第3話 俺、戦闘デビューする

――それからしばらくして、

「ああっ! いたぞ、あの女だ!」

突然、やけに背が小さく屈強な、毛深い男たちがこちらに向かってきた。

「げっ、ヤバい。それじゃ、あたしはこれで……ああっ!」

女の子は立つことができず、その場で尻もちをついた。

ずっと正座をしていたせいか、足がしびれたらしい。

「おいあいつだ、捕まえろ!」

「おねがい、助けて」

女の子が上目遣いで俺に助けを求めてくる。

――よーし、ここはカッコいいところを見せてやろう!


「おい、ちょっとあんたら。こんなかわいい女の子をさらっていかがわしいことをするつもりだろうが、そうはいかせねえぜ。この子は俺の命の恩人だ、この子をほしけりゃ俺を倒してみろ」

「な、なにを言っているんだおまえは! まあいい、そこまで言うんだったらぼこぼこにしてやる。覚悟しとけやガキ!」

「ニート初心者舐めると痛い目に遭うぜ、あんたら。俺がゲームばっかしてると思ったら大間違いだ。有り余る時間で俺は身体を鍛え上げているんだからな、降参するなら今のうちだぜ」

俺はジョ●ョ立ちしてそう言ってやった。

「舐めやがってー、おらああああああっ!」

男たちは一直線にこちらへ向かって襲い掛かって来る。

そして、そのまま突進してきた。


――ドンッ!


鈍い音と共に俺は弾き飛ばされた。

男たちはブレーキが利かなかったのか、しばらく走り続けた。

「痛ってぇ、あいつらイノシシみたいな野郎だな」

「そうだよ。あいつらは、二足歩行の知能の高いイノシシだよ。ヒューボアっていうの」

「ふーん。……ええっ!」

「あっ、こっち来る! なんとかしてよ!」

「簡単にいうなよ、相手イノシシなんだろ! ……いやまて、イノシシか。よし!」

俺は、女の子の腕をつかみ、川べりへ向かった。

後ろで激しく流れる川に、足がすくむ。

「ちょ、あんたとち狂ったの? ……ああ、なるほどもう負けを認めていっそ死のうってか。いやだ、絶対いやだから。あたしまだ死にたくないよう!」

「バカ、死のうなんて考えてねえよ。とにかく黙ってろ!」

「黙ってられるもんですか! ああ来た、ぶつかるー! もう終わりだぁーっ、ううっ。……ああっ」

俺は目の前にヒューボアが来た瞬間、女の子と共に横にずれた。

ジャボン、ジャボン…….

ヒューボアたちは俺の予想通り、ブレーキが利かず、川へ飛び込んでいった。

「はあっ、助かった……。こうなることを予測していたの?」

「ああ。イノシシは走り出すと一直線にしか走れないんだ」

「なるほど! でも、まだいるよ」

「えっ?」

ぎりぎり川に落ちなかった数匹のヒューボアがこちらへ向かって弓を放つ準備をしている。

「……うん、まずいな。非常にまずい」

「どうすんの、どうすんの?」

「すぐそこに俺んちがある。そこまで逃げるぞ!」

「あたし、足遅いよ」

「五〇メートル何秒?」

「一八秒」


……だめだ! この子!


「よーし分かった。俺の背中に乗れ」

「何言ってんの? あいつら弓使ってんだよ。あんた、あたしを盾にするすもり?」

「あー、もう! じゃあ抱っこでいいな」

「え? ちょっと!」

俺は女の子を抱っこすると、全速力で家に向かって走り始めた。

これはセクハラではない。緊急事態だから仕方ないのだ。

……それにしても、いい匂いするなぁ。

「いい加減髪の毛の匂い嗅ぐのやめてくれないかな、変態さん?」

「か、かかか、嗅いでなんかねーし……!」

「ああっ、矢がこっち飛んでくるー! 右にずれて!」

「おう!」

――シュッ

俺の左肩すれすれのところを緑色に光る矢が通りずぎていった。

危ねぇ、ってかあの矢なんだ?

