第5話
史乃を迎えに行くと、約束した時間を大分過ぎて午後八時を少し回っていた。
さすがに中学校からも帰るように言われたわけだが、中学生の史乃が中学校以外のどこかに行く余裕もなく、校門前で二時間ほど待たされることになったらしい。
当然お怒りでらっしゃる。歩きながら小言を延々と聞いている。
「麗華さんと歩いてたら人斬りに遭遇したとかそんな嘘ついて」
「嘘じゃないぞ。まじで遭遇したんだって白い和服のうちの刀持った女」
「だからってこんな時間まで待たせる!?」
「だからそれは悪かったって」
どんどん母さんに似てきたなと思っていたが、ほとんど変わらずだ。一旦怒ると中々治らないところとか。
「まぁまぁ史乃ちゃんここは私に免じて許してよ。真一も私の誘いを断って迎えに来てるんだからさ」
麗華が間に割って入る。
むぅと何か言いたそうだったが、史乃もなんとか落ち着く。
「そもそもなんで麗華さんがいるんですか?」
訂正。消えた炎を付け直した。
「史乃ちゃんにご飯作ってほしいなって」
悪びれる様子もなくたかり発言。
「麗華さんそろそろ料理くらいできるようになった方がいいですよ。嫁の貰い手に困りたくなければ」
と、史乃からキツめの返し。
史乃は入学当時家に連れてきたときから、麗華に対してやたら当たりが強い。
一方で麗華は別に気にする様子はなく、むしろ可愛い可愛いと遊んでいるところがある。
「まぁまぁいいじゃない。久しぶりに食べたくなったんだって」
このように何を言われても軽いノリで返してしまう。それが史乃にはどうにも気に入らないらしい。
「今日は珍しく兄さんと帰れると思ったのに…」
そんな小声の呟きは、誰の耳に届くこともなく三人は御堂家へと足を進めた。
「「ただいま」」
「お邪魔しまーす」
玄関の昔ながらの横扉をガラガラと鳴らしながら三人で家に帰ってきた。
だがそこで妙なことに気づく。
玄関には、父薪春の草履が一足と誰のかわからない下駄が一足。いつもの和服の仕立て屋さんかとも思うが、まさかこんな夜遅くにこようはずもなく、真一と史乃は二人で顔を見合わせて不思議に思いながらも家に上がる。
「親父帰ったぞ」
「し、真一ご本尊が降臨なされた」
居間に入るなり、青ざめた顔の薪春がそういった。
頭にはてなマークを浮かべ、薪春の目の前を見ると先ほど遭遇したあの白い和服の少女が、御堂黒鉄鬼鉄をその手に持っている。
「また会いましたね名もなき剣客。」
「お前白姫っ...!!」
真一は即座に肩掛けにしていた刀を袋から取り出し、引き抜いた。
八畳ほどの空間で、刀と刀が向かい合う。ほぼ間合いなどないといってもいい。
「やめましょうあなたとここで戦うつもりはありません。およそ百五十年ぶりに御堂家を訪れてみたらいい剣客が育っているので、少しあなたの父上と話しをしていただけですよ」
「刀を取り出して会話とは穏やかじゃないな」
「あなたがたはずいぶんと間が悪い。刀を取り出して存在を認識してもらう必要があったので、取り出したところにちょうどあなた方がここへきた」
「それを信じろと?」
「ご自由に」
刀をもって対峙しても、白姫は顔色一つ変えず淡々と答える。それだけ自信があるのだろう。ならば、不意をついて剣を抜くしかない。
刀の鍔に指をかけたそのとき、二人の間に一迅の風が吹いた。
いや、それは風などではなく、振り下ろされた竹刀だ。
「どうでもいいけどうちの中で暴れるのはやめて」
いつ竹刀を握ったのかわからなかった。しかもいまの一撃は、二人も見えていなかった。
(いまがもし真剣で私に振られていたら....)
