女傑掲げる英雄の魂

 新首都埼玉。デビル侵攻である。

 特務一課所属、アカツキ。彼女が相い対するのは死線の極み。最優先攻略対象、四天王と称される戦略的拠点の一角。


「はっ、いつぞやは大変世話になったな……!」

「おや、どなたでしたかね?」


 在りし日の少女を半殺しどころか九割殺しにした張本人。そこそこ食らいついていたと自覚していたが、敵方からすれば記憶に残らないレベルだったらしい。

 碧色の襤褸を纏った痩躯の人型デビル。デビル・パズズは両脇に従者を控えさせながら笑った。


「お前が指揮官、ボスってことだな?」

「肯定しましょう。どうせ『勇者ブレイブ』を失った貴方方にはどうしようもありません」


 日本皇国の首都を狙ったデビル軍の侵攻は続く。国防軍や特務二課が躍起になって止めているが、戦況は芳しく無い。

 ここで将を討つ。文字通り戦況を引っくり返す。それがアカツキに与えられた使命。


「御託はいらない……ぶっ潰すぜ、クソデビルどもが」

「ねじ伏せなさい」


 四天王が従える矛と盾。

 槍のような手刀を振り回すデビル・バトラ。鉄壁の絶対防御を誇るデビル・メイド。どちらも優先攻略対象に指定されている難敵。


「瞬歩」

「いーあーむー」


 煤けたメイド服を纏うデビルが前に出る。一息にその懐に入ったアカツキは掌底を繰り出す。じぃいと黒眼球が蠢いた。手首の角骨で掌底を逸らし、回し蹴りを二本指で受け止める。

 将はその横を悠々と通り過ぎた。徒歩で。アカツキが止めようとするが、絶対防御が抜けられない。


「舐めやがってぇぇええ!!」


 三本、四本。打撃の度に受け止める指が増えていく。デビル・メイドの躯体が沈む。回避行動。その手刀が軸足を払い、後退。空中で強引に体勢を戻そうとするアカツキに鋭い凶刃が迫る。デビル・バトラ。

 肉を絶たせて受け止める。


「守りの鉄魔に、攻めの刃魔。攻防一体の最強の布陣、か」


 だが、と。傷は塞がる。添えるのは固く握った拳。伸筋に勁を発する練り上げた呼吸。一息に、放つ。


「どっちも出来る俺様が強い――――っ!!」


 まさに爆発。圧倒的な力の圧が攻防対魔を弾き飛ばした。爆風を背に浴びて、風の魔神が表情を変える。


(まだだ、これじゃあ足りない……『英雄魂ヒーローハート』の出力をもっともっと)


 鉄壁のメイド服が硬刃の執事服を大蹴りで射出する。デビル・バトラ、その鋭い手刀が振動し、それは万物を引き裂く死線引き。

 対抗するアカツキが行使するのは、徹底した蛮勇。拳を握り、放つ。大地を掴み、全身に脈動する力が練り上がる。放つ拳に乗せるのは、高鳴る心臓の鼓動。



「インパクト、ショット!!」



 真っ正面からぶつかり合い、デビルの死線引きが消し飛んだ。アカツキはさらに一歩。人型デビルの水月を抑える。放つのは長年積み上げた鍛錬の発露。相手に反撃を許さない無意識無限の連携技。

 融合者の力を掲げ、練り上げた拳法も捨てない。どっちもあった方が強いと思ったから。

 捨てるのは、抱えきれないから。

 それは、弱さだ。


「無拍子」


 心臓と同化した『ヒーローハート』がデビルに対抗する力を送り込む。その一撃一撃が躯体を砕いていき、そして。


「止め」


 最後の拳が何も無い空間を叩いた。その凄まじい拳圧に、大気がたわみ、烈風が渡った。


「俺様の反撃、開始」






「いーがーーむーーー」

「はっ、相方がやられて怒ったか? 悪魔どもにそんな感情があるたぁな!」


 飛来する黒眼球。鉄壁が攻めに転じた。その打撃は、今の彼女にはあまりにも軽い。これまで多くの人間が死んだ。大事な仲間を失った。脅威を打ち砕く。無念を晴らす。アカツキは拳を放ち。


