第4話 無能の異能持ち

――街灯がなく、薄暗い中、レンガ造りの建物と和風の建物が並立する、見たことのない変わった街中を俺たちはずんずん進む。

道路は全て、コンクリートではなく土であった。

やがて、一つの大きなレンガ造りの建物の前で立ち止まった。どうやらここがウララの家らしい。


「ムスブは、ここで待ってて。お父さんにあんたを泊めていいか聞いてくるから」

ウララは家に入っていった。

ウララを待っている間、ハウス●ンボスとかにありそうな目の前の大きな建物を見上げ、呆然と立ち尽くしていると、

「泊めてもいいって。ささ、はやく入っておいでよ」

ウララは俺に手招きしてくる。

どうやらウララは、俺が家に泊まることは満更でもないようだった。


「いらっしゃい、よくお越しくださいました。ささ、お上がりください」

俺が玄関にはいると、二人の中年夫婦が出迎えてくれた。

「お邪魔します。突然泊めてほしいなどと無理言ってすいません」

俺は感謝の気持ちを込めてぺこりとお辞儀をした。

「やめてください、顔をお上げください。あなたは娘を助けてくださった恩人なのですから。今晩はどうか、自分の家だと思ってごゆるりとお過ごしください」

なんて、親切な方たちなんだ……。


俺が軽い感動を覚えていると、

「お食事の準備ができましたので、どうぞこちらへ」

しわ一つない、タキシードをばっちり着こなした白髪の執事に案内され、俺は食堂へ向かった。

食堂に着くと、素晴らしい光景が目に飛び込んできた。

白いテーブルカバーがかかっている長机に高級そうな料理がずらりと並んでいる。

思わず言葉を失っていると、白髪の執事が椅子を引き、俺に座るように促した。

椅子に座り何から食べようか考えていると、向かい側の席にウララが座った。

「さぁ、早く食べましょ。お父さんとお母さんはもうすでに夕食済ませたみたいだし」

「そうなのか、それじゃあ遠慮なく。いただきます」

俺はとりあえずスープを飲み、パンを齧り、前菜を食べた。どれもおいしい。


目の前の料理を一定のペースで食べていると、

「改めて、今日はありがとね。ムスブがいなかったら、ヒューボアたちに捕まるところだったよ」

「いいってもんよ、頭を治療してくれたんだし。……ってか、なんで追われてたんだ?」

「ある日、あのヒューボアたちが捕まえていた川魚をほんの出来心で逃がしたのをきっかけに、そのスリルについはまっちゃって。度々逃がしに行ってたのだけど、ついに今日見つかっちゃいました。てへぺろ」

「お前、なんてことしたんだ……」

次にあのヒューボアたちにあったら謝ろう。

俺は頭を抱えながら、そう心に誓った。

「あ、このことはお父さんたちには言わないでね、この事件は全部あのヒューボアたちが悪いってことにしてあるから」

……こいつ、見た目と裏腹に結構悪い奴だ。


それにしても、俺の記憶では、あの川では魚はとれない。

やっぱりこの世界は俺のいた日本ではない。

「そういえば、ムスブってリブルが効かないんだね。初めて見たよ、リブル効かない人」

「リブル? なんだそれ?」

「ほら、ヒューボラたちが放っていた矢、緑色に光ってたでしょ。あれがリブル、風のリブルね」

「うん、全然わからん」

「……だろうね。ええと、この世界には火力・水力・風力・日光力・地力の五種類の力でできていて、その力をリブルって呼んでるの。人々はそのリブルを上手く使って戦ったり、日常生活に役立てたりしてる。思い出した?」

「思い出したも何も、初めて聞いたよ」

ウララは呆れた顔でスープを飲んでいる。

 「で、ウララはどのリブルが使えんの?」

 「……使えない」

 「使えない人もいるのか……」

 ウララは突然、すごい形相で俺を睨むと、

 「いないよ! 誰しもどれか一つ使えるよ!」

 そう言って、食堂を出ていった。

 ……なんか、悪いことしたなぁ。

 俺は早々と食事を済ませ、風呂を堪能し、ベッドへもぐった。


 ……家は一体どこに消えたのだろうか? 叔母さんは今どこにいるのだろうか?

