【仮装コメントパーティ】人類のアカツキ

ビト

【仮装コメントパーティー】人類のアカツキ

少女蝕む英雄の魂

 あの、真っ赤に染まる背中が生涯忘れられない。男の握る拳の硬さを覚えている。

 運命を噛み合わせたヒーロー。廻る歯車が情熱をタギらせる。


「大丈夫だ。俺に任せろ」


 その力強さは全てを掬い。人類種の重みを一手に担い、男は大地を蹴った。


(ああ、そうだ――『勇者ブレイブ』、アタシはアンタに――――……)


 その背中を追い掛け、憧れ、焦がれ。

 かつての少女は目を醒ます。







 少女は親の顔を知らない。施設で育った彼女が行き着いたのは、何の因果か戦場の最前線だった。

 ぱちりと開いた目が捉えたのは真っ白な天井。全身に群がるコードがくすぐったい。ベッドの脇に見えるのは点滴の栄養源か。その脇でうつらうつらと舟を漕ぐ大男を見て、少女は現実に戻ってきた。


「あれ、アタシもしかして生きてる……?」

「目覚めたか……っ!」


 声に反応したか、男の身体が跳ねた。少女は身体を起こそうとしたが、妙にその動きが鈍くて諦めた。


「無理をするな。丸三日眠りっぱなしだったんだ」

「あ……何言ってんだオッサン」


 眼球をぎこちなく動かして視界を広げる。透ける程薄い手術着は少女の豊かな凹凸を忠実に示し、その向こうに厚く巻いた包帯を写す。少女は若干頬を染めながら身じろぎをした。


「どうなった?」

「凌いだ。が、無事生き残ったのは俺たち二人だけだ」


 そう、か。

 少女は呟いた。現実感が無かった。自らの肉体はズタズタに引き裂かれ、全身の骨と臓器は押し潰されたはずだ。なのに、自分はまだ生きている。


「アタシのサックは……『英雄魂ヒーローハート』はどうした?」

「よく聞け」


 少女は自分の胸に鼓動を感じた。心臓の鼓動だ。しかし、常に無意識下にあるソレは、少女の身を、心を焦がせる。


「お前の戦う力ウォーパーツは、今その心臓と同化している。心臓を浸蝕しながら発動を続けることで、お前は奇跡的に生き長らえた」


 胸に感じる熱い鼓動。それは異物感では決して無く、信頼し切った確固たる絆を感じた。


「アタシの、中に……?」

「お前は、臨界者の領域を超えた。言うならば融合者。お前が今現在持つ圧倒的な力だ」


 力、即ち強さ。それは少女が死ぬほど欲し、事実死んでいたはずのもの。


「……そっか。生き残ったのはアタシとオッサンだけ、か……あ?」

「どうした?」

「いや、オッサン、アンタ……っ!!」


 嫌になるほど頼れるあの男が、憧れ焦がれ、目指したあの男は。その両目を固い包帯が閉ざし、消耗を極めた表情を極めていた。


「大したことは無い。お前の方が重体だ」


 重傷ではなく、重体。それどころか致命傷。


「生き抜いてくれて、本当にありがとう」


 らしくない殊勝な言葉。


「俺の目は、今まで通りとはいかないが、いずれ見えるようになるらしい。安い代償さ」


 それほどまでの死闘だった。少女はようやくクリアになった記憶を噛み締める。


「ごめん。不甲斐なかった」

「謝るな。俺の責だ」


 実際問題。齢十五の少女にこんな過酷な戦いを強いてきた。責など一ミリだって負わせられない。男の意地だった。


「でも……アンタがこれで、これから人類はどうすれば……っ!」

「それは考える奴がちゃんと居る。だからお前はきちんと休め…………いや」


 もう戦うな、と男は言った。


「俺はもうこの戦いを降りる。失ったものが多すぎる。だから、お前もこれ以上身体を張ることは無い」


 一抜けだ、と男は笑った。


「アタシは――戦うよ」


 少女は、にっかりと笑った。


「『勇者ブレイブ』の背中を追い掛けてここまで来た。強くて、圧倒的で、全ての人類を救う存在。アタシはそんな本物のヒーローになる。だからアタシは降りない。戦い続けるよ」

「『勇者ブレイブ』は、もういない」

「それでも、あの背中は、生き様は死んじゃいない。張り続けるよ、ヒーローの生き様を」


 それに、と。


「鼓動を感じるんだ。『英雄魂ヒーローハート』はアタシの中で生きている。ずっとずっと強くなって。今ならアタシが最強だ」


 だから今度はアタシが戦う。

 そう宣言する少女に、男は手を伸ばす。まだ目はろくに見えない。だが、少女は示し合わせたかのように必死に頭を差し出した。


「強く、なったな…………」


 男が少女を撫でる。問題があるとしたら、少女は頭を伸ばし切れず、男は目測を見誤り、別の部位を撫でていることか。


「オッサン、そこは胸だ、おっぱいだ……! やっぱりロリコンじゃねぇか!!」


 男はすまなそうな顔をし、手を止めない。少女も微妙に嬉しそうにしながら身を揺らした。こんな姿見せられたものではないが、この男は今目が見えない。


「いや、でも……ちょっと待って」

「……どうした?」


 男が手を止めて少女を見遣る。彼女は気まずそうに、もじもじと足を動かしながら言った。小声で。


「いや、ちょっと………………………………トイレ」


 ずっと繋がれっぱなしだったのだ。無理は無い。男は豪快に笑った。周りを元気付ける時の癖だった。


「心配するな。というか、我慢するな。カーテルっていう便利なものがあってだな?」


 少女は気付いてしまった。自分の股間から伸びる細い管を。足元に吊される袋の中身を。


「うむ。健康的な色で結構」

「てめぇ実はもう見えてんだろっ!!」







 その日、某病院にけたたましいナースコールが鳴り響いた。

 実は見た目以上に重傷な大男が、同じく死に体の猛獣少女に噛み殺されようとしていた。羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら泣き叫ぶ下手人に、オネェのナースはただただ無言で慰めた。

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