第5.5話

吸血鬼は、人間よりずっと丈夫だ。

多少の怪我は一瞬で治ってしまうし、風邪を引いたりなんかもしない。

死というものも、心臓を直接破壊しない限りには、ほぼありえない。

だからケイは、サクを吸血鬼にすることで生きながらえさせた。


そして、サクの世界は一変した。


見るものも、聞く音も、味も、全てが人間の頃と変わった。

敏感になるものもあれば、鈍感になるものもあった。

例えば、視力はすごく良くなったし、聴力もすごく上がったが、食べたものの味はよくわからなくなったし、寒いとか暑いとか外気の感覚も変わった。

一変した世界に戸惑ったものの、ケイがひとつずつ、疑問に答えてくれたから、サクに不安はなかった。

ただ、唯一慣れなかったのは。


「ほら、サク」


「ま、待って……」


「今日は、自分でやるって約束だよね?」


目の前のケイは、楽しそうにサクを見つめている。

サクはといえば、躊躇していた。

ちなみに、サクは今ソファーに座ったケイの膝に座らされている。

さらに、今日は逃げられないように、サクの腰をケイが抱きかかえていて、身動きが取れない。


「ほら、ここだよ」


躊躇うサクを促すように、ケイは空いてる手で、自分の首をトントンとたたく。


「わかってるけど」


「牙の使い方はわかるでしょ? ほら、早く」


促すケイは、ニコニコと楽しそうだ。

サクは、そんなケイを恨めしそうに見たが、どうしても離してくれないことはわかっているので、そっと口を開けた。

喉はすごく渇いている。

吸血鬼になりたてのサクは、一度の吸血で沢山の血を飲むことはできないし、すぐに渇いてしまう。

だから、こうして、こまめにケイから血をもらうのだが、この行為は何度やっても慣れない。


ケイの綺麗な肌に、小さな牙を立てる。

ぷつりと皮膚が避ける感覚が苦手だった。

でも、それを乗り越えると、甘い香りの血が口の中に広がる。

喉がというより、心が満たされる。


ゆっくりと牙を抜けば、傷はすぐに消える。

こぼれた血を舐めとれば、ケイの肌は綺麗なものだった。


「うん、上手になったね」


楽しそうに頷いたケイは、サクを抱えていない方の手で、その頭を撫でた。

そして、一度、ぎゅっと抱きしめる。

サクの髪に顔を埋めて、大きく深呼吸したケイは、満足そうに微笑むと、ゆっくりとサクを解放した。


「よし、じゃあ、お茶にでもしようか」


そう言って立ち上がるケイの背をみて、サクは首をかしげる。

なんか、変な感じがする。


そう、昨日の夜、ケイが出かけて、帰ってきたからだ。

ふと、窓辺に目をやると、蝙蝠が一匹来ていた。その蝙蝠は、ケイの使い魔。


「ねぇ、ユエ。ケイ、昨日何かあったの?」


「……俺からは言えねぇ」


そういうと、何故か慌てたようにいってしまった。


と、カップ手にケイが戻ってくる。


「ユエと、何か話してたの?」


カップを渡しながらそう聞いたケイに、サクは思い切って聞いてみることにした。


「ケイが昨日何してたかって聞いたら、慌てて逃げちゃったんだけど。……ケイ、昨日何してたの?」


すると、思いのほか、すぐに答えが帰ってきた。


「後始末」


「え?」


「サクの仇を討って来たんだよ」


にっこりと笑って、ケイはいう。


「……仇」


「そう。家の場所もばれちゃ困るからね」


そう言って、カップに口をつけるケイを、サクは唖然と見る。


「なんでそんなこと聞いたの?」


「なんか、ケイ、いつもと違うから」


「そっかー。久しぶりに暴れたからかな。気を付けないとね」


何を気を付けるのだろうか。

サクはそれ以上、聞くことはできなかった。


ただ、ケイを本気で怒らせると怖いということは、心に刻んだのである。

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