第6話

さわやかな夜風が、彼女の白い髪をふんわりと揺らしていく。

星明かりに照らされた窓辺。

ロッキングチェアに揺られて目を閉じる君。

その膝の上には、読みかけの本。


その本は、古いおとぎ話のようだった。


両手にカップを持ったまま、僕はその光景を眺めた。

そして、笑みを浮かべる。


そっと近づき、近くのテーブルにカップを置くと、彼女の肩に触れた。


「サク」


小さく呼ぶと、彼女はゆっくりと目を開けた。

赤い瞳が、僕を見上げた。


「おはよう」


僕が言うと、彼女も微笑んだ。


「おはよう、ケイ」


僕は彼女の前に回り、窓辺に腰掛けた。

月のない夜空を見上げ、僕は思う。


彼女に出会ったのもこんな月のない夜だった。

だから、彼女には、新月を意味する名前を付けたのだ。

それが、遠い昔のようだった。


「……どうしたの?」


不意に彼女の声がした。

視線を部屋に戻すと、赤い瞳が不思議そうにこちらを見ている。


君に出会った日のことを思い出していたんだ。

そう、答えかけたが、僕は思い直して、首を振った。


「……何でもないよ」


「何でもないことないでしょう。だって、ケイ、今笑っていたもの」


「そうかな?」


「そうよ。ねぇ、何考えてたの?」


「内緒」


「えー」


不満そうな彼女に、僕は笑いかけて、手を差し出した。

彼女も、それを見て、素直に手を取り、ロッキングチェアから立ち上がった。

その手を引いて、彼女を抱き寄せる。


急に近くなった彼女の顔を覗き込めば、赤い瞳が恥ずかしそうに伏せられた。

僕は構わず、彼女の髪にふれ、その唇に触れるだけのキスをして、抱きしめた。

そして、その耳元でささやく。


「それより、ね?」


僕の意を悟っていたのだろう彼女は少し抵抗するように、首を振った。

それでも、僕は離さない。

やがて、諦めたように、彼女は僕の首にそっと舌を這わせた。

首すじにぷつっと軽い痛みが走り、僕の首に君の牙が埋められる。

流れ出る血を啜る君の音を聞いて、なんだか嬉しくなって、僕はもう一度微笑んだ。


これからも、二人で、この幸せの時を永く永く。


月のない夜に、君の渇きを癒して、僕は寂しさを埋めていこう。



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月のない夜に 蒼蓮瑠亜 @laluare

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