繰り返す少女たち
作業は遅々として進まない。蛍光灯の青白い光が時折チラチラと揺れ、細かな文字をさらに見づらくする。ミヅキは一旦作業を止め、目頭を抑えた。ずっと下を向いているため、肩も凝り固まっている。いますぐに温かい湯船につかりたい気分だ。
一方ヒナタは楽しげだった。一枚ずつ拾うということはせず、ブルドーザーのようにして資料を壁際に集めると、両手で鷲掴みにする。繊細さの欠片もないため、ところどころ紙が折れ曲がってしまっている。だが、そんなことも気にせずどんどん机の上に積み上げていく。
「ほーい、これで最後でーす」
机の端には不安定な紙のタワーが出来ていた。不器用な子供たちが遊んでいるジェンガのごとく今にも倒れそうである。
「集めるの終わったならこっち手伝って」
ミヅキは疲労困憊という声で言った。
「あっちにまだあったー」
それを聞くこともなくヒナタは食べ忘れたデザートを見つけたようにウキウキと隅の方へと飛んでいった。ようやく苦しい作業を半分にできるとぬか喜びしたミヅキが机に突っ伏すと、紙のタワーが一気に崩れ、雪崩落ちてきた。分類が終わっていた物も含め、すべてごちゃまぜになる。愕然とその様子を見たミヅキの心が限界を超えて無になった。焦点の合わない目のままに作業を開始する。まるで意思を持たぬロボットである。
ミヅキロボがてきぱきと作業を続ける間、事の元凶であるヒナタは端に落ちていた資料を拾い上げ熱心に目を通していた。普段は三行以上の文章を見ると脳がシャットダウンし寝てしまうヒナタには珍しいことだった。
ところどころ読めない漢字があって詰まりながらも、どうにか読みすすめていたヒナタの手がプルプルと震えだした。顔からは血の気が引き、まるで病人のようだ。ヒナタはよろよろと立ち上がると、壊れかけのからくり人形のようなぎこちない動きでミヅキのもとへ向かった。
ギチギチと音が聞こえてくるようなヒナタの様子に気づき、ミヅキがロボットから人間へと戻る。気付けば机の上の資料は残り少しとなっていた。恐るべし無我の境地。
「ねえ、ミヅキちゃん」
ヒナタの声はやけに暗い。いつも頭の上に花を咲かせているような、元気だけが取り柄な子だけにミヅキの胸中に不安がよぎった。
「どうしたのよ」
「あのね、これ」
ヒナタは手に持った資料をミヅキの眼前に差し出す。それを受け取りちらりと目を通すと、そこにはこう書いてあった。
――人の記憶はただのデータにすぎない――
ミヅキはいったいなんのことやらと資料とヒナタを交互に見た。
「これ、なによ」
「よくわかんないけど、私たちの記憶がどうのこうので、本当にあったことかどうかわかんない……みたいな」
ヒナタに聞くよりも読んでしまったほうがはやい。ミヅキは再び資料に目を落とした。細かな文字を追いかけていく。徐々にミヅキの目が見開かれていく。
「なにこのトンデモ論文」
ミヅキは資料を机の上に投げた。眉間には深い皺が寄っている。
『記憶を証明することはできない。記憶とは脳の中で作られたデータにすぎず、昨日が、それ以前の人生が本当にあったのか定かではない。今朝、脳の中でいままでの人生全てが作られたのかもしれない。昨日があったかどうか、明日があるかどうか。私たちはそうとは知らずに同じ一日を繰り返し過ごしている可能性すらある』
およそ学会でまともに取り上げられたとは思えぬ論文ではあるが、たしかに記憶の証明とは難しいものなのかもしれない。ミヅキはそう思った。
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