再利用


「ハル、先に帰るけどいいの?」

「ええ母さん。僕はもう少し、この家でやらなければいけないことがあるから。帰りはボーリューと一緒に戻るよ」


 シシリアさんたちの馬車を見送った後、母さんとベルサもまた家に戻ることになった。

 僕はといえば、この後すぐにやることがあるから、このガランとした屋敷に一人で残るつもりだ。


「ハルロッサ様、くれぐれも身辺にお気を付けください」

「うん、ありがとうベルサ。ボーリューたちが来るまで安全な場所にいるよ。母さんをよろしくね」


 シシリアさんたちの馬車を見送った後、母さんとベルサもまた家に戻ることになった。僕はといえば、この後すぐにやることがあるから、この屋敷に一人で残るつもりだ。


「ハルロッサ様、くれぐれも身辺にお気を付けください」

「うん、ありがとうベルサ。ボーリューたちが来るまで安全な場所にいるよ。母さんをよろしくね」


 僕は、母さんとベルサが乗り込んだ馬車を見送ると、人がいなくなってになった邸宅をゆっくり歩きまわることにした。

 燭台がすべて取り外されたクリーム色の壁や、カーペットが剥がされた床、それにカーテンも外された窓…………まるで借金の取り立てに遭ったような徹底ぶりに、少し寂しさを覚えてしまう。


(ここで長年過ごしていた家主たちの記憶が、数日でほとんどなくなっちゃったなぁ。この家も、さみしい思いをしていそうだ)


 かつて仕えていた主というのもあるけれど……リィン母さんは少なくとも僕の前では、決してシシリアさんのことを悪く言うことはなかった。それどころか、かつてはいかに素晴らしい女性だったかを事あるごとに諭してくれた。ベルサは僕が物心ついた時にはシシリアさんのことを嫌っていたようだけれど、彼女もまた昔のシシリアさんはいい人だったと言っていたっけ。

 シシリアさんの人生は、シェルナ伯爵領に嫁いで数十年のうちに、大きく狂ってしまった。だから彼女は、今後の人生のために…………人生の半分を過ごしたこの家を黒歴史と断定してしまったんだろうな。そう考えると、ちょっとやるせない気持になる。


『なんだったら、いまシシリアが考えてること、読み取ってみる?』


 …………なんでこの絶対神様は、時々信仰の無駄遣いを勧めてくるんだろう? 困るのはリア様の方じゃないんだろうか?


『あら心外ね。私はただ選択肢を出してあげてるだけだし、たまには私ができることをアピールしないと、ハルが肝心な時に何ができるかわからなくなるかも』


 それもそうか。使うか使わないかは僕が決めるんだし。リア様が勝手に無駄遣いしなければ、問題ないよ。


『いっちょ前に保護者面するわね……。まあいいわ、いずれ私に感謝する日が来るはずよ』


 僕もそうなることを願うよ。


 さて、そんなやり取りをしているうちに、僕は邸宅の二階の一番奥の部屋―――――かつてシシリアさんが寝室に使っていたにたどり着いた。

この部屋の南側には、大きなバルコニーがついていて、やたら広い庭を一望できるようになっている。シシリアさんは、よくこのバルコニーに机や椅子を引っ張り出して、優雅にお茶を飲んで過ごしていたっけ。そして時にはケンプフのクソ野郎とここで…………あの人は、なんであんな顔面崩壊寸前のクソ野郎に逃げたんだろう? しかも、伯爵領のお金をたくさん貢いでまで。


『やっぱりあの子の考えてることを知りたくなった?』


 それはない。そんなことを知ったところで僕にメリットはないし、好き好んで人の心の闇を覗きたいとは思わないよ。


(何しろシシリアさんは…………ここまでする人だからなぁ)


