第3話 あらためて

「…昨日は、その…言い過ぎた。すまなかった」


 翌日の朝5時。生徒達は言われた通りジャージ姿で訓練場のグラウンドに集合した。俺は屋上で明美に「明日、ちゃんと皆に謝ってください」と言われたので謝っているのだが、生徒側からしてみれば昨日突然現れて暴言を吐いたと思えば翌日謝られたなんて、意味が分からないだろう。当然、生徒達は困惑して――


「別にいいよ~。てか朝5時とか早すぎ~、眠い~…」


「ほら起きてリルスちゃん、立ったまま寝ちゃダメでしょ。あ、私も別に気にしていませんよ」


 全くしていなかった。余りにも拍子抜けでリルスに釣られて俺までふらつきそうだった。


「ここにいるみんな、もう気にしてないっすよ」


「…でも、アリスは怒ってた」


「べ、別に怒っていたという訳では…。ただ、ちょっと頭にきたというか…」


 それを怒ったというのでは?と内心でツッコみながらも、俺は安堵して一つ息を吐いた


「そういえば、自己紹介してなかったよね。わたしは〜」


「リルス・フォルト。学園で最年少、出身はアメリカ」


「おぉ、大当たり~」


 リルスがパチパチと手をたたく。その姿は、幼い子どものようだった。学園長とは圧倒的に違うところはあるが。


「学園長から資料貰ってある程度は覚えた」


 俺は覚えた記憶を絞り出しながらまずアリスを指差した。


「アリス・フォールド・エルサレス。軍事企業のお嬢様。出身イタリア」


 次に隣


「シャルロット・アンスレイ。学園最年長にして高い魔力才能に恵まれる。出身イギリス」


「よろしくお願いします」


「んで、その隣がシルヴィ・アレイヤ元第二王女。どう言う訳か王位継承権が剥奪されて、現在絶賛バイト掛け持ち中。出身ドイツ」


「どうもっす~」


「最後にそこのダサジャージが岸部由奈。学園で数少ない日本人。引きこもりのゲーオタ」


「…私だけ、悪口」


 むくれる由奈のことを気にせず、俺はファイルにまとめておいた戦闘データの束をめくる。


「当然、お前らの戦闘データも調べてある。全員並みの兵士程度は戦えるようだが、それじゃまだまだ足りない。能力者である以上、もっと上を目指してもらわなきゃ困る。そこで、お前ら用のトレーニングプランを考えてきた」


「…自分、何か嫌な予感がしてきたッす」


露骨に嫌な顔になる生徒達や、それを代弁したシルヴィも気にせず、あれから考えたトレーニングプランが書かれた資料の束、約30ページ分を生徒達に配る。


「代理とはいえ、任された以上全力を以ってお前らを鍛え上げる。特にここ1週間は厳しくいかせてもらおう」


 そういえば、以前明美に言われたことがある。俺が人に何か教えている時、どこか楽しそうだと。自覚も全くない。いつかの新兵訓練で、白衣野郎も「とっても愉しそうだった」といっていたのは、どういうことなのか。


「まずはランニングだ。2000m4分以内で走ってこい。出来なかったら腕立て腹筋200ずつだ」


『えぇ~?!』


 その後、授業が始まる直前までオリンピック選手さながらの、いやそれ以上のトレーニングは続き、その日のEクラスは全員が疲れ果てていて授業にならなかったというクレームが学園長に殺到し、泣きつかれたと明美から愚痴られた俺だった。


             

―◇―◇―◇―


「なんなの?あの白井って人は…」


 放課後、再び生徒たちは例の喫茶店に集まっていた。アリスは昨日と同じセリフを口にしたが、疲れ切っていてその言動に力はなかった。


「つかれた~、甘いもの食べたいよ~…」


「こら、リルスちゃん。お行儀悪いわよ。女の子なんだから…」


「そんなこと、気にしてらんないよ~…」


 シャルロットが駄々をこねるリルスをなだめていると、シルヴィが水を運んでくる。


「皆さん、かなりお疲れっすね。いつものケーキセットでいいっすか?」


「…シル、なんでそんな、元気なの…」


 そういう由奈は抜け殻の様に窓にもたれかかっていた。返事はあるが、まるでしかばねのようだ。


「由奈はインドアッすからね…。自分は日々のバイトで体力には自信あるんすよ。まぁ、それでもアレはキツかったっすけどね」


「シルヴィさんって、案外体育会系なのね…。とりあえず、ケーキセット4つお願い」


 注文を受けたシルヴィは軽い足取りで厨房に戻っていく。その途中、客が店に入ってきた。


「あ、いらっしゃいませ。何名様で…」


 と、そこでシルヴィは言葉を止めた。何事かと4人が店の入り口を見ると


「ほう、なかなか似合うじゃねぇか。元王女サマ」


 そこには、鬼教官が立っていた。それにしても開口一番に出たセリフがそれとは、不良さながらのガラの悪さだ。


「あぁ、どうもっす…。先生、お一人ですか?」


「あぁ。窓際座らせてもらうぞ」


 有無を言わさず、というか何も聞かずにズカズカと窓際に向かうと、4人と目が合った。


「お、なんだ。お前らもいたのか」


 4人は特に答えるわけでもなく、ただ無言でお辞儀した。


「ならちょうどいい、アリス。お前にラブレターだ」


 そう言って陵輔は内ポケットから1枚の便箋を取り出し、アリスに渡した。そんな冗談を言うのかとぎょっとしたアリスは恐る恐る受け取り、中を見た。その中身は、ラブレターと呼ぶには少々物騒な内容だった。


「…模擬戦用バトルフィールドの使用許可書?」


「明日の3、4限の模擬戦、俺と戦え」


「…はい?」


 突然の宣戦布告(?)にアリスが動揺する中、陵輔はシルヴィが運んできた水を一気に飲み干した。


「データ調べたり、訓練の様子見るのも重要だが、やっぱり直接やりあった方が早いからな。あ、ブレンドとサンドイッチ頼む」


 陵輔はシルヴィにオーダーを済ませて、おしぼりで顔を拭いた。


「1対1の全力でやりあうから覚悟しとけよ。じゃ、邪魔して悪かったな」


 一方的に話を始めておいて一方的に終わらされる。アリスはただ茫然としてしまった。


「…なんなのよ、もう」


 その一言は、その場にいた4人全員の心の声でもあった。突然現れた鬼教官のお陰でティータイムを滅茶苦茶にされてしまったのだから。

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Dragons Capriccio クサナギP @3114kusanagi

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