底辺作家がカクヨム握手会に来てんじゃねえよ

ちびまるフォイ

このあとめちゃくちゃ握手した。

普段はなにも変化がないはずのカクヨムTOP画面に変化が起きた。

ベルマークが赤くなっている。


コメントかレビューかと鼻の下を伸ばしながら見ると、

来ていたのは運営からのイベントのお知らせだった。



【 カクヨム合同握手会のお知らせ 】



俺は近年まれに見る速度で申し込んだ。


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会場に到着すると、いくつものブースが仕切られていた。


「えっと、俺のブースはE-12だったな」


ブースに並ぶ列の入り口には看板が立てられ、自分のアカウント名が表示されている。

客は推し作家のアカウントブースに並ぶらしい。


ブースを見つけると、黒服の女性と手だけ出すパネルが配置されていた。


「お待ちしておりました。『運営の犬666号』さんですね。

 私は"はがし"です。こちらに座ってください」


「もうちょっとアカウント名マシなのにするんだった……」


気恥ずかしさを感じながら椅子に座り、

パネルを隔てて両腕を前に突き出した。


「こんな感じで握手するんですね。

 これじゃ俺の顔も見れないじゃないですか」


「中には、作家の顔を見て幻滅されるフォロワーさんもいますから。

 あ、私はそうは思ってませんよ?」


「世知辛い……」


「それに、逆に自分の顔を見られる人を恥ずかしがる人もいますから。

 あ、私はそうじゃないですよ」


「ちょいちょい入る自分アピールなんなんですか」


「はがしですから」


まったくかみ合わないはがし役との会話をしていると、

フォロワー用の入り口が解放されてたくさんの人がなだれ込んだ。

はがし役はパネルの向こうで仕事を始める。


「本当に来るのかなぁ」


パネルを隔てた向こう側、客の入り具合はわからないので不安になる。

ところが数秒後には手の感触がわかった。


「え!? うそ!? あ、ありがとうございます!!」


自分が握手しているはずなのに、客に感謝してしまった。


「はいそれではお時間なので」


パネルで見えないがはがしの人の声が聞こえる。

手の感触が離れたかと思いきや、次の手が差し出される。


「お時間ですので次の方」


はがしの声が時報のように聞こえると、また手の感触。


(俺って意外とファンが多かったんだ!!)


握手を重ねるほどに自信になっていった。

しばらくすると小休止となった。


「お疲れ様です、運営から差し入れが出ていますよ」


はがし役がお弁当とペットボトル、ハンドクリームを持ってきた。


「握手会って意外と疲れるんですね。

 握手するだけでも握力がもう無くなってきました」


「はがしもつらいですよ」


「いや、あなたを否定したわけじゃないですって……」


「イッツ・ア・はがしジョーク」


「こいつめんどくせぇ!!」


ハンドクリームを塗りながらパネルの向こう側を想像していた。


「しかし、意外と人が来て驚きました。

 謙遜とかじゃなくて、俺ってあまりカクヨムでも人気あるわけじゃないし」


「そんなもんですよ。声かけないからあなたのファンじゃなくても

 なんとなく別のブースで記念握手しに来る人もいるんです。

 あ、私はそういうのはしませんよ?」


「自分アピールがすごいな」


「まぁ、午後も頑張りましょうね」


「あ、俺ちょっとトイレ行ってきます」


自分の荷物を持ってトイレに立った。

トイレではほかの作家さんたちが談笑している。


「やっぱりファンの顔って見たいよな――」

「見たら俺らも幻滅したりして」

「難しい所だよな、作家だから想像しろってことかな」


個室に入ってスマホを取り出そうとすると、

暗くなると光る蛍光塗料がカバンに入れっぱなしだったことに気付いた。


「あ、これ友達のパーティで使ったときの……」


友達の家を飾り付けるとき「誕生日おめでとう」と蛍光塗料を塗った。

電気を消すと光るので、サプライズに使ったものだった。


「そうだ!! これを使って俺のフォロワーさんを探そう!!」


この握手会に参加したのも、実は熱心なフォロワーとの交流が目的だった。

いつも応援コメントしてくれている人がいる。


普段、どれだけその人に助けられているかわからない。

軽いコメントがどれだけ俺の心の支えになっているかを伝えたい。


蛍光塗料を手にたっぷりしみ込ませてからブースに戻った。


「遅かったですね。もうすぐ午後の握手会始まりますよ」


「はがしさん、こういう握手会で熱心な人はどういう傾向があるんです?」


「何ですか急に。出会い厨?」

「ぶん殴るぞ」


「熱心な人は……そうですねぇ、最後に来ます」


「最後? どうして?」


「最後だと握手する時間が長いんですよ。

 私たちはがしも最後だからと甘くなりますからね」


「なるほど」


午後の握手会がはじまると、蛍光塗料を塗った両手で相手の手を包む。

灯りがあるうちは透明なので見えない。


「はい、次の方」

「はい、次の方」

「はい、次の方」


様子は見えないがはがし役の声で握手がとぎれないことを把握する。

そして、時間も最後に迫った。


「これが最後の握手か……!」


最後の手には刷り込むように丁寧な握手を行い、握手会が終わった。


「握手会、お疲れさまでした。いかがでしたか?」


「ちょっと外出てきます!!」


「あ、ちょっと!?」


荷物も置いたままで外に飛び出した。

会場の外にはまだ握手会を後にしている客がぞろぞろといた。


外は真っ暗な夜。

俺のフォロワーだけ蛍光塗料で手が光っているはず。


「どこだ!? 俺のフォロワーさんは!?」


必死に探しても見つからなかった。

塗りこみが甘かったのかと思った。

でも、よく考えればそうじゃないとわかった。


「そうか、洗っちゃったんだ……」


一番熱心なフォロワーは最後に握手しに来る。

そのことを知ったのは俺だって今日がはじめてだった。


まして、フォロワーさんがそのことを知ってる保障などない。


「時間余ったしちょっと寄っていくか」と

飲み屋に立ち寄るサラリーマン感覚で来た人が最後の人かもしれない。


勝手にファンだと思い込んで、ファンでもないのに手を刷り込まれたら気持ち悪い。

握手会のあとすぐに手を洗ったんだろう。

落ち込みながらブースに戻った。


「急に飛び出すから何事かと思いましたよ」


「いえ……なんでもないです」


「後片付けも終わってもうすぐ消灯です。はい荷物」


「ありがとうございます……」


「なにそんなに落ち込んでいるんですか。

 あなたのファンが1人しかいなかったくらいで」


「そうなの!?」


はがし役はしまった、という顔になった。

握手会終わりの解放感から気が緩んだんだろう。


「それじゃ、今まで俺が握手してきた人って

 俺のフォロワーじゃなくて、ほとんどただのミーハーな人!?」


「ソ、ソンナコトナイデスヨー」


「ちくしょぉぉぉ!!」


まさか絶望の底から、底を抜かれると思わなかった。

必死こいて握手していた自分が猛烈に恥ずかしくなった。


「帰る……」


凹んだ気持ちを表すかのように、ガシャンと会場の照明も落とされた。

何も見えない真っ暗闇に包まれた。




真っ暗闇の中、はがし役の両手だけが

まるで何度もの握手で刷り込まれたようにビカビカに光った。



「い、いつも応援してます……」


はがしは気恥ずかしそうに言った。

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