「――――……っ!?」


 空振り。

 鉄壁の従者の襟首を掴んで背負うのは、煤けた碧の襤褸。風の魔神と称される脅威が打撃を阻んでいた。


「危ないから下がってなさい」


 優し気な口調と裏腹に、従者を雑に投げ捨てる。脳天からコンクリートの割れ目に突き刺さり、足が天を指した。鉄壁スカートも重力に逆らって伸びる。

 ソレはまるで、人のようだった。理知的な風格を感じる男の顔。その怪物は空いた手で手刀を放つ。


「しゃれぇ!」


 半身を開いて回避。そのすれすれを衝撃波が通り抜けた。背後の民家が両断された。避難は済んでいるはずだが、この威力は。デビル・バトラを連想させる攻撃力。

 放った手刀の軌道を追う様に側面に回り込む。翻るデビル。ジャブが二発とも弾かれ。突きがアカツキの左側面を撫でる。デビル・メイドに比肩しうる防御力。鳩尾狙いの掌底は片手で受け止められ、風が渦巻いた。


「痛っっっつえぇぇぇええ!!!!」


 悲鳴を上げながら下がる敵を男は追わない。その表情には余裕があった。少女には持ち上げる腕が無かった。


「どっちも出来れば強い、でしたっけ?」


 ことは無かった。不死身だから。


「再生完了」「これ、は」


 果敢に攻めるヒーローの攻撃をデビルは次々と捌いていく。少女は傷を負い、時には致命傷を負い。それでも倒れない。高鳴る心臓の鼓動を血に乗せて、拳を放ち続ける。


(何だコイツどんだけ功夫積んでやがる!? 格闘の神とまで言われた(※自称)俺様が近接で押し切れねぇ!!)


 不死身VS不通。攻撃が通らない。

 デビル・メイドのような出鱈目な防御力は無い。これは別種のカタさ。硬くより、攻め難い。呼吸を読み、風切る流れを掴む。戦いの駆け引きが圧倒的だ。だが。


「不死身。それは戦士として最強の特性」

「おう。俺様の『英雄魂ヒーローハート』の鼓動だぜ」


 両腕を上げて拳を構える。夥しい量の血液がばら撒かれ、収束する。心臓は動く。鼓動は激しく。魂は煌めきを放つ。


(どうする……本当に不死身ならば勝ち目は無い。いずれ削り負ける)

(拳法を捨てろ、ね。確かに人の技に縋っちゃ前には出らんねえ)


 アカツキは右足を真後ろに蹴り上げた。サッカーのPK。それはボールを蹴る動きに似ていた。そこにはボールが無い。あるのはただの空気。空を切るのではなく、押し出す。



「インパクト、カノン――――っ!!!!」



 人間技では決して無かった。大砲の様に発射された空気弾は風の魔神に弾かれた。しかし、無傷では済まない。その腕はボロボロに擦り切れ、鮮血が待っていた。


「はっ、デビルにだって血が流れているんだな」


 アカツキが地を蹴った。掌底が弾かれ。蹴りが避けられ。さっきまでと同じ攻防。いや。


「デストキャノン!!」

「っっ」


 冷静さを崩さず対応していた魔神が。自らの足を蹴って無様に転がっていた。少女が放つ弾丸のような正拳突きが、空間を抉っていた。背後のビルが衝撃で三階から上を丸ごと削り取られる。細かい石の破片が雨の様に降り注いだ。


(秘宝の……心臓かっ!)

(避けられたっ!?)


 大技の直後の隙。パズズが這うような動きで迫る。その冷ややかな目に背筋が凍った。この男を、四天王を本気にさせた。そのプレッシャーが圧し掛かる。その懐に。


「殲風」


 人の身一つ簡単に破砕する爆風が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る