って行った。五味久杜は現実逃避を図ろうと一所懸命考えた。


「そうだ! ここは商店街の真下だ。上がれば助かる!」


 五味久杜は上を見上げた。境界のないどんよりとした空が広がっていた。


「五味久杜だ!」


 突然、声がした。見知らぬ女が駆け寄って来た。


「やっと来たのね、五味さん!」

「誰だ、君は !?」

「え !? …私よ! 私を覚えてないの !? それとも恍けてるの !?」

「君なんか知らないよ!」

「えーッ !? 有り得ないーーーッ! 特撮イベントの翌朝、あなたに頼まれて部屋に起こしに行ったでしょ! 毎日君に起こして欲しいって言ったでしょ !?」

「それは女部田がやったことだ! 人違いです! 他を探してください!」


 五味が女を避けて振り向くと、駆け寄って来た女や男が取り囲んでいた。見覚えのある男が話し掛けて来た。


「自分に処女を捧げてくれた女を覚えてないのか…」

「鍋島峻作!」

「私のことは覚えてたようね。待ってたわ。オンブして頂戴…それとも私が君をオンブするのかしら?」


 鍋野満が遅れて来た。


「鍋島さん、なぜ五味なんです !? 私にとっては、あなたが初めての男なんです! そんな男に構ってないで早く私と渡りましょうよ!」

「そうだ、クソヒーロー同士がお似合いだよ!」


 藪博士が毒突いた。須又温泉で命を落とした連中が集まって来た。


「オカマヒーローども! 早く川を渡れ!」


 特撮オタたちが “渡れコール” を始めた。


「渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ! 渡れッ!」


 鍋島峻作は特撮ファンへのサービス精神でその期待に応え、鍋野満をオンブした。ドラマのエンディングの勇者の如く川に入って行った。時々振り返りながら、見送る特撮ファンたちに手を振った。その顔に石が中った。


「痛ッ!」

「クソヒーローッ!」


 続けざまに石が飛んだ。特撮オタたちは、浅瀬を渡り始めた鍋島と鍋野を目掛けて、思いっきり河原の石を投げ続けた。


「痛いオタたちねッ!」


 鍋島峻作がやっと特撮オタの悪意に気付いた。石が一手に背中に中る鍋野満が音を上げた。


「鍋島さん、代わってよ! あたし、もう限界!」

「やよーッ! オンブするって言ったの、鍋野ちゃんじゃないのよ!」

「でも、あたしだけ !? 石が中るの、あたしだけ !?」


 大きな石が鍋野満の後頭部を直撃した。


「今すっごい衝撃が走った…記憶失う…もう限界!」


 後頭部から血を吹き出した鍋野満は、強引に鍋島峻作の背から下りた。


「鍋野ちゃん、どうして降りたのよ! もろあたしに中っちゃうじゃないよ!」


 その鍋島峻作の顔にも大きな石が命中した。


「ほら、こんなことになるでしょ! 痛いわねーッ!」

「あたしの背中と後頭部見てよ! とっくにそれ以上になってるわ!」

「何でもいいから早くオンブしなさいよ! でないと川を渡れないのよ!」


 容赦なく石が飛んで来る二人の周りに渦が起きた。それが段々激しく大きく、そして深くなって、二人は窪んだ渦の中央に引き込まれ、回転しながら沈んでいった。


 二人に興味がなくなった特撮オタたちが五味久杜を取り巻いた。矢代蘭が一歩出た。


「誰をオンブして渡るのかしら、五味さん?」

「私でしょ !? わたしよね !?」

「誰よ、あなた?」

「私は…」


 五味にレイプされて処女を失ったHN・さおりぼんこと窪田沙織だ。


「私は自殺してあなたの来るのを待っていたのに…」

「ボクは約束した覚えはありません」


 窪田沙織をきっかけに五味と関係のあった女たちが五味を奪い合い始めた。揉みくちゃになって弾き出された五味には構わず、女同士で掴み合い殴り合いの喧嘩になった。その様子を、ちば藤ら男性オタたちが冷めた目で見ていた。


「あさましいね」

「イケメンの特撮ヒーローを奪い合うならまだしも、五味だよ」

「ゴミだね」

「ゴミ漁りだね」


 窪田沙織が矢代蘭の首を絞めた。エルトン・仁がそれを見て窪田沙織の頭に膝蹴りを加えた。


「首絞めて殺したって無意味だろ。ここに居る連中は全員死んでんだから!」


 四条小夜子が奪い合う女たちに叫んだ。


「私は四条小夜子…私にいい考えがあるわ!」


 女たちは小夜子を睨んだ。


「あなた、五味の使い走りのくせに出しゃばるな!」

「確かに昔はそうだったわ。でも、五味久杜ごみひさとがゴミクズだと分かってからは無関係よ」

「信用できるか!」

「私が待っているのはこの男じゃないから安心してよ。それより、私にいい考えがあるから、とにかく聞くだけ聞いて?」

「じゃ、早く言えよ! いい考えって何だよ!」

「五味久杜を分けましょ」

「分けるってどういうことよ!」

「バラバラにして分けるのよ!」


 小夜子の意外な言葉に女たちは引いた。そこに…数本のナガサが投げ与えられた。ナガサはマタギ猟の獣を捌く刀剣と同じ製作工程の打刃物だ。女たちはそれを暫く見ていたが、一斉に五味に視線を移した。さおりぼんが最初に拾った。女たちは奪い合って拾い、ゆっくりと五味に近付いて行った。


「・・・!」


 窪田沙織が女たちに呟いた。


「祖父ちゃんがマタギだったの」


 窪田沙織は祖父の解体を見て医大に進んだ。“獲物” を仰向けにした。


「いくつに分ければいい?」


 誰もが沈黙したが、窪田沙織は迷いなく作業を開始した。顎から性器の付け根まで真っすぐナイフを入れた。中心を開き、内臓を取り出し、肉を解体していった。マタギの解体セオリーで手際が良かった。

 女たちはバラした五味を競争で奪い取り、三途の川に走った。最後に性器が残った。性器の周りの脂肪を取り除き、陰茎を強く握って引き伸ばし、つけ根をぐるりと切り取った。


「ここには烏はいないのかしら?」


 そう言って窪田沙織は河原に “ポイ” と放り投げた。


〈最終話「オタお焚き上げ “重ね菱”」につづく〉

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