 バルコニーの欄干から、僕の家が丸ごと2件くらい入りそうな広大な庭を見下ろすと、そこには無残に荒れ果てた痛ましい風景が目に入った。

 植えられた樹は一本残らず切り倒され、綺麗な花を咲かせていた花壇も乱暴に掘り返されている。


「故郷に送り返され、今まで住んでいた家が僕たちの手に渡ると知った結果が、これか」


 前世で聞いた話なんだけど、なんでもアメリカのホワイトハウスでは、大統領が交代して引き渡しをするとき、ホワイトハウスに色々と嫌がらせを仕掛けることがあるそうな。

 例えば、ホワイトハウス内の全部のキーボードのキーを、後任の大統領の頭文字だけ抜いちゃうとか、電話の受話器を接着剤で離れないようにするとか、執務室のドアノブを外しちゃうとか――――下らないけれど地味に金銭面に被害があるイタズラだなってその時は思っていたし、僕たち木竜館の姉弟は、そういった嫌がらせがあるって知っておくことも大切だった。


 ホワイトハウスのそれはまだ笑ってすまされるけれど、シシリアさんの嫌がらせ徹底ぶりは背筋に寒さすら覚える。蝋燭一本、花の一輪たりとも、この家に自分の痕跡を残しておきたくない。それほどまでに…………母さんのことを恨んでいたのか。

 そんなことをするような人の頭の中なんて、絶対に覗きたくないよ。


(もっとも、今回はその方が好都合だったけどね)


 シシリアさんは、引き渡すって聞いて僕たち一家がここに住むと思い込んでいたようだし、今も僕以外の人はこの家に引っ越すことになると思っているみたい。

 確かにこの家は広くて、見た目も豪華だし、ヨハイーナさんの派手な邸宅と比較しても見劣りしないだろう。でも、ほとんど廃墟同然の状態で引き渡されたら…………ねぇ?



「ハルロッサ様、ここにいらっしゃいましたか!」

「ん?」 


 後ろから声が聞こえて、振り返ってみれば、そこには心配そうな顔をしたアイゼンシュタインがいた。


「エントランスにいなかったので、心配いたしました」

「ああ、ごめんごめん! まさかアイゼンシュタインたちがこんなに早く来るとは思わなかったから、ついこの家の中を色々見て歩いちゃったよ」


 おっと、アイゼンシュタインたちはどうやら今日は早く仕事が終わったみたいだね。エントランスで待ち合わせだったけど、もう少し時間がかかるかと思ってた。

 エントランスに誰もいないものだから、アイゼンシュタインたちも気が気じゃなかっただろう。ボーリューとローディアも、今頃別の場所を探しているに違いない。


「おお、こちらでしたかハルロッサ様!」

「どうやら私たちも早く来すぎたようですわね」


 その後すぐに、アイゼンシュタインがボーリューとローディアを呼んできてくれて、関係者全員がそろった。


「しかし見事に空っぽですわね。私が現役の頃の乱取りでも、ここまできれいさっぱり持っていきませんでしたわ」


 乱取り…………略奪のことか。そんなのと比べられても……


「庭も見ましたが、酷いありさまです。シシリア様個人はともかく、調度品や庭師の腕は一流だと思っておりましたが、こうまでされると何もかもが形無しですな。ハルロッサ様はここへの引っ越しをお考えで?」

「ん、引っ越し? しないよ」

「へ?」


 僕があっさりとそう告げると、ボーリューの目が点になった。


「大体、僕たちはそこまで大所帯じゃないから、今の家で十分だし、なにより今の家には愛着があるからね。それに、僕のことをさんざんバカにした人たちが暮らしていた家に住むなんて御免だね」

「左様でございますか……ではなぜ、この家を引き取られたのですか?」


 口調から察するに、ボーリューはこの大きな家に前からあこがれていたんだろうな。なんだかんだ言いつつも、ボーリューはこの家に引っ越せると思ってみたい。


「この屋敷は…………今後増やす兵たちの兵舎にする!」

「ほう!」

「なんと!」

「また思い切ったことを考えましたな!」


 そう、ベルサじゃなくてボーリューやアイゼンシュタインたちを呼んだのは、この無駄に広い家を私兵のために使おうと考えたからだ。

 なにしろシェルナの兵舎は空きに余裕があるとは言えないし、応募してくれた私兵たちの殆どは、国外から来た流浪民たちだから、まず住むところを確保してあげなきゃいけない。その点この屋敷はかつて大勢の人が暮らしていたから500人くらいは余裕で入るし、無理やり詰め込めば1000人近く収容できる。樹木や花壇がなくなって、だだっ広い更地になった庭は訓練場にも使える。