そんな仮定が頭をよぎって、いままで透かしていた白姫の額に汗が滴った。
「ご飯いまから作るから話はそれから」
「なにをそんな呑気に...」
「なに?」
竹刀をこっちに向けて、怒気むき出しに言われたら真一といえど何も言えない。
ここは大人しく従っておく。
黙って座り込んだ二人を見て、ため息と愚痴をこぼしながら台所に行った。
「史乃ちゃんなんか強くなった?」
「なにがあったか知らんがここ数年手が付けられん」
これが中学生の頂点なのだから全国中学生剣道女子に同情する。
レベルが違いすぎる。
「さて座り込んで静寂に暇を潰すというのもアレなので、話の続きといきませんか?」
「お前がなんなのかってところから一個ずつ聞かせてもらおうか」
さっきは一度対峙した敵だったということで、臨戦態勢をとったが今回は史乃に戦闘禁止令を出されてしまったので、情報収集のターンに入るのが得策だろう。
「私たちは道具の魂を具現化した存在です。我々は超危険宝物−通称 遺物<<ラストアイテム>>と呼ばれます」
「ま、刀持ってる時点でいまこの現代社会じゃ危険すぎるわな」
と、お茶をすすりながら冗談半分に聞いている。
「私たち遺物はそれぞれに能力をもち、それぞれに意思を持ち、それぞれに使用する持ち主がいます」
「へえ。じゃああんたにも持ち主ってのがいるのか。会って文句を言ってみたいもんだ」
「私にはまだいません。ちょうど選んでる最中だったのです」
選んでる...。ということは、あの桜の木の下で剣道部員ばかりを襲っていたのは、刀の所有者としてふさわしいやつを探していたということらしい。
やり方が不器用すぎると、真一は頭に手を当てた。
「まあしかし、今日こうして見つかったわけなので、あれも終わりですが」
「誰だよ」
「あなたです御堂真一。私の所有者となってください」
白姫からすればそれは大した意味のないこと、いや大した意味はあれど言葉の意味は別だったのだろうが、聞いていた全員から言うとこれはプロポーズのように聞こえた。
「ちょ、ちょっとあんた何言ってんの真一は私のもの」
「いやお前がなにいってんだ」
「父さんは許さんぞこんな可愛い子と」
「いやまじで黙れアホ親父。あんたさっきこれご本尊って言ってたよね。刀だよこれ人に見えるけど」
「兄さんプロポーズされたの!?」
さらに状況がややこしく。
「されてねえから火使ってるならこっちくんな」
周りがふざけるから急に冷めてきた。
「俺があんたの所有者になることによって得られるメリット。もしくはあんたの目的は?」
「あなたは感じたことはないですか?現代では必要のない剣術を鍛錬することの無意味さを。それを必要とする相手がいます」
一瞬ドキッとしたが図星だ。現代社会において、剣道は必要とされても剣術は必要とされてない。門下生もいない門外不出の剣など、鍛える意味はどこにもない。
その意味はずっと考えていた。
「相手?どっかのだれかもお前みたな道具もって襲ってくるって言いたいのか?」
「そのとおりです。いま世界中で覚醒した遺物たちが、この日本に集結しています」
「なぜに日本」
「今回の開催国なのですよ。遺物同士の生死をかけた戦い
「はい」
ここで麗華が挙手して話に割って入る。
「今回のってことは前回以前もあったの?」
「ええ。私が出場したのは一回だけでしたが、そのときの優勝者は御堂鷹船。あなたがたの遠いおじい様でした」
御堂鷹船。御堂一刀流創始者であり、御堂家の遠く祖先にあたる江戸時代の名前の埋もれた剣豪。
口伝では、最後は決闘の後、刀を持ったまま立って死んだとされている。
「江戸時代にもこの日本で武闘会は行われました。優勝したとはいいましたが、鷹船はほぼ相討ちになり、この世を去りました」
「その話を聞いて、どうして俺が参加すると?」
「あなたはいずれこの戦乱に巻き込まれる。そして私を使わざるを得なくなる。だからいまのは、なかったことにしていただいても構いません。ですが、必ずあなたは私を使うことになる」
なぜだろう。白姫の言うことには、妙な説得力があった。別に根拠があるわけでも、実際に思い当たるような体験をしたことはないが。
「どうです?色よい返事をいただけませんか」
「俺は...」
ドスンと、またしても割って入るようにぐつぐつと煮えた鍋と鍋敷きが、テーブルの上に置かれる。
今日は鍋らしい。
「話はそこまで冷めるよ。あなたも食べて」
「わかりましたいただきましょう」
返事はせぬまま、いつもより二人多い五人で鍋をつつく遅い晩餐が始まった。
命尽きるまで 世捨て人 @yosutebito0921
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