人の身弱くし、しかして……
指定変異災害デビル。
生物として分類されず、ただの現象として定められている。そのため、現行法での対象への無制限の破壊活動が認められている。だが、事実上は人類と少なくとも同等の知性を持った生命体であり、人類側とデビル軍との戦争状態である。
専ら、現在人類が差し当たって直面している危機の名前だ。
千変万様なデビルに対して有効な武器はウォーパーツと呼ばれている。人智の及ばない未知の素材で造られた武器。人類がデビルに対して行使する希望の鉄槌。
ウォーパーツに適合し、自在に操る者はヒーローと呼ばれた。日本皇国をその身を賭して守り抜く英傑たち。
かつて『
しかし、その神話は唐突に終わりを告げる。公式発表では全員の死亡もしくは再起不能。突き付けられた現実に人々は絶望した。それでも脅威は迫る。
そして、抗う英傑も。
◇
「ちっくしょう……っ!」
全身を血染めに塗りながら少女は息を吐いた。ヒーローコード、アカツキ。その名で拳を握る彼女は、今まさにデビルになぶり殺しにされようとしていた。
「きーるーむーあ」
型くずれした執事服を被せる黒眼球のデビル。デビル・バトラ。デビルの中でも取り分け力を持つ
「龍王、掌波っ!」
渾身の掌底が槍のような手刀で弾かれる。返す刀で脇腹を貫かれてアカツキは倒れた。
組み合わせた四百六十五手。それらの間に彼女は何度地に伏せたか。それでも立ち上がる。デビルは止めなければならない。それがヒーローの責務だ。
「デビルは悪だ。皆殺す。片っ端から潰してやる!」
使命感、義務感、復讐心、意地。
様々な感情で胸の内を真っ黒に染め上げながら少女は拳を振るった。身に染み付いた拳法はいくらでも振るえる。それでも、届かない。
もう頼れる仲間はいない。助けてくれるあの男はいない。ヒーロー。彼女自身が救う側なのだ。
「食らえ、潰れろ――地龍激波」
大地を揺らす大撃は、足をハネられて止められる。ヒーローはついに大地に倒れた。デビルは次の獲物を求めて去っていく。
「ちくしょう……何でこんなに、弱いっ」
無数の裂傷に侵され、それでも少女は生きていた。飛ばされた右足も、既にくっ付いていた。足りないのは真っ赤に染まる熱意。
融合者。
世界唯一の存在は、莫大な価値を内包していた。人智及ばぬウォーパーツとの融合を果たした彼女には生死の境界線すら曖昧。戦うには余りにも都合がいい不死身の肉体。
それでも、伝説には遥か及ばない。
「ダメだ……こんなんじゃ」
不足を涙に変えて。
少女は、育ったあの場所に思いを馳せた。妹分のあの少女は、今元気にしているだろうか。これではあの泣き虫を笑えない。
「見つけました。貴女が――アカツキですね」
機械的な左足。義足の女の声を聞いてアカツキは顔を上げた。
女傑がいた。
焼けた顔面の左側を隠そうともせず。その眼光は歴戦の戦士の姿を感じさせた。年老いてなお、それ故に風格を纏わせるまさに女傑。
「私は、高見と言います。かつては軍人として元帥の地位を拝命していました」
その後ろで、剣士がデビルと打ち合っていた。孤高の風格を漂わせる剣士。着実に、確実に。王道を積み重ねてデビルに立ち向かう。
「我々と共に来ませんか?」
少女は目を見開いた。強い。後ろの剣士ではなく、目の前の女傑が。
強くて強くて、圧倒的に強い。少女の目指した最強は、きっとこの女が知っている。確信があった。
「貴女が望むのであれば、私が最強の戦士に仕上げます。この国の、輝かしい希望に」
少女は首を縦に振った。
その選択は決して間違いではない。齢二十五になったあの時でも、それは確かに断言出来る。十六の歳で少女は本物の修羅道に進んだ。かつての仲間たちが命懸けで引き止めた道と知らずに。
◇
防衛省直下特別任務遂行課。それが日本政府が出した答えだった。高見と名乗った女傑はその代表者の地位を与えられていた。
「特務、一課」
それが、今の所属である。まさかお役人さんになるとは。人生分からないものだ。
「ほう……お前はそっちに付いたか」
その発足の場で、グラサンの男はにこやかに笑った。何でそっちにいるんだ、という声は飲み込んだ。そっちがいい、という本音は噛み殺した。
「特務二課、オッサンに纏められるのかぁ?」
「はっは、やれるだけやってやるさ」
皮肉は通じない。半年で背も伸びた少女には、この目線の高さが忌々しい。目に付いた男の新品らしいネクタイをひっ掴んで耳打ちする。
「だから何やってんだよ! そっちは、だって……恨んでないのかよ!!」
「……知っていたか。だが、俺にも逃げられない事情がある」
「だからって、こ「おや、お知り合いでしたか」
シックな礼服で、老獪な元帥は口角を上げた。どうせ調べ尽くされている。アカツキは口を噤んだ。
「これは元帥。同じ特務同士、よろしくお願い致します」
「はっ、若造が吠えるな」
道は分かたれた。
目尻に涙が浮かぶのを必死で堪える。さり気なく元帥が立ち位置をズラしてその姿を遮った。見られたくない。その気持ちを酌んでくれたのだ。
心中は、複雑だった。少女にとっては、どちらも取捨選択しようのない唯一無二。
◇
「『
「ええ、その通りです」
片足立ちで器用にバランスを取りながら高見元帥は言った。足の筋肉と平衡感覚を鈍らせないようにするための日課らしい。
「でもよ、マム。これでも十二分に発揮してるつもりだぜ?」
「不足は身に染みているでしょう?」
アカツキが唇を尖らせてぶーぶー言った。元帥はケンケンで近付き、その頭を静かに撫でた。猛獣はこうすると大人しくなる。
くすぐったそうに頭を揺らす彼女は、口元が若干綻んでいた。抑えきれない。豊かな表情筋が震えていた。
「その拳法を捨てなさい。あれは人の身で抗うためのもの。ウォーパーツとの完全な融合を果たした貴女には不足が過ぎます」
震えが止まった。
「文句があるなら結果を出しなさい」
かつての仲間とは違い。高見女史は決して少女を甘やかさなかった。
それは彼女自身を一人の完全な戦士と認めている証。期待に応えなければ。健気な少女は覚悟を固める。
「人を超えなさい、アカツキ。貴女は人類の最前線たるべきであると」
提言する。元帥自ら推挙する。
アカツキは静かに、それでも確かに頷いた。
「イチ」「御意に」
孤高の剣士がそこにいた。着実に戦い、王道を重ねる。そんな高見元帥お抱えの戦士。
「アカツキを叩き上げなさい。決して折れぬ強靭な防人の刃へと」
「御意」
男が大剣を構える。ウォーパーツ、『英雄剣エクスカリバー』。剣士はそれを少女に向けた。
「来い。国家守護の要石足りえるか」
「国家? 小さい小さい……」
それでも。アカツキになる前から。
潜った修羅場は人類最多。確信を掴んで拳を握る。
「俺様は人類の最前線へと至る。国なんてちっさい……人類まとめて救済してやるよっ!!」
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