 正直、シシリアさんがここまで徹底的に片づけてくれたのには非常に助かった。この家の結末をあの人が聞いたら、悔しさのあまりハンカチを食い千切るかもしれないね。


「この屋敷だけじゃなくて、周囲にあるかつてシシリアさんの家臣が住んでいた空き家も、いずれはボーリューやローディア、それにギースとユージン達に住んでもらおうと思っている。この辺は僕の家からそこまで遠くないからね」

「……! ハルロッサ様っ、そこまで私のことを!」

「まあまあ、ハルロッサ様ったらなんて太っ腹なのでしょう」


 家を上げると聞いて、ボーリューは天を仰ぐように喜んでいた。一方でアイゼンシュタインはちょっと微妙な顔をしている。アイゼンシュタインはたぶん、護衛という立場上これからも僕のすぐそばで生活したいんだろう。


「というわけでボーリュー、この屋敷の改装はすべて任せるよ。ローディアを補佐につけるから、二人で立派な兵舎にしてほしい」

「お任せくださいハルロッサ様!」

「私も、元兵士の立場から取り組んでまいりますわ」


 俄然やる気を出し始めたボーリューたちは、すぐに屋敷内の見分に移り始めた。やっぱり人は自分の為になると分かると、俄然やる気がわくよね。僕がいろいろ言わなくても、きっと彼らは自分たちで考えて取り掛かってくれるだろう。


「アイゼンシュタイン、今日までで兵士は何人採用した?」

「はっ……今日の時点でかれこれ約800人ほど。品行方正に問題がなさそうな者を集めましたが、この分ですとまだまだ応募がありそうです」

「わかった、ありがとう。募集はとりあえず明日まででいいよ。アイゼンシュタインも慣れない仕事で疲れたでしょ」

「いえ……」


 アイゼンシュタインは見た目は厳ついけど、過去の件でちょっと人見知りがあるから、今回の採用面接作業は、相当堪えたんじゃないかな。顔に若干元気がないように見える。

 でもなんだかんだ言って、問題なくこなしてくれたことは本当にありがたい。やっぱりアイゼンシュタインは頼りになるなぁ。


「それじゃあ、夕飯の前に南教会に寄ってから帰ろう。馬車の手配をお願い」

「かしこまりました」


 馬車の手配をアイゼンシュタインに任せると、僕はまたゆっくり屋敷の中を歩きながらエントランスに戻る。しばらくもしないうちに、この屋敷はまた活気を取り戻すだろう。

 私兵の確保のめどは立ったし、僕を陥れようとしたシシリアさん一家もいなくなった。それに明日には中央教会の代理人が、牢屋に閉じ込めているケンプフをはじめとする汚職聖職者たちを、回収してくれることになっている。

 すべては順調! 当分は悩み事から解放されそうだ!


『そう言って前世ではどんな目に遭ったんだっけ?』


 う~ん、確かに。こういう順調な時ほど油断しやすくて危ないってことを失念していたよ。ハルロッサになってから、僕もちょっと危機感が薄れてきてるな……気を付けないと。


『一応私も、ハルに危機が迫っていたらその都度教えてあげるわ』


 神様が付いてると、こういう時心強いな! ある程度未来が見えるのってすごく便利!

 ちなみに今、僕に迫ってる喫緊の問題とかある?


『そうね。具体的には、ハルの暗殺計画が立てられて始めてるわね』




 ……


 …………


 ………………



「はぁっ!?」


 僕は思わず、誰もいないエントランスで、大声で叫んでしまった。

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転生して気ままな人生を過ごしたい? だが断るっ! 南木 @sanbousoutyou-ju88

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