 ダメだ、今日は頭を打ってからというものの、色々ありすぎて思考が追いつかない。

 今夜は早く寝て、明日また考えよう。

 目をつぶって寝ようとしたその時――


 ――コンコン

 ノックの音が聞こえた。

 「はい、どうぞー」

 俺は、ベッドから起き上がり、ドアの方を向いて座った。

 「ムスブ、ごめんね。こんな夜に」

寝巻姿のウララだった。

 「ああ、大丈夫だよ。俺こそ、さっきは気にしてること聞いて悪かったな」

 「いや、いいの。よく聞かれることだから」

 「……そうか。で、どうしたんだ?」

 「ああ、明日ついてきてほしいところがあるんだけど……いい?」

 ……こ、これはデートと言うやつか! 

 「オーケー、楽しみにしてるよ」

 「ありがとう!」

 ウララは鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。


 



――カーテンの隙間から穏やかな朝日が差し込み、俺の顔を優しく照らす。

心地よい目覚めとともに、ドアがノックされる音が聞こえる。


「どうぞー」

俺が言うと、白髪の執事が入ってきた。

「朝食の準備ができたので、お着替えを終えられたら、食堂までお越しください」

「わかりましたー」

俺はすぐに着替え、食堂へ向かった。


「相変わらず、すげぇなぁ……。」

長机の上に高級ホテルで見るような朝食がずらりと並んでいるのを見て、感嘆の声を上げていると、

「おお、ムスブ君。おはよう」

ウララの親父さんがうしろから声をかけてきた。

「おはようございます。朝食までいただいてしまって、すいません」

「ああ、遠慮せんでええ。たんと食べていくといい」

「じゃあ、お言葉に甘えます」

俺は食事の席に着く。

「そういや、君は頭を強く打って記憶を失ったんだってね。ウララから聞いたよ」

「記憶を失ったというよりは、記憶と違うといいますか……」

「まあ、君の記憶が回復するまでうちに泊まっていくといい」

すると、俺の向かい側で、眠そうにしながらパンを黙々と齧っていたウララがビクッと震えた。

「ちょ、ちょっとお父さん。何言ってんの? 冗談だよね?」

「冗談ではない。ムスブ君はウララを救ってくれた命の恩人だ。私は、ウララをムスブ君の嫁に出してもいいと思っている。どうかねムスブ君、うちの娘は?」

「あ、あはは……」

「お父さん、いい加減にしてよ!」

「すまない……」

一気に重苦しい雰囲気になった。


俺はじっくりと朝食を堪能したあと、ウララと共に家を出た。

しばらくの間歩いていて分かったことが一つある。


街並みの景観は全く違うが、地形は変わっていないのだ。


とりあえず、これで道に迷うことはないだろう。

それにしても、一体どこに向かっているのだろう?

