繰り返す少女たち

「ねえ、本当にこのとおりだったとしたらさ」

 ヒナタがいまにも泣き出しそうな声で言った。ミヅキが見上げるとすでに目の端に涙が溜まっている。

「子供の頃ミヅキちゃんと遊んだ記憶も嘘ってことかな?」

 瞬きと同時にヒナタの頬を涙が伝う。ミヅキは立ち上がり、ヒナタの頬を両手で包み込んだ。

「ヒナタ」

そしてそのままぎゅっと力を込めて押し潰す。「ふがっ」とヒナタが妙な声を出し狼狽した。ひよこみたいに突き出した唇を見てミヅキが意地悪な笑みを浮かべる。

「不細工」

「ふがー!」

ヒナタが顔をぶんぶんと振り回しミヅキの手から逃れた。涙目で頬をさする。

「ひどいよ、昔っから私が真面目になると茶化すんだから!」

「そう、私は昔っからそうしてる」ミヅキが言いながら椅子に座り、作業を再開する。残りはあとわずかだ。「その記憶も作り物だって、本当にそう思う?」

「あ、えっと……」

「昨日、帰りにふたりで食べたもの、覚えてる?」

「覚えてるよ。たい焼き。私がカスタードで、ミヅキちゃんが小倉あん」

「じゃ、中学生の時に大喧嘩した理由は?」

「ミヅキちゃんが猫より犬のほうが可愛いって言ったから」

「ちゃんと覚えてるじゃん。その記憶が全部嘘だなんて、そんなはずないでしょ」

 そうだけど、とヒナタが口ごもる。

「だって、証明は難しいって書いてあったよ」

 ミヅキが作業の手を止め、顔をあげた。じっとヒナタを見つめる。

「誰かに証明する必要なんてある? ひーちゃん」

 いつからか呼ばれることのなくなった名前。ミヅキがその名前を呼び、イタズラ成功とばかりに歯を見せて笑った。その笑顔に、公園を一緒になって駆け回った幼い頃の面影が重なる。ミヅキちゃんも全然変わってない。ヒナタはなんだか無性に嬉しくなり、身体がポカポカとしてきた。

「そうだよね! みっちゃん!」

「みっちゃんやめて」

 クールなミヅキに一瞬にして戻っていた。ぴしゃりとやられヒナタはしょんぼりと肩を落とす。

「よし、終わり!」

 最後のファイルをダンボールに入れるとミヅキは身体を伸ばした。ポキポキとそこここで骨が鳴り気持ちいい。

「じゃ、これ片付けて帰ろ。パフェ忘れてないでしょうね」

 ミヅキが資料を詰め込んだダンボールを抱えようとする。ヒナタが慌てて手を伸ばす。

「それは私がやるから!」

「え、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ほとんどの作業ミヅキちゃんに任せっきりだったから、これくらいやらせて」

 なんだか美味しいところだけ持って行かれているような気もするが、しかし、たしかにあのダンボールはかなり重いため、持ちたくはない。

「じゃ、お願いしようかな」

「お任せください、隊長!」

 ヒナタは大げさに敬礼をしてみせると掛け声とともにダンボールを抱え上げた。ゆっくりと慎重に歩き出す。ミヅキはようやく終わったとばかりに椅子に沈み込み、凝り固まった肩をぐるぐると回した。

「だいたいさ、同じ一日を繰り返している可能性すらある、だなんて何言ってんだかさ。昨日だってあったし、今日が終われば明日がくるんだから」

 開放感から注意力が散慢になっていたミヅキはふらふらと足元の覚束無いヒナタの様子に気づかない。小さかったヒナタの揺れが少しずつ大きくなっていく。そして、それはついに限界を迎えた。

「どわぁ!」

頓狂な声をあげてヒナタがこけた。当然、抱えていたダンボールは放り出され床へと落下。衝撃によって中身が床面いっぱいにぶちまけられた。ついさきほど整理し終えたばかりの資料たちがファイルから外れバラバラに広がっている。

 ミヅキは凝った肩をぐるぐると回した姿勢のまま、呆然としていた。長い時間ととてつもない労力をかけた成果が一瞬にして水の泡と帰した。ショックのあまり瞬きすることさえ忘れている。

 ヒナタがゆっくりと立ち上がる。小首をかしげコツンと拳を頭に当て、片目を閉じた。茶色がかったボブの髪がふわりと揺れる。

「てへっ✩」

「おいお前」

「ごめん!」

「いいよ、もう」

「昔から変わらないな、ヒナタは」

「そうかな?」

「変わらないが」

「身体だけは成長してんのがむかつくな」

「えへへー、牛乳毎日飲んでるからグングン背が伸びたのだー」

「わたしだって飲んでるけど、全然伸びない。それに背だけじゃなくて」

「あー、そっか。ミヅキちゃんぺったん」

「殴る! それ以上いったら殴る!」

「わー、逃げろー」

「ミヅキちゃん? どしたの、なんか楽しいことあった?」

「なんでもない」

「よし、もっかい片付けるよ。ヒナタ、いま何時?」

「えっと、なったとこ」

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繰り返す少女たち 芝犬尾々 @shushushu

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