「ひゃあ! もっと急いでー」

「ああ、俺んちはすぐそこに……あれっ?」

「ねぇ、どうしたの?」

「……家がありません」

家があった場所は更地になっていた。というより、ここ一帯に家が一軒も建っていない。

そういえば、いろいろおかしい。

まず、あの川。ちょろちょろ流れる小さな川が巨大な川になっていた。

そして、ヒューボアとか言う謎の怪物に光る矢、怪我を治療してくれたこの美少女。

……なにがなんだか分からん。頭を打った後遺症で幻覚を見ているのだろうか。


「なにぼやっとしてるの? ってか、家がないってどういうこと? どうすんのさ!」

「どうしましょうかね……」

「ああ来た! ちょっ、とりあえず降りるね」

女の子は俺の腰に当てていた手を放し、自分で立った。


「おうおう、クソガキ。あんだけ大口叩いといて逃げるとは、笑わせてくれるじゃあないか」

「……すんません。とりあえず、その弓降ろして話をしませんか? せっかく言語が通じるイノシシさんなんだし」

「おい、貴様俺たちのこと『イノシシ』って言ったなぁ! もう許さねぇ、骨の破片一つ残らないぐらいぼこぼこにしてやらぁ!」

「ヒューボアにイノシシって言ったら怒るに決まってるじゃない! バカだね、ほんっとバカだねあんた!」

そんなこと言われても、知らなかったものはしょうがない。


「くらえやぁ!」

さっきの緑色に光る矢が五本飛んできた。

ヤバい、逃げようにも恐怖で身体が動かない。

生まれてかれこれ十七年と十一か月。俺は最期を迎えるのか……


俺は死を確信し、目を瞑った。

矢が空気を切り裂く音が聞こえる。

ゆっくり、ゆっくり、こちらに向かって矢が近づいてくるのが分かる。

なるほど。死に際にはすべてがゆっくり感じるようになると聞いたことがあるが、こんな感じなのか。



………………………………



「ねぇ、ねぇってば! しっかりしてよ!」

俺の後ろで、女の子がどんどんと俺の背中を叩いてくる。

はっと我に返り前を振り返ると、ヒューボアたちが腰を抜かしているのが見えた。

「あれっ? 俺、確か矢で撃たれたはずなんだけど。どこも痛くないな。……もしかして、外したのか? いやでも、こんな至近距離で外す奴いるか? 俺でも多分外さないぞ。」

ぶつぶつと独り言を言っていると、


「当たったんだけどね」


「え? 今、なんて……」


「だから、当たったって言ったの。あんたの頭に吸い込まれるように消えちゃったから、びっくりしたよー。あんた、どうやったの?」

どうやったのって聞かれたって、答えられるわけない。俺が聞きたいくらいだ。


まあ、とりあえず俺に武器が効かないことは分かった。だったら話は早い。

「あんたら、もう知っていると思うが俺は何かと強いぜ。逃げるなら今のうち……ってあれ? どこいった?」

「あんたに怯えて逃げてったよ」

そうか、俺に怯えて逃げていったのか。

――うんうん。いい気分だ。


「そういや、あんたの名前言ってなかったね。あたしは大和田麗、ウララって呼んでね。あんたは?」

「俺は白米結、『はくまい』って言われるが違うぜ、『しらごめ』だ。まあムスブって呼んでくれたら問題ないが」

「ムスブの名前でおにぎりを連想したのはあたしだけかな?」

「高校では、ずっとおにぎりってあだ名だった……」

「ぷっ、はははははっ、ムスブって面白いね」

ウララは涙目になって大笑いしている。笑いのツボの浅い奴だ。


「ってか、ここ日本の三重県だよな? 俺が頭打つ前といろいろ変わってるんだけど。俺んちなくなってるし」

「そうだよ、日本だよ。『ミエケン』ってのは聞いたことないけど」

俺とそう年齢の違わない――恐らく高校生である――ウララは三重県を知らないはずがない。

……まぁ、あまり有名な県ではないが。

「ウララって何歳なの?」

「ぴちぴちの十六歳でーす。それがどうかしたの?」

「どうかしたのじゃねーよ、県名は小学校の社会で習う一般常識だぞ。小学校からやり直せ」

「それはムスブのほうでしょ! 大体ここ日本国の中心島、つまり本島は県区切りじゃないでしょ! バカ!」

完全にウララを怒らせてしまった。


「ごめん、ウララ。俺頭打ってからおかしくなったみたいなんだ」

全く分からない。ここは日本であって日本でないような気がして仕方がない。


俺は思わず頭を抱えた。そしてひらめいた。

 そうだ、スマホで調べよう! はじめからそうすればよかった。

 おれはポケットからスマホを取り出し、検索しようと――

『ネットワークに接続できません』

 ……ああもう! 使えねえなぁ!

 「ねぇ、何それ? なんか見たことない機械だけど」

 「何ってスマホだよ。お前JKなのにスマホ知らないの?」

 「知らないも何も、そんなものこの世のどこを探してもないよ! やっぱりムスブおかしいよ、大分強く頭打ったんだね。頭蓋骨割れてたからね」

 聞きたくなかった。頭蓋骨割れるはどの大怪我だったなんて……って、あれっ?

 「ウララ、割れた頭蓋骨治したのか? いったい何者なんだ?」

 「何者って、あたしが変わった人みたいな言い方じゃない。ただ、昔からなぜか怪我や病気を治すことができる不思議な力を持った普通の女の子だよ」

 いや、普通じゃないし、変わった人だと思うけど。

 「うす暗くなってきたし、あたしそろそろ帰るね。じゃあね」

 「あ、待って!」

 「……あ、あのさ。俺、今日家に帰れそうにないんだよね……」

 「ふーん」

 「でさ、宿に泊まるお金も持ってないんだよね……」

 「ふーん」

 「お願いします、一晩だけウララの家に泊めてください! なんでもしますか ら!」

 俺は土下座して頼んだ。

 すると、ウララはしばらく考え、

 「……はぁ。今日は助けてくれたし。一晩だけだよ、一晩だけ」

 「……ふぅ、助かったよ。ありがとう」

 「あ、あとそのスマホとやらあたしに貸してよ」

 俺はスマホをウララに貸してやり、オフラインゲームを教えてやった。

 

 ウララの家までの間、ウララは二つ返事ばかりで会話をしてくれなかった。

 せっかく女の子と話す機会をスマホに取られた。

 悔しい。


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