こっちの方向には、確か商店街があるはずだが。

「なぁ、商店街に向かっているのか?」

「思い出してきたみたいだね。そうだよ、商店街に向かっているの」

「やっぱりか……、買い物か?」

「ううん、この辺で有名な占い師のところへ行ってムスブを占ってもらうの」

「俺、そういうの信じないタイプなんだけど」

「いいからいいから。あっ、ほら、商店街に着いたよ」

そこには、ずらりと奥まで続く商店街があった。

廃れているイメージしかなかったその商店街は、活気で満ち溢れていた。

すれ違うのは、皆が人間というわけではない。一見、人間のように両足で歩き、言葉を話す動物もいた。

「ヒューボア以外にも二足歩行で言葉を話す動物っているんだな」

「うん。昔はそうじゃなかったみたいなんだけど、進化の過程で人間に近い形になったらしいね」

この時、俺は確信した。


――ここは異世界だと。


しばらく人込みの中を歩くと、窓がない紫色の怪しい建物が現れた。すると、ウララはその建物の前で足をとめた。

「ああっ、着いた着いた。ここだよ」

うわー、どう考えてもやばい店だってここ。入りたくねぇな……。


「なにぼやっとしてんの。早く入ってきて」

ウララはいつの間にか店の中に入り、こちらに手招きしている。

「お、お邪魔します……」

中は薄暗く、長い白髭を整えた禿頭の老人が座っていた。

「イソロクおじいさん、この人を占ってよ」

「じゃあ、どのコースで占うかこの中から選びなされ」

俺はイソロクから紙を受け取り、それに目を落とす。

――えーと、本気で占いコース、普通に占いコース、ダラダラ占いコース……


「客をなめてんのか! 仕事なら常に本気で占いやがれこのおいぼれがあぁぁ!」

「……そ、そんなに言わなくてもよいではないか? 本気で占うと老体には応えるのじゃよ」

「ちょっと、二人とも揉め事はその辺にして」

ウララが割って入ってきた。


「本気で占いコースでお願い」

「あいよ、お会計は五万円じゃよ」

ウララは素直に諭吉を5枚差し出す。

どうやら、紙幣はこの世界も同じらしい。

「高っ、ぼったくりかよ! ってかウララもこんなインチキ商売にまともに金払ってどうすんだ!」

俺は思わず叫んだ。

「先ほどから文句が多いのう。老人には優しくするべきじゃぞ若者よ」

「そうだよ。それにイソロクおじいさんはインチキなんかじゃないよ」

「分かった分かった。じゃあ早く占ってくれ、ジジイ」

イソロクはふてくされた様子で俺の左手を取り、眺めている。

                   


「おぉっ! これは」

「え? なになに、なんかすごい能力なのか? 勿体ぶらずに教えてくれよ」

「うむ、よかろう。ずばり……一切リブルの気が感じられん。ウララと同じじゃ。どうりで、おぬしは存在感が薄いわけじゃ」

「うるせぇ! 俺にリブルってやつがないのは分かったが、人格まで否定されるいわれはねぇ!」

「ちょっと! それじゃああたしも存在感薄いってこと? ねぇそういうことなのイソロクおじいさん!」

俺たちの激怒にイソロクはひるんだ。

「わ、悪かった。わしが悪かったから許してくれ……」

「なぁウララ、もう帰ろうぜ」

「そうだね」

俺たちが店を出ようと席を立つと、

「まて、まだ話は終わっとらん。少年よ、おぬしには一旦リブルを無効化し、それを吸収する力が備わっておる」

「じゃあ、俺がヒューボラの矢を吸収したのは……」

「うむ、おぬしの能力じゃな」

「ムスブすごいじゃん! 無敵じゃん」

「……そ、そうかなぁ。てれるなぁ、あは」

やっぱここは異世界だ、俺TUEEEEEになるのも必然か……


「あぁ、言い忘れておったのだが、おぬしの能力以上のリブルを持つ者と戦えば……多少痛い思いをするかもしれんな」

「え?」

リブル使えないらしいし、せめて無敵くらいにしてくれてもいいじゃないだろうか。

あからさまに落ち込む俺を見て、イソロクが

「ま、まぁあれじゃ。昔、波長が合う者たちと何度も合体して破壊組織と戦った女戦士がいたという―――」

「伝説があるよね」

イソロクの慰めの言葉も、ウララが何気なく続けた一言のせいで無駄になった。

ウララはすぐに自分が言ってしまったことを悟り、反省した面持ちでこちらを見つめる。

が、今の俺にはそんなことはどうだっていい。



――そんなことよりも、俺はその女戦士の『合体』とやらが気になる。


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頭打って、新世界に行った俺の物語 暇山新戸 @fu-ma1126

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